第九話 新たなスキルを手に入れた

 ミゲルさんの山小屋での修行生活は、最終的に一月近くに及んだ。嫌がらず私の検証や実験に付き合ってくれたミゲルさんには心から感謝しかない。


 途中執事のロイさんから、“チヨさん、大丈夫ですか!?主に怖い思いをさせられていませんか?狼煙のろしを上げていただければすぐに駆け付けますよ!”という私宛の手紙をもらったけれど、丁重に大丈夫であることを伝える手紙を書いて、ミゲルさんに転送してもらった。


 自分の力の総量の把握や配分、強さの制御等はミゲルさんのアドバイスを受けて早い段階で問題なくできるようになったし、ミゲルさんの短文詠唱を真似してかなり言葉を削った短い歌でもスキルを発動できるようになった。



 修行が順調だったにも関わらず滞在が長引いた理由は、魔核を使った物質の転送があと一歩でできそうなのになかなかできないという状態が続いたからだった。

 全然できないなら諦められたんだけど、もうちょっとという感覚があったからこそ、なかなか踏ん切りがつかなかった。


 自分の力を込めた魔核を埋め込んだ小さな箱を作る、その箱を自分から見えない少し離れた場所に置いても、きちんと自分の一部だという感覚を持つことはできた。だけど、肝心の物の転送まで繋げられなかった。


「良いか、お前はまだ物体を飛ばすことに対するイメージが足りていない。遠くにあるものを遠く感じてしまっているだろう?そうではなくて、元々あれは自分の物で、届いて当たり前だという意識を持て」


 ミゲルさんもいろいろコツを教えてくれたんだけど、なかなかその通りにはいかなかった。まあミゲルさん自身が手紙や物を送れるようになるまで十年近く研究したと言っていたので、いくら教えてもらったところで簡単に出来るなんて都合よくいかなくても仕方ないとは思った。


「…ここでの滞在も長引いてきたし、一度ストフに連絡しようと思うが、お前も手紙を書くか?世話になったという宿宛の手紙も同封して良いぞ。ストフが届けるだろう」


 だいぶ煮詰まっていた三週間目のある日、ミゲルさんがそんなことを言った。お屋敷にいるロイさん宛に送り、そこから郵送してくれるそうだ。

 私としても子どもたちの様子が気になっていたし、一度シェリーにも連絡を入れないと心配するかなと思っていたので、お言葉に甘えて手紙を書かせてもらった。


 ミゲルさんがストフさん宛に書いた手紙とロイさん宛の指示書き、そして私からストフさんとジャンさん一家に宛てた手紙。計四通をテーブルの上に置き、ミゲルさんが詠唱を行う。


「この手紙 執事ロイへと 飛び行かん」


 相変わらずの短い詠唱で手紙は消えた。一々歌わないといけない私の力よりもミゲルさんの言霊使いの力の方が、なんとなくコスパが良いと言うか使い勝手が良さそうに気がする。

 

 そう羨ましがると、ミゲルさんは呆れた声で言った。


「…バカかお前。オレだって最初から短く詠唱できたわけじゃないし、様々な検証と修行を重ねての今だ。力に目覚めてからたかだか二月程度のお前がそれほどの大きな力をある程度使いこなせているだけでも十分すぎるくらいなんだぞ」


 言われてみればおっしゃるとおりなので、私は小さくなるしかできなかった。ミゲルさんは子どもの頃に言霊使いの力が発覚したと聞いた。

 当然のように国の庇護下に置かれ大事に大事に育てられることに反発し、わざわざ王都を飛び出してヴァーイの街へやってきたくらいだ。


 それも聞いてみると交換条件として新しい魔核を使った製品の開発や、有事の際の全面協力など、いろいろお偉方と約束をした上で、国からは出ていかないことを誓約書にまとめ、ようやく認められた自由なんだそうだ。


 力に目覚めてから三十年も研究してきた大先輩に比べたら、チートの恩恵にあずかっているだけの私なんて甘ちゃん以外のなんでもないんだろうな。私と大して年齢も変わらないのに、人間としての大きさの違いを感じてしまう。


 そう、最初に年齢を告げたときにミゲルさんにめちゃくちゃ驚かれたんだけど、ミゲルさんはまだ三十三歳。私と四歳しか離れていなかった。(そしてやはり私は十代の子どもだと思われていた…泣ける)


 ストフさんの叔父さんと聞いていた割に見た目が若いなあとは思っていたけれど、ミゲルさんはストフさんのお母さん(なんと十人姉弟)の末っ子で、甥であるストフさんとは八歳しか離れていないんだって。

 そしてなんとなくそうだろうとは思っていたけれど、ストフさんの方が私より若いことも知ってちょっと凹む。片や二十九歳にして異世界迷子になった女。片や二十五歳にして三児の子どもを育てる立派なお父さん。

 なんなんだこの差は…いや、この世界の人は地球人よりも寿命が短いみたいだし、早熟なんだと思おう。私は遅くともマイペースに咲けば良いのさ。ぐすん。


 自分が二十五歳のときに何をしていたかと言えば…休みの日はパソコンでオンラインゲームして、すぐに飽きてやめちゃったけどSNSで人の幸せを見てダメージを食らって、あとはブラックな会社に憂鬱な気持ちで毎日通っていただけ。あれ、それって転移前の二十九歳のときと何も変わらないな。


 まあそれはこの際置いといて、この世界の人たちとの生き方の違いをあらためて感じてしまう。まあメールとかチャットとかいろいろ便利なものがこの世界にはないし比較もできないか…


 と、そこまでぼんやり考えたところで何かに引っかかる。何が気になったのか脳内で反芻して、ふと閃いた。


「…!ミゲルさん!」


「…なんだ」


 自分の研究机に向かって作業していたミゲルさんが怪訝な顔で振り向く。

 

「お屋敷に置いている箱の他に、ロイさんが持ち歩いている箱もあるんですよね?どれくらいの大きさですか?」


「…あいつ宛に大きな物を送る必要はないから、手紙や小物だけ入る程度の文箱だ。お前が練習用に作った箱と大きさはさほど変わらん」


 ミゲルさんは何をいきなり…という表情をしつつも、指先のジェスチャーで箱のサイズを教えてくれた。

 物体の転送は、基本的にはサイズが小さいほうが簡単だし力の使用量も少なくて済むため、必要がなければ小さめにしているようだ。ミゲルさんのお屋敷にある箱だけ食材や研究の素材も遅れるように大きめにしてあるという。


 そして私はその小さいサイズで、ようやく物を送るというイメージが固まった。遠くの箱から物を飛ばすというのがどうにもしっくりこなかったんだけど、手の平サイズ、つまり日本で使っていたスマートフォンをイメージして、メールを送る感覚なら分かる。

 あれだってどういう原理で一瞬で届くのか、超文系人間の私には理解不能だけど、原理が分からないのはスキルだって同じことだ。


「ミゲルさん、実験させてください!なんとなくイメージが作れた気がします!」


 ミゲルさんは不思議そうな顔をしたけど、すぐに実験に付き合ってくれた。ミゲルさんの山小屋に私が力を込めた魔核を組み込んだ小さな箱を置く。私は山小屋から池のほとりをぐるりと歩き、直線距離で小屋から五十メートルほど離れる。当然、箱は私からは見えない。


 まずは、送る実験。手には先ほど山小屋で書いたメモ。文章はシンプル。


“ミゲルさんへ このメモが届いたら、箱に何か小さな物を入れてください”


 続けてここ最近作っていた転送ソングを歌う。


「この手紙~届いて~♪ 山小屋の~私の作った箱へ~♪ ミゲルさんが~待っているから~♪」


 メモをよく見て、これを送るんだというイメージと、宛先の箱の質感やサイズをイメージする。そこにミゲルさんに受け取ってほしいという意思を乗せ、メールが送信されて下書きフォルダから消えるイメージを加えた。そして…


「…!できた!」


 私の手に乗せたメモが音もなくスッと消えた。それは先ほどミゲルさんがロイさん宛に手紙を送ったときと同じだった。


 思わずガッツポーズを繰り出してから、再度集中する。メモが届いたなら、ミゲルさんが箱の中に何かを入れてくれるはずだ。

 中身は見えないけれど、今度はそれを自分のものとして、手元まで持って来るイメージ。思い浮かべたのは、友達がメールに写真を添付して送ってくれる感覚。まだ相手の手元にあるけれど、私に送ろうと思って用意してくれた、私の物。


「山小屋の~私の作った箱の中~♪ ミゲルさんが~くれたもの~♪ どうか~ここまで届いて~♪」


 歌詞は適当。これはいつもどおり。ここでの修行で分かったことは、歌詞は自分のイメージの手助けになるもので、どちらかというと心の中にきちんと情景や効果が浮かんでいることの方が大事なのだ。

 何が来るのか分からないものをイメージするというのは難しいんだけど、そもそも箱自体が私の物なので、その中にあるのも当然私の物。そういう強気なイメージを持って、頭の中でぐっと手繰り寄せる。


 やや間が合って、私の手の平の上にコロンとひとつ、可愛い飴玉と小さなメモが届いた。


“よくやった”


 相変わらず短い師匠の言葉だけど、嬉しい。私としてもこれまでとは種類の異なるスキルを得て、ひとつレベルが上がったような気持ちだ。


 私は飴を口に放り込んでから、山小屋へと走った。ミゲルさんにお礼を言わないと。


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