第十一話 天使たちとの再会

「そ…そんな…!ルチアが…ルチアが、歩いてる…!!」

 

 修行のためミゲルさんを訪ねたヴァーイの街から、異世界転移後最初に過ごしたインスの街へと戻ってきた。

 ベビーシッターの仕事に復帰するのは数日休んでからの予定だけど、早くお土産を渡したかったし、何より少しでも早く子どもたちに会いたくて仕方なかったので、今日は挨拶のためにストフさんちへやってきた。


 約一月と一週間ぶりの子どもたちとの再会に、私は心の中で血の涙を流した。


 男子三日会わざれば…ということわざのとおり、長男エミールは少し会っていないだけでなんだか大人びて見えたし、次男ブレントはさらに口が達者になっている気がする。そして何と言っても、末っ子ルチアの成長には驚かされた。


 出発前は高速ハイハイとつかまり立ち・つたい歩きをしていたはずのルチアが、二足歩行する生き物へと進化を遂げていた。くるくるの天パもショートの長さからトップを結べるくらいの長さまで伸びて、急に女の子らしくなっている。


「…ルチアが歩き出すの、楽しみにしてたのに…可愛い靴を履かせて一緒にお散歩行ける日を楽しみに待ってたのに…そんな大切な瞬間を見逃したなんて…!」


 大人だからさすがにやらなかったけど、脳内の私はあまりの悔しさに這いつくばって地面をドンドンと叩いている。


「チーーーー‼っかぇりー!」


 そんな私の絶望など知らないルチアは、穢れを知らない青いクリクリのお目目で私の顔を覗き込んでくる。うう、やっぱり可愛いなこの天使。って…あれ?


「ルチア!?今“おかえり”って言ってくれたの!?」


 ルチアはコクンと頷いた。

 何ということでしょう。歩いてるだけじゃなくて喋り始めてるし、意思の疎通が取れている…!驚くべし一歳児の成長。


 私が自分の能力をちょっと伸ばすのにあんなにまごついている間に、こんなに大きくなってしまったなんて…いや、でも子どもたちの成長はもちろん嬉しいのでちょっと複雑な気分。


「ふふふ、悪かったねチヨリ。ルチアは最初はチヨリがいなくて淋しがってよく泣いてたんだけど、ちゃんと帰ってくることを何度も説明して、チヨリが帰ってきたら驚かせようって言って歩くのも“おかえり”もたくさん練習したんだよ。なー、ルチア?」


「うー!」

 

 私の葛藤を静かに見守ってくれていたストフさんがルチアを抱き上げ、顔を寄せて笑い合う。金髪碧眼の美男パパと、同じ色を受け継いだ美幼女。あらためてその光景を見ると本当に一枚の絵画のようだなあと内心うっとりしてしまう。


「ルチアだけじゃないぞ!オレだってすごいんだぞ!庭のターザンロープ、半分までのぼれるようになったー!」


「チヨ!ぼくもたくさん字のべんきょうして、いっぱい書けるようになったんだよー!」


「そうなの?ふたりともすごいね!見せて見せて!」


 褒めてほしいとばかりに寄って来る兄ふたりも可愛い。


 これまでブレントはルチアのことは「ルーちゃ」って呼んでいて、それも可愛いなと思っていたんだけど、名前呼びに切り替えたらしい。

 素直に成長を喜ぶべきなのかもしれないけど、ちっちゃい子特有の言葉遣いの可愛さみたいなのがあるから、聞けなくなっちゃうのはちょっと残念だなあ…


「みんなチヨがいる生活に慣れてましたからね、最初の頃は本当に大変でしたよ…。無事に戻ってきてくれて良かったです。子どもたちの相手も大変でしたが、ストフ様はミゲル様からの手紙を読んでは心配して悶えてましたし」


「おい…言うなポーラ」


「心配…?あ、私がなかなか物体転送がうまくできなかったからですかね。やっぱりミゲルさんのお手紙にも私のダメダメさに困っているとか書かれてました…?もしかして本当は嫌がられてたとか…!」


「いや、違うんだチヨリ。叔父上の手紙にはチヨリがどれだけ頑張っているかが書かれていたし、むしろ褒めていたよ」


「ほんとですか!良かった~。ミゲルさん本当に優しくて良い人ですっかり甘えてしまったので、実際は迷惑してたなら申し訳なさすぎるところでした」


 一瞬焦ったけれど、ミゲルさんに嫌がられてはいなかったようで良かった。夜灯りの森の山小屋に到着した初日こそ塩対応気味だったけど、後は普通に親切な師匠だったからね。


 それにしても、ポーラさん手作りのポンムジャム入りケーキがおいしい。山小屋生活のときもオーブンがあったから何度か作ってみたけど、この味には敵わなかったんだよなあ。今度ポーラさんにレシピとコツを教えてもらおう。


「……(ぐぬぬ)」


「…ストフ様、色々顔に出てますよ」


 ポーラさんお手製のケーキとストフさんが淹れてくれたドリップコーヒーに舌鼓を打っている間に、ふたりが何かボソボソ話していたけれど、私の耳には入って来なかった。


「おいチヨ、たべるのおそいぞ。はやくあそぼうぜー!」

「ウルフも庭でまってるから、おそと行こうよー!」

「チー!っこーよー!」


 大人たちののんびりティータイムを待っていられない子どもたちがそろそろしびれをきらしたようだ。


「エミール、ブレント、ルチア。チヨリは今日はお仕事で来てるんじゃないんだから…」


「ふふ、大丈夫ですよストフさん。私も子どもたちにずっと会いたかったですし。今日はお友達として少し遊んで行っても良いですか?」


「…ああ、私たちとしては助かるけど…」


「じゃあ、決まりですね!よし、みんなお庭いこっかー!」


 久しぶりの子どもたちの相手は、こんなに疲れるものだったかと驚いたけれど、少し見ない間に成長した三人を少し知ることができてすごく嬉しかった。


 ついつい時間を忘れて遊んでしまったら、辺りは暗くなってしまった。日本と同じように、冬が近づいて日が短くなっていたんだなあ。うっかりしてた。



「ポーラ、しばらく子どもたちを頼む。チヨリ、暗くなったし送っていくよ」


「え、良いです良いです、大丈夫ですよ!」


 ブラック企業勤め時代には終電で帰ったこともあるし、早くても二十一時帰宅だった私としては、まだ夕飯時の暗さなんて夜のうちに入らない。


「いいえチヨ、この街は治安は良いですけど、若い女性のひとり歩きはオススメしません。とくに寒くなると稀に魔物が街へ入り込んでしまうこともあるんですから、これからの時期はダメです」


 日本感覚で想定していた私の夜の怖さ=変質者とかストーカーとかだったけど、この世界の冬の夜の怖さは別のものだったらしい。そしてひとりで魔物との遭遇は怖すぎるわ。


 ポーラさんの言葉を聞いて、素直にストフさんに宿屋まで送ってもらうことにした。


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