第六話 チートの有効活用を考える

 数日間のチート能力検証を重ねた私は、思った。

 せっかくこんな力を与えられたのならば、存分に使わなければもったいないと。


 ということで、今日は人類の夢にチャレンジをする。

 

 そう、空を飛ぶことだ。


 これに関しては条件付けをめちゃくちゃ慎重に行った。見えている範囲ならスキルの力で瞬間移動もできたことから、垂直方向への移動に応用することでたぶん飛ぶことも可能だと思ったんだ。

 でも、効果が持続しすぎてしまって、うっかり飛び続けたまま普通の生活に戻れなくなるとか、急に効果が切れて落ちるというのが怖かった。


 そこで私が作った歌はこんな感じだ。


「広い空~自由に飛びたい~♪ 姿勢は自由なまま~歩くように飛びたい~♪ 街の人たちには秘密なの~誰からも見えないで~♪ 高さは屋根の上まで~降りるときはゆっくり~♪ 私が降りたいときや~一時間が経ったときには~♪ 静かに~優しく~舞い降りて~♪」


 我ながら条件が多くワガママだなと思う。自由意思で動き回れること、街の人からの不可視、高さは最大でも屋根の上まで、下降や着地はゆっくり、そして最長一時間で効力が切れるように設定。


 不可視になるようにしてみたけれど、一応は失敗しても大丈夫なように夜中に人気のない公園で実践してみる。落ち葉を集めて緊急着陸できそうなふわふわの山も作ってあるし、長袖長ズボンにヘルメット代わりの麦わら帽子を被り、可能な限り防御対策も取った。


 周囲に人がいないことを確認し、作って来た飛行ソングを小声で歌う。

 歌い終わった瞬間にふわっと体が軽くなる感覚があり、空に向かって踏み出せるという直感のようなものが湧いてくる。

 そして私は、見えない階段を上るように上空へと足を踏み出した。


「うわあ…できちゃった…」


 それは不思議な感覚だった。自由意思で動き回れるようにと指定したので、飛んでいるというよりは空の上を歩いているような感覚。高さの上限指定をしていたので、一定の高さまで上がったところで、感覚的にこれ以上は上に行けないと自然と分かる。…いや、チートすごいな。


 そのまま上空を少し上がってみたり下りてみたり走ってみたり、そのまま屋根の上に飛び乗って歩いてみたり、また降りてみたりと、ついついはしゃいでしまった。屋根の上を走るとか、忍者とかスパイ映画みたいでロマンがあるよね。


 途中、勇気を出して夜でも人通りがあるレストランやバーの多いエリアにも行ってみた。万が一見られても怪しくないように、このときは地面スレスレまで下りて、三十センチだけ宙に浮いているような状態で歩いてみる。

 不可視の効果もきちんと発動していたようで、途中酔っ払いのおじちゃんたちの周りでおどけてみたり、あっかんぺーをしてみたりもしたけどバレなかった。


 一度調子に乗りすぎてコケたときに「いてっ!」とつい言ってしまったら、近くを歩いていた異世界マイルドヤンキー風のお兄さん二人組を驚かせてしまったけど…。ちょっと申し訳なかったなあ。

 不可視だけじゃなくて物音や声も聞こえないようにする条件を付けたら良かったと反省した。


 飛行というよりも夜の空中散歩を楽しみ、私は宿屋の屋根裏にある自室の窓から帰宅した。


 これだけ大量の条件付けをした飛行スキルが、果たして本日のスキル一回分扱いになるのかも気になっていた。

 結果として、スキルカウントはきっちり一回分だけだったようで、その後三回適当な歌をうたって実験したけれど能力を使うことができた。非常に有意義な検証になったと思う。


 まだ持続時間や範囲が見えない部分もあるので、当面はこんな感じで自分である程度条件付けをして備えた方が安心だと感じた。



 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

 

 ある日、シェリーと一緒に宿屋の仕事をしながら談笑していると、シェリーのお母さんのノエラさんに言われた。


「あらあら、チヨちゃん。随分言葉が上手になったわねえ」


 言葉の上達を褒められ、嬉しい!と一瞬思ったけれど、今私はスキルで言語理解力と会話力を上げているということを思い出す。


「はい、ノエラさん!お客さんと喋ったり、ストフさんちで子どもたちと遊んだりしているうちに少し上達したと思います」


 自然な受け答えを装って返事したものの、背中を冷や汗が流れていくような感覚がある。

 急に語彙を増やしたら怪しまれると思って、それほどこれまでと言葉遣いは変えていないつもりだったんだけど、もしかしたら自分が気付かないだけでイントネーションや訛りが矯正されていて、その自然さがかえって不自然になっているのかもしれない。


 その場は「あはは…」と日本人得意の愛想笑いでやり過ごしたし、ノエラさんもシェリーもとくに突っ込まないでくれたけれど、もっと気を付けないといけないと心に刻んだ。



 そして、この言語スキルに関してはもう一つやっちまったことがあった。


「おはよう、ウルフ!」


「バウワウ!(おはようごぜえやす、チヨの姉御!)」


 …そう、私は言語理解ソングを作ったとき、「この世界の言語すべて」を理解できるようにと考えて歌ってしまった。結果、まさかの動物とも会話ができるというミラクルを起こしてしまったのだった。

 ストフさんちの飼い犬であるウルフ。鳴き声は今までと同じように聞こえるんだけど、副音声のような感じでウルフの話している内容が聞こえてくるのだ。


「…ウルフってそんなどこかの組の下っ端みたいな口調だったのね…」


「ワウ?(組って何でやすか?)」


「…うーん、そこは気にしないで良いのよ。それにしてもなんで私が姉御なの?」


「バウ~ワウワウ、ワウ!(あっしの弟分であるエミールのケガを治してくだすった上に、ブレントぼうずとルチア嬢ちゃんも懐いてやすからね。あっしらにとっては姉御でさあ)」


 うん、なんとなく分かるような分からないような。まあ気にしないことにしよう。

 というかこの口調は誰がどう訳しているんだろう。私の脳内で勝手に変換されているのか…?チートスキルにはまだまだ謎が多いなと実感する。

 でも動物と会話できるというのも人類の夢の一つだし、ウルフと話ができるのは楽しいのでこのままで良いかなと思っている。


「あー!チヨがまたなんかウルフとしゃべってるぞ!」


「…チヨ、最近ぼくよりウルフと仲良しじゃない?」


「チー!ウーーーー!」


 ウルフと喋っていると、すぐに子どもたちが飛んできた。いつもこんな感じなのでなかなかウルフとゆっくり会話ができる機会はない。

 ブレントとルチアはただ遊びたいだけで来たみたいだけど、エミールのはヤキモチなのか?五歳児にジト目で見られたの初めてだよ。


「大丈夫よ、エミール。心配しなくてもウルフのいちばんの仲良しはエミールなんだから!」


 軽くエミールの頭を撫でながら安心するように伝えてみた。実際ふたりは親友なんだから、心配なんかしなくたって良いのにな。


「…そういういみじゃないのに…」

「ワウ―ン…(気にしなさんなエミール。それが姉御なんだよ…)」


 ブレントとルチアの追いかけっこに混ざっていると、後ろの方でエミールとウルフが何か喋っている。当然ながらエミールにはウルフの言葉は分からないけれど、ふたりは本当に心が通じ合っているようで微笑ましい。

 ウルフは大型犬なので五歳のエミールよりも今は体が大きいけれど、すぐにエミールも大きくなって、今後も良いコンビとして育っていくんだろうなあ。


 最初エミールたちのお母さんには怒られたって言ってたけど、やっぱりエミールが生まれたときに友達としてウルフを連れて来たことはストフさんグッジョブと言って良いんじゃないだろうか。実際ウルフはエミールがいちばん仲良しだけど、下のふたりの遊び相手や子守もよく手伝ってくれていてとても助かる。



 そんな風に、能力の検証をしつつ子どもたちとの賑やかで楽しい日々を過ごしているうちに、ある事件が起きた。

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