第十八話 家族のかたち

<んああああああーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!>


 衝撃の事実にまだ混乱が収まらずにいると、宿屋の下の階から子どもの泣き声が聞こえた。


「…!ルチアが泣いてる!」


 目覚めたとき、夢の中の出来事かと思ったけれど、エミールとブレントがここにいるなら、ルチアもいるに決まっていた。あれは現実の声だったのかも。


 ルチアのところに行こうと咄嗟に動きかけた体を、意思で止める。


 …違う。今ここには彼女のお母さんであるベルリーズ様がいる。もうあの子を抱っこするのは、私の役目ではないのかもしれない。


「ああ、もう!本っ当~にダメダメなパパなんだから…」


 当のベルリーズ様は呆れた顔で廊下の方向を見ていた。ルチアの泣き声がこちらに近付いてくるのと同時に、ドタバタと大きな足音を立てながら誰かが猛スピードで階段を上って来る。

 頼むから泣かないでくれよ~パパだよ~怖くないよ~と低めの男性の声が必死でルチアをあやしているのも聞こえる。


「すまんリーズ!やっぱり俺じゃダメみたいだ!どうやったら泣き止ませられるんだ…?あ、それからチヨ殿が起きたって?」


 そこに現れた“ルチアのパパ”に、私はさらに驚いて目が点になってしまった。何か私にも話しかけられているけれど、ルチアのギャン泣きでよく聞こえないし、目の前の光景に頭がまったく追いつかない。


「あ~もう!話は後よ!ほらほらルーちゃん、ママのところおいで~」


 ベルリーズ様がルチアをあずかろうと両手を伸ばしたけれど、ギャン泣き中のルチアはブンブンと首を振って拒否した。ルチアは泣きながらも上手に体を捻って、彼女のパパの腕から抜け出した。


「やあああーー!チー!だっこーーー!」


「……ルチア」


 ルチアは私の両足にがしりとしがみついてから、涙で潤んだ目で私を見上げて両手を広げた。すぐさまルチアを抱き上げると、まだしゃくり上げてはいるけれど泣き止んでくれた。

 随分久しぶりに感じるルチアのぽかぽかの体温と、小さい子特有の甘い香り、私の頬をくすぐるクリンクリンの柔らかな金髪。


 ルチアを泣き止ませなきゃと思ったはずなのに、あまりにもしっくりくる腕の中の存在感に、ようやく私も平静を取り戻すことができた。


「……ねえ、私たちってダメな親ね…あなただけじゃなかったわ…。今朝私が泣き止ませたときも結構苦労したもの…。チヨリさんなら一瞬じゃない…」


「……いやあ、本当だな。俺はまずはルチアに顔を覚えてもらうところから始めないと…」


「まあまあ、そのうちルチアもなれるからだいじょうぶだよパパ!」

「チヨははじめてあったときからルチアをなきやませてたぞー!」


「…お前たちも随分とお喋りが上達したんだな…くそう、俺が一年も砦にいる間に…!」


 いつの間にか部屋に戻ってきていたエミールとブレントが、“パパ”の足元からひょっこり顔をのぞかせた。



「……ガストンさんが、ベルリーズ様の旦那様だったんですね」


 ルチアをあやしながら部屋にやってきたのは、魔物掃討作戦で総指揮官を務めていたガストンさん。


 私はこの状況を見て、先ほどの自分の考えが誤解だったことに気付いた。てっきりベルリーズ様とストフさんが夫婦なのだと思ったけれど、ここにいる五人を見れば一目瞭然だった。


 真っ直ぐサラサラなプラチナブロンドと青い瞳が美しいベルリーズ様。

 大柄でたくましい体格に、焦げ茶色の髪の毛がモフモフくりんくりんのガストンさん。


 茶色がかった濃い金髪のエミール。

 抜けるような明るい金髪のブレント。

 出会った頃、少し赤みがかった金髪だったルチアの髪の色は、今では色が抜けてきてブレントと同じような明るい色味になっている。


 そして子どもたち三人全員共通の、くるくるくりんくりんの天パに、青い目。

 

 こうして見れば、この両親と子どもたちはよく似ていた。目の色と顔立ちは三人ともベルリーズ様に似ているけれど、エミールとブレントが笑ったときの顔はガストンさんそっくりだった。ルチアは完全にお母さん似だ。


「ああ、そうだ。チヨ殿には子どもたちが本当に世話になったと聞いている。感謝してもしきれない。…しまったな。先にストフが説明したいと言ってたのに順番が狂っちまった。どうしようリーズ?」


「そんなの、今ここにいないストフが悪いわ」


「相変わらずストフには辛辣だな…」


「あのねパパ!さっきポーラがミゲルおじちゃんをよんでたから、とーちゃもすぐ来るとおもうよー?」


「おお、そうだったな。エミールはしっかりしてるなあ」


 そんな話をしているうちに、またも誰かが階段をドタバタと上がって来る音がした。


「あら、噂をすれば来たわね」


 ゼエゼエと息を切らして部屋に飛び込んで来たのはストフさんだった。部屋の中をさっと見回して、大体の状況を把握したようだ。


「いらっしゃいストフ。状況は見てのとおりよ。チヨリさんは少し前に起きたばかりだから、無理させちゃダメ。まだ細かい経緯は話せていないから、あなたの口から説明しなさい。さ、私たちは一旦行くわよ~。ルーちゃん、チヨリさんにはまた後で会えるからこっちへおいで?」


 ルチアは一瞬迷う素振りを見せて私にしがみついたけれど、私の目とベルリーズ様の目をキョロキョロと見てから、ママに着いていくことを決めたように頷き、家族と一緒に部屋を出て行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る