第十三話 そうだ、旅、出よう。

「チヨリ、ここにいたのか。部屋にいなかったから少々心配した」


 部屋を訪ねて来たのはストフさんだった。気付けばベルリーズ様とのお喋りに夢中になって長時間部屋を空けていたので、探させてしまったみたいで申し訳なく思う。


「ちょっとストフ?まずは部屋の主に挨拶するべきじゃなくって?」


「…それは失礼したな、リーズ。…何やら盛り上がっていたようだが、眠れなくても二人ともそろそろ横になって体を休めておいた方が良い。チヨリを連れて行くぞ」


「えー、私もチヨリさんともっとお話したいのに~」


「…リーズは明日いくらでも話せるだろう。しっかりチヨリを守ってくれよ」


「当然じゃない。私を誰だと思ってるのよ」


「分かってるよ。リーズがこの国で最強だからこそチヨリを任せたんだ」


 先ほどベルリーズ様からストフさんとは昔から知り合いだと聞いていたけれど、想像以上に親しそうなふたりの様子に、思わずポカーンとしてしまった。気の置けない幼馴染というよりも、夫婦漫才のようなテンポの良いやり取りだ。


 それに、すでにご結婚されて王族から抜けたとは言え、ベルリーズ様は元王女。ニックネームでこんなに気安く呼べるストフさんは本当に何者なんだろう…?


 いや、それも気になるけど一旦置いておいて、今何かもっと気になるやり取りがあった。ちょっとぼーっとしている間にふたりの会話は三つ四つ先まで進んでしまっていたけれど、話を戻させてもらおう。


「あ…あの、ちょっと質問してもよろしいでしょうか。明日、ベルリーズ様が私を守るというのは…?」


「ああ、まだリーズからチヨリに話してなかったのか。明日チヨリには死火山の麓の本陣で待機してもらうことになるが、魔物がいるのは死火山の内部だけとは限らないし、いつどこから襲ってきてもおかしくない。そこで本陣には王国最強のリーズが残って防衛することになっているんだよ」


「そうなんですか…あれ、でも良いのでしょうか?ベルリーズ様は本当は討伐に回りたかったのでは…?」


 お茶を飲みながら話していたとき、ベルリーズ様の今回の魔物掃討作戦にかける熱い思いを聞いた。指揮官のひとりとして国の平和を目指す強い意志と、自分の家族の下に一刻も早く帰りたいという気持ちがあって、憎き魔物共を一網打尽にしてやりたいと、拳を握りしめて語っていたのだ。


「そうそう、私もそのつもりだったんだけどね。ストフが作戦会議で譲らなかったのよ~」


「あ、おい、リーズ!それは言わないと…!」


 なぜかニヤニヤと笑うベルリーズ様をストフさんが止めようとしたけれど、ベルリーズ様の口は止まらなかった。


「聞いてよチヨリさん。ストフったらね、“今回の作戦の要はチヨリであり、彼女を守ることが作戦成功の鍵だ。そのためには最大の戦力を彼女のそばに置くべきだ”って言ってね~。ふふふ、本当は自分があなたの護衛に回りたかったんでしょうけど、人員の関係でストフは死火山を登る兵士たちを束ねる役になっちゃったからね。まあ、私としてもチヨリさんの重要性は理解しているし、今お喋りしてみてあなたのこと大好きになっちゃったから、何も言われなくたって全力で守るわよ。安心してね」


 ベルリーズ様はいたずらっ子のような顔でそう話した。ストフさんは顔を背けてしまって、私から表情は見えないけれど、なんとなく照れているような気がする。


 …なんだかすごいことを言われた気がするな。この国最強と言われるベルリーズ様に守られる私って一体なんなんだろう。

 そして関係ないんだけど、さっき見せられた元王女様の完璧なウィンクが、めちゃくちゃ可愛いかったことを誰かに伝えたい。スマホがあったら絶対に写真撮ってたのに…!



 その後もなんだかんだでしばらく三人でお喋りしてから、お開きの流れになった。


「では、失礼します。ベルリーズ様、夜分遅くまですみませんでした。コーヒーもごちそうさまでした。…あの、明日は足手まといにならぬよう精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」


「ふふ、こちらこそよろしくね。…チヨリさん、覚えておいてね。あなたの存在とあなたの力がこの作戦にとってプラスになることはあっても、マイナスにはならない。元々ゼロだったと思えば良いだけなのよ。だから、あなたは何も気負うことはないわ」


「…はい。ありがとうございます、ベルリーズ様」


「ええ、じゃ、おやすみなさい」


「はい、おやすみなさい」


 そう言って退室しようとしたところ、ベルリーズ様がストフさんに声をかけて、ヒソヒソと何かを話している。雰囲気的には文句というかプチ喧嘩っぽい。聞いちゃまずいのかなと思い、私は先に廊下へ出た。



「(ちょっとストフ、早く本当のことを言いなさいよ!私、チヨリさんに言いたいこと山ほどあったのに、半分どころか三分の一も言えなかったんだからね!どうしてくれるのよっ!)」


「(はあ…分かってるよ…だからチヨリと話そうと思って探してたのに)」


「(あ、あら?そうだったの?それはごめんなさいね。おほほほ…)」


「(はあ…これだからリーズは…)」



 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴


 ベルリーズ様の部屋から私の部屋までは階段を下りてすぐの距離だけど、ストフさんがわざわざ部屋の前まで送ってくれた。またいなくならないようにと心配されているような気もする。


「ストフさん、ご心配おかけしてすみませんでした。…それから、明日の作戦のことや、誓約書のことも…これほど大変な状況なのに、私のことでたくさんお気遣いいただいてありがとうございます」


「いや、チヨリが気にすることは何もないんだよ。私の方こそ、あなたの力のことは他言しないと誓っていたのに、こんな事態に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。…本当にすまない」


 険しい表情でそう言ったストフさんは、私に深く頭を下げた。


「え、そんな!ストフさんが謝ることなんて何もないです!私が決めたことなのに、かえって足を引っ張ってばかりで…」


 いろんなことが放っておけなくて、首を突っ込んでしまったのも、女神事件で能力を隠せなかったのも私が悪いのに、この人はいつも自分が背負おうとする。守ろうとしてくれているのを感じる。


 胸の奥には、ジリジリと焼けるような気持ちが芽生えていることに、私はもうとっくに気付いていた。


 でも、それを伝えたところでどうなるのだろうか。


 ベルリーズ様と仲良さそうに話す姿や、インスの街で領主様とも堂々と渡り合う姿、そしてこの砦に来て、他の兵士たちのストフさんに対する態度を見て、この人は私が思っていたよりもずっと“遠い人”なんだと薄々気付いている。


 誰よりも子どもたちのことを愛し、時々亡くなった奥様を思い出すように遠い目をしていることも知っている。



 …ダメだなあ。なんだか緊張のせいか思考が沈んでるわ。


 この作戦が終わって少し落ち着いたら、私はストフさん一家から離れた方が良いのかもしれない。いつかこの人が新たな奥様を迎えるときに、心から祝福できる自信がないし、あの子たちを手放せなくなりそうだから。


 それに、今回の件で王国が私の生活を保障してくれることになったし、その分私は作戦後も定期的に死火山の冷却と保全を担当しなければならない。そうなるとインスの街は少し遠すぎる。



 うん、そうだ。元々私はこの世界の放浪者なんだから、吟遊詩人のバルドさんみたいに歌いながら旅してみるのも悪くないな。よし、無事に作戦を終えたら、新しい生き方をいろいろ考えよう。うじうじするのは私らしくない。


 そのためにも、まずは明日を無事に乗り越えないと!



「…チヨリ、どうかした?やはり不安があるなら無理しなくても…」


 突如黙って考え込んでしまった私を、ストフさんの青い瞳が心配そうに覗き込んでくる。くそう、相変わらず綺麗な顔だなこの人は。こっちの気持ちも知らないで…!


「いえ、なんでもないです!ストフさん、私、明日頑張りますね。この力はストフさんや子どもたちに出会わなかったらきっと気付きもしませんでした。インスの街で出会ったジャンさん一家やポーラさん、それからヴァーイの街のミゲルさんやロイさん、たくさんの方に助けてもらって得た力なんです。だから、皆さんへの恩返しの気持ちも込めて、精一杯やってみます!」


 腹を決めたら、私の心は不思議と落ち着いていた。この前向きな気持ちのうちに眠ってしまおう。

 突然やる気に燃える私を見て、ストフさんは不思議そうな顔をしているけれど。


「…あ、ああ、くれぐれも無理はしないで、何かあったら箱で私を呼んでくれ。あ、それから…本当はちょっと話したいことがあって探していたんだけど、今日はもう遅いし、チヨリも緊張が解けて眠れそうな様子だからまた今度にするよ。じゃあ、おやすみ。良い夢を」


「はい、分かりました。おやすみなさい」


 あれほど眠れないと思っていたはずなのに、結局私は一番鶏が鳴くまでぐっすりと寝たのだった。


 

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