第十四話 そして幕が上がる

 作戦決行の朝、私は小さな手鏡で素早く身なりを確認した。


 髪は今日も歌の力でピンク色に染め、目の色は緑に。仕上げに深緑色の魔法使いローブを羽織り、フードを深くかぶる。これなら私に会っても“黒”の印象を持つ人はいないだろう。

 身バレを防ぐにはすごく良いアイディアだと思う。ストフさんに言われなかったら考えもしなかったのでとてもありがたい。


 そろそろ部屋を出ようと思ったとき、ノックの音がした。


「…おはよう、モモ。支度はできているか?」


 ストフさんの声に安心し、ドアを開ける。他の兵士たちも出発に向けて動いているからか、偽名の方で呼ばれた。


「はい、できています。おはようございます、ストフさん。それと…そちらの方は…?」


 挨拶をすると、ストフさんの他にもうひとり、大きな男性がいた。…大きな男性って我ながら語彙が乏しいけれど、本当にそんな印象だったから。


 長身のストフさんよりさらに頭ひとつ分ほど背が高く、顔と首は同じ太さ、全身は分厚い筋肉の鎧に覆われていて、いかにも屈強な戦士という風貌。それなのに威圧感がないのは、彼の焦げ茶色の髪の毛がモフモフくりんくりんで、どことなく熊のぬいぐるみを思わせるからだろうか。

 短めにカットされていても分かる髪のモフモフ感。たぶんもう少し伸ばしたらアフロになりそう。


「モモ殿、お初にお目にかかる。俺はガストン。今回の作戦の総指揮官を務めている。挨拶が当日になってしまい申し訳ない」


 …熊のぬいぐるみみたいだなんて失礼なことを考えていた相手は、なんとこの砦でいちばんエライ人だった。


「あ、初めまして。…モモと申します。本日はよろしくお願いいたします」


「ああ、いやいや!世話になるのはこちらなのだ。どうぞ顔を上げてくれ。敬語も必要ない」


 深くお辞儀をした私に、ガストンさんは慌てた様子でそう言った。


 先日お会いしたインスの街の領主様や、昨夜お喋りした元王女のベルリーズ様も、私相手でも対等な目線で話してくれたし、この国のエライ方たちは腰が低いというかフレンドリーなのかな?日本ではブラックなガチガチの縦社会で生きていたからびっくりするわ。


「…とりあえず廊下で立ち話はやめよう。モモ、朝食を持ってきているから、もしよければ邪魔しても良いだろうか?食堂では他の兵士が集まっているから落ち着かないだろう」


「はい、もちろんです。どうぞ」


 ストフさんが、なるべく私が他の兵士さんたちに顔バレしないようにと配慮してくれていることが分かったので、ふたりを中へ通す。小さなテーブルとイスがひとつしかない部屋なので、他の部屋からガストンさんが椅子を借りてきてくれた。


 …総指揮官が椅子を運んでくるというのはどうなんだろうと思ったけれど、ガストンさんと他の兵士さんが喋る様子を見ても、上下関係というよりは仲間同士という雰囲気で、とても親しそうだった。そういう人柄なんだろうな。


「さて、じゃあ食べながら話そうか。チヨリ、ガストンはチヨリのことも分かっている相手だから、フードは取って大丈夫だよ。彼は古くからの友人で、信用できる人物だ」


「ああ、貴女の能力や人物像について、他言することはないから安心してくれ。それと、俺はストフほど器用ではないので、名前の呼び間違えが怖い。この作戦が終わるまではモモ殿と呼ばせてもらって良いだろうか」

 

 ベルリーズ様と同様に、総指揮官のガストンさんには当然ながら私の話が伝わっているらしい。ストフさんの友人であればなおさら安心なので、素直に頷いた。



 朝食のサンドイッチを食べながら、今日の作戦の打ち合わせをした。

 何か少しでも私が不安に感じる部分はないか、どこか気になる点はないかなど、ふたりは細かく確認してくれた。


 朝食を終えると、いよいよ出発の時刻が近づいてきた。

 最終確認のため一足先に本陣へ向かうガストンさんが、先に部屋を出ていく。


「モモ殿、貴女の協力には心から感謝している。何が起きても責任は俺が取るから、決して無理はしないでほしい。ストフとミゲル殿から貴女の力については聞いているので信用しているが、魔物相手の戦いに“絶対”は存在しない。万が一貴女やミゲル殿の力を使った作戦がうまくいかなかったとしても、次善策は練ってあるので心配することはない。モモ殿の体を第一に、出来る範囲で手助けしてくれたらありがたい」


「はい、分かりました。無理をしたらかえってご迷惑をおかけすることになると思うので、重々気をつけます」


「よろしく頼む。…リーズがつくから安全面は心配ないが、逆に彼女が暴走しそうになったら止めてやってくれると助かる。貴女のことを随分気に入っていたので、話は聞くだろう」


 昨夜のお茶会で話したとき、ベルリーズ様はさすが元王女というべきか、優しくて気さくな方なんだけど、かなりマイペースというかゴーイングマイウェイな感じもあった。果たして私に止められるだろうか…。私はガストンさんに苦笑いを返した。


「…それから、リーズは昨夜貴女から聞いた子どもたちの話がとても楽しかったと言っていた。今回の件が落ち着いたら、ぜひ俺にも聞かせてほしい」


「はい!あの子たちの話で良ければいつでも喜んで」


 ガストンさんもベルリーズ様と仲が良いんだなあ。それにしても、子どもたちの話を聞きたがるなんてちょっと意外だ。子ども好きなのかな?


 ガストンさんは優しく笑って、部屋を出て行った。その笑顔が誰かに似ているような気がしたんだけど、私に熊のような知り合いはいないはずなので、気のせいかもしれない。既視感というやつだろうか?



 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴


 北端の砦から二キロほど離れた死火山の麓に着くと、すでにテントが設営されていた。


 基本的には外にいることになると思うのだけど、ベルリーズ様と私の休憩用にと用意されたテントもあり、VIP待遇に驚いてしまう。素直にそうこぼしたら、ベルリーズ様に笑われた。


「ふふ、モモさん。あなたはこの作戦の最重要人物なんだから当然よ。兵士は緊急時に備えて休めるときにしっかり休むのが基本なの。ここも遠慮なく使ってちょうだい」


 その他には指揮官たちの打ち合わせ用のテントが一つと、救護用のテントが三つ。救護用テントはとくにケガ人がいないときには、兵士さんたちが交代で休憩にも使えるらしい。とは言え、今回は短期決戦予定なのであまり使われることはなさそうだ。



「…モモ、もうすぐ出番だが、調子は問題ないか?」


 ミゲルさんがテントに訪ねて来た。

 今日はミゲルさんも魔法使い用のローブを羽織っている。その後ろにはやはり長いローブを纏った魔法使いが三人。


「きょ、今日はよろ、よろしくお願い…します!」

「モモさんはミゲル師も認めた天才とのこと。勉強させていただきますぞ」

「しゃーす!」


「あ、えっと、初めまして、モモです。どうぞよろしく」


 作戦終盤で登場予定のミゲルさんチームの面々だった。私は初めて会う魔法使いの方々にちょっとワクワクしてしまったんだけど、身バレ顔バレを防ぐため、あまり積極的に話しかけるわけにもいかず、簡単な挨拶だけに留めた。


 ちなみに、魔法使いの存在は兵士ならば知っているけれど、ミゲルさんの言霊使いの力は国家機密。今回の作戦でも責任者レベルの人でないと知らされていない存在だ。王国の魔法研究所に勤めている魔法使いは、元々ミゲルさんと面識もあるので言霊使いの力のことは例外的に知らされているけれど。


 ただ、ミゲルさん本人から言霊使いの力よりさらにレア認定された私の歌の力に関しては、もはや説明しようがない。


 そのため、非常にややこしいのだけど、この魔法使いさんたちは私のことは「ミゲルさんと同じ言霊使い」だと知らされていて、一般の兵士さんには私とミゲルさんも含めた「五人の魔法使い」だと認識されている。


 今回、私の力はバシバシ使う予定なので、私としては今後の平穏のために歌の力と「チヨリ」という実在の人物を繋げないことが重要。ちょっと変わった方法で詠唱する謎の女性「モモ」としてやり過ごすことになっている。


「…まあ、こいつの力は特殊過ぎてあまり参考にはならんだろうがな。行くぞ」


 ミゲルさんの後について、テントの外へと向かう。いよいよ、始まる。


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