第八話 力の応用と世界の秘密

「ずっと気になってたんですけど…ミゲルさんのそれ、どうやってるんですか?」


 夜灯よあかりの森のミゲルさんの山小屋に押し掛けた日から四日。言霊使いの力と私の歌の力はやはり違うところはあるけれど共通している部分も多いようで、着実に自分の力の把握と制御ができるようになってきた。


 とくに、ミゲルさんが使っている、魔法使いや言霊使いの力の残量を把握する方法はとても便利なので、早速私も試してみた。

 今は「残量見たい~♪」というワンフレーズだけで、自分の視界の左上にスキル残量がゲージで確認できるようになった。結果的に力の加減もできるようになった。


 これまで私のスキルは一日四回という制限があったけれど、ミゲルさんによると「自衛本能のようなものが働いた結果」とのこと。つまり、歌の能力使用による自分の消耗が大きくなりすぎないよう、無意識下でストップをかけて四回という制限になっていたようだ。


 自分の力の総量が把握できるようになった今では、その日の力の残量に応じてスキルを使えるようになったので、この四回制限はなくなった。もちろん緊急事態に備えて、街に戻ったらゲージがすっからかんになるまで能力を使うようなことはしないよう調整するつもりだ。



 そんな中、ミゲルさんが普段言霊使いの力でやっていることで私にできないことがいくつかあることに気付いた。今聞いたのもまさにそれ。


 山小屋生活の難点として、食糧問題がある。私がこの世界に転移してきたとき、夜灯りの森を三日さまよっても何の生き物にも遭遇しなかったくらい、この森の中には木と植物以外は生息していない。当然ながら、動物のお肉や魚など、食糧の現地調達はできないのだった。


 この小屋へ来たときにミゲルさんが持ってきていた分と、私がミゲルさんのお屋敷の料理人さんに持たせてもらった食材には、当然ながら限りがある。しかし、私たちは食べ物には困っていない。それはミゲルさんの言霊使いの力による食材の転送にあった。


 使っているところを見たのは今日が二回目だけど、それはやっぱり不思議だった。


 私の歌の力と同じように、ミゲルさんの言霊使いの力も見えている範囲にしか効果は出ないと聞いている。それにも関わらず、ミゲルさんはお屋敷から食糧を転送してもらったり、手紙をロイさんに届けたりと、ここではない遠い場所へ物を飛ばすことができるのだ。


「ああ、そろそろお前に説明しても良いな。これはオレの長年の研究による、言霊使いの力の応用だ」


「力の応用?」


「そうだ。知ってのとおり、オレの力は自分から見えない場所では作用しない。しかし、疑似的に見えているのと同じような状態を作り出すことでこのような使い方ができる。これを使ってな」


 そう言ってミゲルさんが取り出したのは、消しゴムくらいのサイズの黒くてゴツゴツした石のような物体。


「それ、何ですか?」


「そうか、お前はまだこれも知らなかったか。これは魔核と呼ばれるものだ」


「マカク…?」


 ミゲルさんの説明によると、魔核というのはその名のとおり魔物が死んだときに残る核のこと。見たことないから知らなかったんだけど、魔物は倒しても死体が残ることはなく、体が消滅して核だけ残るんだって。


 なぜ魔物が出現するのかとか、なぜ魔核だけ残して消えるのかとか、そういう謎は未だ解明されていないそうだ。日本人からするとまさしくファンタジーだけど、この世界の人にとって「魔物とはそういうもの」という認識らしい。


 そして魔物というのは時として人間を襲う恐ろしい存在ではあるけれど、魔核は人の生活で有効活用されているのだと。元々魔物は食事の代わりに自身の持つ魔核にエネルギーのようなものを溜めこむことで生きていて、魔核には魔法使いや言霊使いの力を溜めこむ性質がある。


 それを様々な道具に利用することで人間の生活は便利になってきたそうだ。


「これで説明するのが分かりやすいだろう。もちろん普段から使っているな?」


 ミゲルさんがテーブルの上のランタンを指差したので頷いた。この世界では日常的に使われている室内灯。蛍光灯ほどの明るさはもちろんないけれど、ろうそくやオイルランプよりもかなり明るい。

 仕組みは知らないけれど、スイッチひとつでオンオフ切り替えもできるし、燃料も不要みたいなので便利だなとは前々から思っていた。


「このランタンの底の部分には魔核が埋め込まれていて、これが動力源になっている。着火は火打ち石を応用しているが、これが光り続けることができるのは、魔核に込められた魔力を使っているからだ。街で使われている井戸の汲み上げポンプなんかも同じような仕組みだな。国の研究所で働いている魔法使いの仕事の大部分が、こういう道具に使う魔核に魔力を込めることなんだよ」


 思いがけないこの世界の秘密を知ったようでちょっとドキドキしてしまう。魔法使いが国に保護・管理されて王都の研究所で魔法の研究をするというのはストフさんからも聞いていたけれど、その裏でこんな仕事があったなんて。

 

 一般の人々は魔核が生活の道具に使われていることはなんとなく知っているものの、仕組みについては広まっていないそうだ。そのため街の人は、魔物を倒して魔核が取れた場合、街の兵舎へ持って行って買い取ってもらい、国はその魔核を使って生活を豊かにしてくれるという程度の認識らしい。


 魔法使いが魔力を込めたあとの魔核はもちろん道具の作り手に流通させるけれど、ランタンやポンプ等の作り手も魔核がどう加工されているのかというあたりはとくに気にしていないそうだ。


 そんなに気にならないのか?と一瞬思ったけれど、考えてみれば電気がどうやって作られているのかなんて考えずに毎日家電を使っていたし、ランプを付けようと思って乾電池を入れたところで、電池の中の仕組みなんて少なくとも私は考えたことがない。この世界において魔核を使った動力というのはそういう感覚なんだと理解した。


「なんとなく分かりました。でも、その魔核を使って物の転移をするというのはどういうことなんでしょう?」


 そう。道具の動力源として魔核を使えることは分かったけれど、それをミゲルさんがどう応用しているのかが分からない。


「ああ。先ほど魔核に魔力を込めるのが魔法使いの仕事だと言ったが、オレの研究で言霊使いの力も同じように魔核に込められることが分かったんだ。そしてオレの場合、魔核に自分の力を込めると、遠い場所にいてもその魔核の存在を感じ取ることができることも分かった。それを応用して、自分の力を込めた魔核を組み込んだ箱を作ったんだ。今オレは、遠い場所にいてもその箱は自分の分身のような感覚で感じられて、そこに置かれた物については直接見ているのと同じように言霊使いの能力を発動させることができる」


「ナニソレスゴイ」


 簡単そうに言ったけれど、たぶんそれはとんでもない発明なんじゃないだろうか。驚いて思わず言葉がカタコトになってしまった。いけないいけない、ちゃんと説明を聞かねば。


「えっと、じゃあつまり、手紙を送ったり食べ物を送ってもらったりしているのは、ミゲルさんのお屋敷に置いてある魔核を組み込んだ箱と、この山小屋にいるミゲルさん自身を繋いでいるということなんですね?」


「そうだ。感覚的なものだし、この研究が成功してから他の言霊使いに会ったことはないから他の奴が同じようにできるかは分からん。オレの感覚としては距離は離れているが自分の一部から自分宛に物をやり取りするだけだから、ちょっと手が届かない場所にある荷物を取り出しているような感じだな。このイメージを自分の中で構築するまでに長年時間がかかったが、一度感覚が掴めればある程度大きな物も簡単にやり取りできるようになる」 


「いや、それめちゃくちゃ便利ですよね。私にも使えるようになりますかね?」


「やってみないと分からんが、可能性はあると思う。お前の場合は力の容量がでかいから、成功すれば相当大きな物もやり取りできるようになるかもしれないな」


 新たな力の使い道が見えて心が躍る。もしもこれがうまく使えるようになれば、ゲームで言うところの「袋」や「インベントリ」と呼ばれる夢の四次元収納に近い使い方ができそうだ。


 その後さらに気になっていた、この山小屋に設置されているエアコンや温水洗浄便座・冷蔵庫・ガスコンロっぽいもの等々についても聞いたところ、やはりこれもミゲルさんが自分の力を込めた魔核を組み込んで作ったオリジナルアイテムなんだそうだ。


 家電のモデルになったのは、ミゲルさんが昔数回だけ会ったことのある、他の国出身の言霊使いから聞いた話だと。…もしかしなくてもその人、地球出身者だと思うんだよね。やっぱり私だけじゃなく転移して来た人ってきっといるんだな。


 その人に会えないか聞いてみたけれど、ミゲルさん自身もいつかもう一度会ってみたいと思っているけれど、物凄い自由人だったらしく、今どこをフラフラしているのか分からないんだって。残念。


 でも、欲張って一度にいろいろ知ろうとするより、まずはきちんと自分の力の制御を練習した方が良いと思う。あわよくば魔核を利用した新しい力の使い方も身に着けたいけどね。


 二兎を追う者は…ということわざのように、今は焦らず一歩ずつ進んでいきたいと思う。


 

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