第七話 事の発端

*残酷なシーンはありませんが、大きめのケガをする描写があります。苦手な方はご注意ください。

(一話飛ばしていただいても大丈夫です)


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 ある日ブレントのケガをきっかけに気付いた、転移チートと思われる私の歌の力。本当はこの能力については秘密にしておいた方が良いと思っていた。


 数か月をこの世界で過ごしてみて、魔法が存在することは知ったけれど、こんな特殊能力が存在するなんて話は聞いたことがないし、異世界からやってきたチート持ちの女なんて怪しすぎると自分でも思う。


 そもそも魔法使いだって極めて稀な存在で、見つかった場合には国で登録・管理されると聞いた。保護されるという意味で生活は困らないかもしれないけれど、私はこの街でののんびりした暮らしが気に入っているし、いきなり国に管理されるとか怖すぎる。権力闘争とかに巻き込まれそうなイメージあるし、寿命を縮めそうな気がする。


 それに、下手に誰かに話したら厄介ごとに巻き込んでしまう可能性だってある。この街で出会った宿屋のジャンさん一家や、私を雇ってくれたストフさん一家は本当に優しい人たちで、私のせいで迷惑をかけるなんて絶対にしたくない。


 そのため、私の力については何も伝えない方が良いと思っていた。どこの世界だって出る杭は打たれるし、平凡がいちばんなんだから。



 しかしある日、能力を使わずにいられない事態が起きてしまった。ストフさんが肩に大きなケガをしたのだ。



 ストフさんは今は一時的に育児休暇のようなものを取っているそうなんだけど、本職は兵士。階級とかはよく知らないんだけど、ポーラさんの話を聞く限り、かなり上級の役職についているみたい。


 立派なお宅に住んでいるから、最初はてっきり貴族なのかと思っていたのだけど、兵士としてのお給料がかなり良いんだって。貴族とも血縁関係はありそうな口ぶりだったけど、ストフさんが言い辛そうにしていたので深くは聞かなかった。


 私だって異世界からやってきたことは伝えていないけれど、ストフさんたちは何も突っ込まずに温かく受け入れてくれてるんだもの。だからこそ私も、相手が言いたくないことなら無理して聞くつもりなんてない。



 私がベビーシッターを引き受ける前は、ストフさんとしても子どもたちから四六時中離れられなかったんだけど、この頃は私も仕事に慣れて少し余裕が出て来たので、ストフさんは週に二度ほど街の兵舎へ訓練に出かけていた。


 ちなみにこの国で兵士というのは、日本で言うところの警官と自衛官の間のような存在で、街の規模に合わせて配備されているんだって。普段は平和な街なので、当番制で街の見回りや門番、困りごとのある住民の相談役等を務めるのがお仕事。


 ただ、この世界には昔から魔物が存在していて、普段は人里には下りてこないものの、極稀に街に迷い込んだり、森や平原で食べ物が少ないときには襲撃してきたりすることもある。そんなときに街の防衛と魔物の討伐を務めるのも兵士の仕事なんだそうだ。そのため、平和なときでも鍛錬を欠かすことは許されない。



 ストフさんがケガをして帰って来たのは、訓練のために出かけた日だった。

 

 左肩に大きな包帯を巻いたストフさんは、兵士のお兄さんの付き添いで帰宅した。その兵士さんによると、ストフさんは街の兵士の誰よりも腕が立つほど優秀な剣の使い手なのだという。


 その日は普段通りに兵舎にある練習場で訓練をしていたところ、街の近くに小規模だけど魔物の群れが確認されたため、急遽討伐隊が結成され、ストフさんも加わった。

 ストフさんの活躍もあり、魔物は順調に退治されていったものの、最後の最後で新米の兵士が足を滑らせてしまい、とどめを刺す直前で狼型の魔物に逆に襲撃されそうになった。そして即座に魔物と新米兵の間に飛び込んだのがストフさんだった。


 ストフさんは見事にその魔物を切り捨てたけれど、無理な体勢で割って入ったため、魔物に食いつかれ、左肩に大ケガを負ってしまった。

 不幸中の幸いと言うべきか、神経まで届くほどの深い傷ではないというお医者様の見立てだったそうだけど、最低でも一か月は絶対安静で全治三か月という診断を受けた。


「チヨリ、すまない。右手は使えるんだけど、この状態だと子どもたちを抱っこできるのはひとりまでだ…」


 帰宅したストフさんは、開口一番でそう私に謝った。


 まだ傷も痛む状態で、いくら片腕は無事だからって子どもの抱っこなんてとんでもない。絶対安静が必要なレベルのケガなんだから、おそらく相当な量の血も流したんだろう。ストフさんの彫刻のように美しい顔は真っ青で、初めて会ったときの死神のような印象を思い出す。

 

「そんな大ケガで何を謝ってるんですか!子どもたちのことは私がなんとかしますから、気にせずとにかく休んでください!寝てください!」


 私は焦って返事をする。しかし、この状況が理解できないブレントがごねだしてしまった。


「ええーーー!とーちゃ、オレたちをだっこしてくんないのー?やーだー!だっこしてーーー!!」


「ダメだよブレント、とーちゃはおケガしてるんだよ。ガマンしなきゃ!」


 五歳のエミールはある程度理解できたようで、弟のブレントをたしなめた。しかしこれがブレントの癇癪に火をつけてしまったようで、最終的にブレントは泣き出した。それにつられてもちろん末っ子ルチアも泣き出した。


 大パニック一歩手前の惨状で、一瞬弟妹につられて泣きそうな顔をしたエミールが、私を見て言いだしたのだ。


「…!そうだ、チヨ!あのお歌うたってよ!ぼくのおケガをなおしてくれた歌!」


「え…?」


 とりあえずルチアを泣き止ませようと、抱き上げて子守歌をうたおうとしていた私に、エミールがそう言い出した。


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