第四話 己を知れば百戦殆うからず
~痛いシーンが苦手な方のための三行で分かる前回のあらすじ~
・三兄妹の長男エミールが庭で遊んでいて軽めのケガをしてしまった
・チヨリは痛みからエミールの気を逸らすため、痛いの飛んでけソングを歌った
・なんということでしょう、エミールのケガが跡形もなく綺麗サッパリ治ってしまったのです!
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エミールのケガを治した謎能力発動から一夜明け、今日は休日だったので、私は自分のチートスキルについて研究してみることにした。
いざというときに自分のスキルが分かってなかったら使えないし、正直言って、転移当初から諦めていたチートがあるなら有効活用したい。
まだまだ不明な部分は多いけれど、いろいろ試してみた結果、少しずつ自分の能力の正体が見えてきた。
考えた可能性は二つ。
1) 治癒能力持ち
2) 歌による特殊スキル発動が可能
最初に考えたのは、自分が回復魔法的な何かが使える、もしくは治癒能力を持っているのではないかということ。ていうか率直に言ってそうだったら良いなと思った。
昔からRPG大好きな人間としては、やっぱり憧れがあるわけですよ、魔法使いに。攻撃魔法も良いけど、僧侶とか白魔法使いも個人的には好きなジョブだったし。
何より、突然飛ばされてきた異世界で将来に何の保障もなければ、日本で必死に溜めていた貯金も使えなくなった今、もしも自分がケガや病気をしたら怖すぎる。そこが回復魔法やら治癒能力でカバーできるなら超安心。
そういえば私の財産って日本でどうなってるんだろうなあ。貯金はなんとか家族に渡るかもしれないけど、毎月泣く泣く払っていた年金が掛け捨てになってしまったなんて泣けるわ。まあ、考えても仕方ないからこの問題は一旦忘れよう。
実験の結果、残念ながら私のチートは回復魔法でも治癒魔法でもないと結論が出てしまった。確認するためにちょーっと自分に傷をつけて、呪文っぽいものを唱えてみたり、治れ治れと念じてみたりしたけれど、何も起こらなかった。
そして次に検証したのが、歌による特殊スキルだったのではないかという仮説。
指先にちょこっと傷をつけた状態で、エミールのときと同じように痛いの飛んでけソングを歌ってみた結果、あっさりと傷がなくなったのだ。
これはすごい。…確かにすごいんだけど、一方ですごーーく地味だった。
なんかあるじゃん普通、こういうときってさ。治る瞬間にピカーって光るとか、どこからともなくドライアイスばりのもやもやが出てくるとか、背後でジャージャーンみたいな音がするとか、そういうエフェクト。
でも、実際には違った。エフェクトも何もなく、静かに綺麗さっぱり治るの。まあすごいことには違いないから良いんだけど。ちょっとだけがっかりしたというか…。
それはさておき、どうやら私の痛いの飛んでけソングが何らかの発動キーになっているということは理解できた。
我ながらそのあたりの理解力というか受け入れ力に関しては、これまでゲームやらアニメやら漫画やらファンタジー小説やらが好きだったことが功を奏したと思う。
異世界転移に関しても結構あっさり受け入れたというか受け入れざるを得なかったけど、死ぬほどパニックになるような事態にはならなかったしね。
では、次に検証すべきことは何か。できることならどの程度の傷まで治せるのかとか、病気は治療できるのかとか、威力の程度について知りたいけれど、これは難しい。
日本で暮らしていた頃からすでに枯れすぎて結婚は諦めかけていたけど、これでも一応は嫁入り前の娘。あんまり大きな傷は付けたくないし、それで治らなかったら悲しすぎるし、何より痛いのは嫌だ。自傷趣味は持っていないのよ。
ということで、治癒スキルの効力については後回しにすることにした。痛いのダメ、絶対。
代わりにやったのは、歌によるスキル発動条件の検証。まずはやはり指先にちょこんと傷をつけてみて、歌わずに、痛いの飛んでけソングの歌詞だけ詠唱してみる。
「痛いのいったい~の飛んでゆけ~ お空の上まで飛んでゆけ~ お手手の痛いのぜーんぶまーるめて吹っき飛っばせ~ フ――――――ッ」
宿屋の自室で小声でブツブツ唱えてみたけれど、恥ずかしい。それも、効果がなかったから余計に。
先ほど傷が治ったときと同じ歌詞だけど、歌わずに呟くだけでは効果がないことが分かった。本当は詠唱だけで済むならそれが良いなと思っていたんだけど…状況にもよるけど人前で歌うの恥ずかしいこともあるだろうし。
気を取り直して、条件を変えて再度チャレンジする。今後は同じ歌詞で歌ってみるけれど、声に出さずに頭の中だけにしてみる。
(痛いのいったい~の飛んでゆけ~♪お空の上まで飛んでゆけ~♪お手手の痛いのぜーんぶまーるめて吹っき飛っばせ~♪フ――――――ッ!)
左手の人差し指の先をこんなにまじまじと真剣に見つめたのはおそらく生まれて初めてだろう。しかし、傷は消えない。脳内で歌うだけでは効果が出ないみたいだ。
「ダメか…よし、じゃあ次はハミングで」
思わずひとりごとを呟きながら、再チャレンジ。歌詞じゃなくてメロディーの方に効果がある場合を考えての検証だ。
結果、ダメだった。フンフンフーンと鼻歌で歌ってみても、ラララ~で歌ってみても効果なし。
そして最後に、最初と同じ条件で声に出して歌詞を乗せて歌ってみると…
「あ、治った」
指先の小さな傷は、やはり音もエフェクトもなく静かに治った。
その後二回、同じことをやってみた。一回目はすごく小さな声で歌い、二回目は隣の部屋にいるシェリーに聞こえない程度に大きめの声で歌ってみた。自室とは言えアラサー女がノリノリで変な歌を歌ってるとか、バレたら恥ずか死ねるわ。
結果的に、二回とも傷は問題なく治った。声の大きさによる違いがないのか、傷がそもそも小さいものだったので効果に差がなかったのかは分からないけれど、とりあえず声量による発動の可否はないようだ。
一応体に不調などが出ていないことを確認した上で、本日通算五回目の歌実験をしてみると…
「あ、あれ?治らない…」
同じ条件で歌ったつもりだけど、今度は治らなかった。MP的な何かが底をついてしまったのかもしれない。明日再度検証してみよう。
まだまだ実験を繰り返す必要はあるけれど、これで少しだけ自分の能力が見えてきたかなと思う。
1) 痛いの飛んでけソングで傷を治すことができる(効果の強さや持続力はまだ詳細不明)
2) 発動のためには、声に出して歌わなければいけない。詠唱のみや、脳内歌唱、歌詞なしで歌った場合には効果なし。
3) 発動できる回数もしくは魔法力のようなものには限度がありそう。
もっと細かい条件や他にできることもあるかもしれないので研究したいけれど、今日はここまでにすることにした。
本日の検証結果、四回ケガを治すことに成功し、最後の一回は治らず。仕方ないので指先はしゃぶっておく。
これで分かったのは、昨日エミールのケガを治したことは偶然ではなく、やはり私の歌による効果であったこと。同じように歌うことで能力を発動できること。そしてどうやらその能力には制限がありそうだということ。
もしこれで、転生から五回だけ使える特殊能力で「もう使えないよ!」ってことなら泣けるな。でも、一日とか数時間でゲージが回復するような力なのかもしれないので、後は様子を見ながら検証するしかない。
今のところ体調的には変な感じはしないし、何か大掛かりな魔法を使ったという感覚もないので大丈夫だとは思うけれど、この能力による副作用も分かっていないので、今日はもう諦めた方が良さそうだ。
分からないことばかりだけれど、こんな特殊スキルがあったということに、私はいつの間にかワクワクが止まらなくなっていた。
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