第二十話 ストフという人

 少し長くなるかもしれないけれど…と前置きしてから、ストフさんは話し出した。


 まず、ベルリーズ様は自分の姉で、三人の子どもたちは甥っ子と姪っ子なのだと。


 きっかけは一年前、王国の北端の地で魔物被害が急増し、砦を築いて調査と対処に当たることが決定したこと。その危険度合いから言って、王国内でも最強クラスの戦力を持つ人間が指揮する必要があると判断され、白羽の矢が立ったのがガストンさんだった。


「ガストンは、本来はインスの街の兵士長なんだ。姉のリーズと並んで王国最強と呼ばれる男だけど、不器用で真っ直ぐすぎるのが長所でもあり短所でもあって、何かと上がうるさい王都で兵士や近衛の仕事をするのは嫌だと言って、生まれ故郷のあの街から頑なに動こうとはしなかった。リーズも結婚してからは前線を退き、ずっとあの家で暮らしていた」


 それでも、王国の兵士として任務であれば遠くの地へ赴くこともあり、今回もそうだった。本当はベルリーズ様の戦力も期待されていたけれど、当時は末っ子のルチアが生まれてから数か月。まさか両親共に出陣させられるはずもなく、泣く泣くガストンさんは北端の砦に単身赴任することになった。


「あれ、じゃあ領主様のお屋敷でお会いした兵士長のラメントさんは…?」


「彼は元々、ガストンの下で副兵士長を務めていたんだ。ガストンの不在期間だけ、臨時で兵士長になったんだよ。ただ、ガストンが抜けるとあの街の戦力が下がってしまう懸念もあり、私があの街で暮らすようになってからは、空いていた副兵士長の役職について一時的に手伝いをしていたんだ。…最も、チヨリに子どもたちの世話をお願いするまではほとんど仕事になんてならなかったんだけど…」


 なるほど。ラメントさんは兵士長という肩書の割に物腰が柔らかく低姿勢なおじさまという印象だったけれど、その上にいかにも豪快な雰囲気のガストンさんがいて、副兵士長としてサポートをしていたと聞けばしっくりくる。


「当初は、これほど長くガストンが不在になるとは誰も思っていなかったんだ。北端の砦には各地から精鋭を引き抜いて連れて来ていたしね。しかし、何度討伐しても魔物が次から次へと湧いてきて、一向に状況は改善しなかった。それで半年ほど経った頃に、インスの街でずっとガストンの帰りを待っていたリーズの堪忍袋の緒が切れた」


「え」


「何をいつまでノロノロしているのかと。待っても待っても夫が家に帰って来れず、子どもたちは父親不在のままどんどん成長していく。戦いが終わらないなら終わらせてやると意気込んで、自分も参戦することを決めたんだ」


 うわあ、さすがは戦姫と呼ばれるベルリーズ様だわ…。無茶苦茶だけどちょっとかっこいい。


「しかし、当然だけど三人の子どもたちを放って戦いにいくことなんて出来るはずもない。そこで呼ばれたのが私だった。リーズはルチアが乳離れするのをずっと待っていて、完了した数日後には出発した。チヨリも知ってのとおり、当時の子どもたちの人見知りはすごかっただろう?身内以外の者には一切懐かなかったんだ。ガストンの不在を知っていたから、その頃の私はよく子どもたちの遊び相手をするためにあの家を訪ねていた。で、ある日リーズは“私以外にこの子たちの世話ができるのは叔父のあなたしかいないの!よろしく!”と言い残して去って行った…」


「うわあ……」


 思わず声が出てしまったけれど、衝撃の事実だった。ベルリーズ様、いろいろすごいなあ…


「あの…そんな急なことでストフさんの元々のお仕事とかは大丈夫だったんですか?」


「…分かってくれるか。そうだな、実のところ大丈夫ではなかった。かなり無理もした。王都で抱えている仕事はたくさんあったからな。だがしかし、リーズの言うことにも一理あった。両親以外であの子たちが懐いていたのは私だけで、私が普段こなしていた仕事は、他の者に振ればできることだ。そして、魔物の討伐における戦力に関して、王国最強のリーズの代わりが出来る者などいない。だから私はあの家に留まり、子どもたちと共にリーズとガストンの帰りを待つことになった。…その後は、チヨリの知るとおりだよ」


 これでようやく私も流れが理解できた。意気込んで砦にやって来たけれど、各地の魔物被害によって戦力が分散したことで、なかなか討伐を終えられず、ずっと家に帰れなかったことはベルリーズ様からも聞いていたから。

 可愛い幼い子どもたちのことを忘れた日なんてなかっただろう。どんな気持ちで私から子どもたちの話を聞いていたのかと思うと、胸を締め付けられる思いがする。


「ずっと黙っていてすまなかった。何度もチヨリに真実を話した方が良いとは思っていたんだ。チヨリや、宿屋のジャンさんたちも、子どもたちの母親が亡くなっていると誤解していることには気付いていたから…」


 ここまで話したストフさんは、申し訳なさそうな表情で私を見ていた。


「言えなかったのは、私の弱さであり、甘えだ。リーズが結婚したことは国民にも公表されているが、相手が平民であるという理由で詳細は伏せられていた。あの頃はリーズも、結婚を機に一度戦いからも王都からも離れて、普通の女性として暮らしてみたいと願っていたから。あの街でリーズが戦姫として有名な元王女であることを知る者はほとんどいないんだ。子どもたちの母親が生きていることを明かせば、それが誰なのか説明しないというのは難しくなる。でも、それは私の言い訳に過ぎない。…私にとっても、あの街で、ただ“ストフ”という名前のひとりの男として生きられることは、楽しかったんだ」


 その苦い表情から、ストフさんが葛藤していたことは伝わって来た。思い起こせば、何度か子どもたちのお母さんについて私に話そうとしてくれたこともあった。言い辛そうなことを無理に聞いてはいけないと思い、聞かなかったのは私だ。


 それに、ストフさんがどういう人なのかはここまでの話で理解できた。


 元王女であるベルリーズ様の弟。今回の作戦の前からすごい人だということには薄々気付いていたけれど、思った以上にとんでもない人だったなあ。


「…では、本当のストフさんは…」


「トルストファー=ドゥ=セレナド。この王国の現女王の長男にあたる。まあ、この国では王位継承権は男女問わず第一子から優先となるし、長男とは言っても末っ子で、上にいる四人の姉にはまったく頭が上がらないんだ。昔から自由な姉たちに翻弄されっぱなしの情けない弟だよ」


 初めて会った頃、その彫刻のような美しい顔立ちから、おとぎ話や少女漫画に登場する王子様のようだと思ったこの人は、本当にこの国の王子様だった。


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