第8話 勉強会②

「その子が、電話で言っていた?」


 2階建てのつとむ家。その玄関で、つとむが尋ねる。


「そ、最近知り合ったんだ」


 つとむはポーカーをじっと見つめ、


「先輩以外に女子の知り合いなんて、いたんですね」


 まるでいなかったと思っていたような口ぶりで言った。素直に感心しているらしく、眼鏡を押し当てまじまじと少女を見つめる。

 それでも、まだ彼の中では、ポーカーの自己紹介辺りで思考が止まっていた。今だに状況を飲み込めきれていない。パソコンで言うと、画面中央に円が出てきてぐるぐると回っている感覚だ。


「えーっと、まあ、入ってください、先輩はもう来てますよ」


 お馴染みの廊下、お馴染みの階段を上る。つとむの部屋にはすでにかなれが居座っていた。


「待ってたよ!その可愛い子は?」


 バッと立ち上がったかなれは、自分よりも小さな少女を見つめる。


「えっと……羽衣原 ゆいです」


 ポーカーは頭を下げる。銀色のすべらかな髪がしたたる。


「私は御倉 かなれ」


 そう言ってポーカーの手を取ったかなれは、


「可愛いね、ゆいちゃん。今度喫茶店にでも行かない?」


口説き始めた。


「えーっと……?」


 手を取られたポーカーは、アクティブな先輩ことかなれの姿に戸惑っていた。温かな手が包み込む。その温度にも驚いていたのだ。


「出会いがしらにナンパですかー?」

「こんなので部長が務まるんですか?」


 後輩二人の辛らつな批評。


「それとこれとは話が違うの! で、どう?」


 目を輝かせ、返答を待つかなれ。


「断っていいんですよ。いつものことなので」


 つとむが助け舟を出してやる。それに呼応して、るいも強くうなずく。皆の視線が注がれる中、ポーカー……ゆいの答えは……。


「その、るいと一緒なら」


 静寂の中立ち尽くす一同。時計の針だけが、音を立てていた。


「え、これって成功なの!?」


 やっとこさ声を上げたるい。


「失敗でしょうね」


 冷静に判断を下すつとむ。

 かなれは、わなわなと身体を震わせている。あまりにショックだったのか。


「……大丈夫っすよ先輩、また次がありますって」

「やったよ、後輩!初めてOKって言われたよ!!」


 OKと捉えられる、ポジティブなお方。それが御倉かなれだったのだ。興奮冷めあらない先輩。


「それで良いんだ……」


 一方、早々と冷めきった後輩たち。


「というか、座らない?」


とまで言ってしまう始末だ。


「というか、始めませんか?」


とまで言ってしまう始末だ。


「あ、そうだったね」


 我に返ったかなれは腰を下ろし、教科書とノートを開く。後輩たちも同様に教材を用意していた。


「英語なら教えられるぞ~、るいくーん」


 教科書を横に揺らしながら顔を覗かせるかなれ。ニシシと意地悪な笑みをこぼす。


「えー……」


 何を隠そう、写真部部長、御倉かなれは教えるのが絶望的に下手なのだ。得意な英語ですらフィーリングで解いているというのだから恐ろしい。


「いえ。僕が教えるので、けっこうですよ」


 一方でつとむの教え方は称賛に値する。スタンディングオベーションレベルだ。物事の本質を掴むのに長けているのだろう。授業を半分ほどしか聞いていないるいでも分かる授業。おまけにハリセン付き。


「スパルタで行きますよ。簡単には寝かせませんからね」


と言い、つとむは案の定ハリセン(紙製の手作り)を取り出した。


「痛くないんだけどね~」


 本当に痛くないのだ。るいが石頭であるということもあるが、打撃する本人の脆弱さが大体の原因だ。


「私も教える!」

「えっ」


 初対面、しかも自分たちより幼そうな少女の言葉に、驚くつとむとかなれ。るいも例外ではない。博識だと彼女は言っていた。しかし、ぶっちゃけ信じられない。言い方は悪いが、特にそうは見えない。不思議な雰囲気はあるが、賢さとは結びつかない。


「……難しいですよ?」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ! たくさん勉強したもの」


 誰もが信じていなかった。浅はかな知識をひけらかす程度だ、そう彼らは思っていたのだ。しかし彼らは、思い知らされることとなる。羽衣原 ゆい、もといポーカーの実力を。

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