ライト・オブ・ライフ
鰹 あるすとろ
前編
今日も、僕は眼を開いて空を眺める。
青い青い、晴れ渡った美しい空。それが僕はだいすきで、暇を見つけてはぼーっと眺め続けている。
見ると、眼下に形成された街並みでは、交差点を人々が無数にひしめき合い、渋滞を形成している。よくもまぁ毎日毎日飽きないものだと思うが、それが社会というものの仕組みなのだから、仕方がないのかもしれない。
ソーシャルディスタンス、なんて言葉が広まって久しいけれども、実際のところそれを遵守している者は全体の何割ほどなのだろうか。少なくとも僕の目に見える彼等のうち、半分くらいはそんなことを気にせず暮らしているように見える。
社会の荒波に流されながら、密閉され、密集し、密接する彼等には、それを警戒する機会すら与えられはしない。ただ自身を統括するナニカからの指示を受けて、無心で右往左往するばかりである。
―――社会とは、群体である。様々に繋がりあって、相互に作用しあうこの世間において、完全な「個体」として成立している人間など、存在しない。
……これはどこで聞いた言葉だったか。
始めて聞いたときは「随分と主語のバカでかい言葉だ」、などと思ったものだけど、目前の押しくらまんじゅうを見ていると、中々的を射ている言葉のようにも思える。
けれどそんななかでも、僕だけは彼等に煩わされず、かかずらうこともなく、ただ虚空を眺め続ける。
誰に命じられたわけでも、願われたわけでもない。僕は僕の自由意思で、いつもこうしているのだ。
それは僕にとって、ちょっとした自慢だ。そこらの忙しなく働く社畜どもとは違って、僕は唯一自由を手にしている存在なのだ。走り回り、休む間もなく手を動かしている彼等を見下しながら、悠々自適に暮らすこの生活はまさしく世間というしがらみから解放された「個体」のそれ、そのものだ。
この社会という群体のなか、僕だけが自由。選ばれた存在である僕こそ、彼等にとって唯一絶対の上位種であるといっても過言ではない。
そんなわけで、僕はこれからもディレッタントの自覚を胸に暮らし続ける。ただ空を眺めて、食べたい料理を食べたいだけ食べて、寝て、また
生きているだけで価値がある僕は、なにより特別な特権階級なのだ。
他の仕事に終われるだけの連中とは違う、下らない世間などとは隔絶された存在だったのだから。
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……けれど、そんな僕には最近新たな仕事ができた。
それは夜空に浮かぶ、あるひとつの星を眺めること。
今までは自由に、気ままに外を眺めているだけだったけれども、そのなかで明確な目標ができたのだ。
それは緑がかった夜空の果てに燦然と輝く、美しい、とても美しい一つの星の光を眺めること。
星など、それこそ無数に存在しているもの。そのうちの一つを眺めることに意味がないと、誰もが思うだろう。例え綺麗なものだったとして、自分と関わる機会のないものであれば、強い興味を抱かないのが生き物というものだ。
実際周りの連中はそう考えているようで、誰も意識して、空に目を向けることはしない。
それが「綺麗だ」と言う認識はあっても、どこ他人事に。意味のないものだと考えて、特段注意を向けることはしないのだ。
だが、僕だけは違った。
そして僕と同じようにその星だけは……彼女だけは、他の星とは違ったのだ。
だから僕はそれをただ、見つめ続ける。
それこそが僕の生まれた意味だと、そう理解できたから。この衝動がたとえ、僕の嫌う世間というものからの影響だったとしても……この胸に抱いた感情は、きっと自分自身のものなのだから。
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