第十二話 リスタート

 街の中心部から少し外れた自然豊かなエリアにあるストフさんちから、メインストリートにあるジャンさんの宿屋までは徒歩十五分ほど。


 辺りは暗くなっているけれど、所々に植えられているあかがあるので歩くには困らない。ミゲルさんの山小屋で一か月以上も夜灯よあかりの森生活をしたせいか、青や緑色にうっすら輝く灯り木を見ると、なぜかほっとする。


 私が山小屋生活を思い出していたことを察してか、ストフさんに尋ねられる。


「…森での生活は、辛くなかった?」


「はい!辛いどころか楽しいことばかりでしたよ。すっごく素敵なログハウスでしたし、家電…えっと、ミゲルさんの開発したアイテムもたくさんあって便利でしたし、食材もミゲルさんの能力でヴァーイの街にあるお屋敷から送ってもらえたので食べ物にも困りませんでしたし」


「そうか。楽しめたなら良かったよ。…叔父上は、その、厳しくはなかった?あれほど人嫌いの叔父上がチヨリのことは手紙でもかなり褒めていたから驚いたんだ」


「そうですね、最初は嫌がられた…というか、私が押し掛けたような形になってしまったので警戒されていたようなんですけど、ミゲルさんは優しかったですし、親身になって私の力のことも考えてくれて、とても良いお師匠様でした!困ったら連絡して良いとおっしゃって文箱も持たせてくれましたし」


「…!あの叔父上の魔法の文箱をもらったのか?…それはすごいな。私も幼い頃に見せてもらったことはあるが、簡単に連絡が取れてしまうのが逆に嫌だと言って、叔父上は実家にも置いてこなかったんだよ」


「そうだったんですね。確かにあの文箱はとっても便利ですからね。でも、ミゲルさんの修行のおかげで、私も同じような箱が作れるようになりました。それから…」


 ストフさんは数少ない私の歌の能力を知っている人なので、ついいろいろ話してしまう。

 本当はシェリーやバルドさんにも留守にしていた間の出来事を喋りたかったんだけど、チートのことは内緒なので、最後の数日で観光したヴァーイの街のことを話すだけに留めていた。


 そもそもあの街へ行った目的も、「ストフさんの叔父様のお宅で短期間だけベビーシッターを探しているから」と伝えていた。嘘をつくのは心苦しかったけれど、歌の能力を告白していないので仕方ないと思っている。



 そうこうしているうちに街のメインストリートに着いた。ジャンさんの宿屋はもうすぐそこだ。


「ストフさん、送っていただいてありがとうございました。もうすぐそこなので大丈夫ですよ!」


「…ああ、チヨリと喋っているとあっという間だったな。では、また来週からよろしく頼むよ」


「はい、またよろしくお願いします。では!」


 私はストフさんに手を振ってから歩き出し、ストフさんも来た道を戻り始める。数歩だけ進んだところで、後ろから呼び止められた。


「チヨリ!」


 どうしたのだろうと思いながら振り向くと、ストフさんが足を止めてこちらを見ていた。


「…ルチアに先を越されて言い忘れていたことを思い出した。…戻ってきてくれてとても嬉しい。おかえり」


 ストフさんがあまりにも嬉しそうな優しい表情で笑ったためか、私の心臓が驚いたようにドクンと大きく跳ねた。


「はい、…ただいまです!」


 別れ際の挨拶としては不思議な感じになってしまったけれど、ふたりで笑い合ってから、今度こそ本当にそれぞれ帰路についた。



 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴


 宿屋に戻ってシェリーに帰宅の挨拶をすると、今朝団体のお客さんがチェックアウトしたばかりで、今日は珍しく宿泊客がいないと聞かされた。


「明日からはまた予約がたくさん入っているから、今のうちにチヨのおかえり会とおじいちゃんの行ってらっしゃい会をするわよ!」


 シェリーは何やら気合を入れていた。私のおかえり会は良いとして、気になる言葉が聞こえたような…


「ん?バルドさんの行ってらっしゃい会?」


「あら、言ってなかったっけ。おじいちゃん、明後日から恒例の冬の旅に出るのよ」


「えっもうそんな時期なの?早くない?」


 私を拾ってこの宿屋まで連れてきてくれた吟遊詩人のバルドさん。寒いのが苦手だと言って、冬の間は温かい地方を歌いながら旅して回っているとは聞いていたけれど、まさかこんなにすぐだったとは。


 シェリーと話していると、タイミングよくバルドさんも階段を下りてやってきた。


「はっはっは、チヨにはまだ話してなかったんだな。今年は本格的な冬が来る前にいくつか寄りたい街もあってね、少し出発を早めることにしたんだよ。チヨも無事に戻って来て安心したしなあ」


「…と、言うわけよ。おじいちゃんの送別会もせっかくだし一緒にやっちゃいましょう」


「そっかあ、淋しいけど仕方ないね…バルドさん、春には戻って来るんですよね?」


「ああ、雪が解ける頃には戻ってくるよ。またチヨと一緒に歌いたいしな。今回は他の国まで足を伸ばすつもりだから、手土産代わりに何か新しい歌を覚えて帰ってくるとするよ。わしが留守の間、忙しくないときだけで良いからたまには食堂で歌ってやってくれ。チヨの歌を楽しみに来る客もいるからな」


「うう…心細いですが、やってみます!」


 その後、いつもはたくさんのお客さんで賑わう食堂を貸し切りにして、みんなでわいわいと夕食を楽しんだ。シェリーのご両親、ジャンさんとノエラさんも私が不在の間いろいろ心配してくれていて、戻って来た私を温かく迎えてくれた。


 せっかく再会できたバルドさんをすぐに見送ることになるのは淋しいけれど、春になればまた会えるので、みんな明るい雰囲気で送り出そうとしている。

 本来なら家族だけの宴会に私まで参加させてもらって、この街に帰ってきたことも喜んでくれて、本当にこの一家の一員として受け入れてもらえていることが、奇跡みたいなありがたいことだと思った。



 こうして、ストフさんの子どもたちの成長と、バルドさんが旅立ってしまうという変化に少し戸惑いながらも、インスの街での生活が再び始まった。


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