第三話 チートよ、お前そこにいたのか
*かすり傷ですが小さな子どもがケガをする描写があります。苦手な方はご注意ください。
(一話飛ばしても大丈夫です)
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「うー……うー…」
「むにゃ…ルーちゃ…ママ…」
ルチアの声がしたので、目が覚めるのかと思い、慌ててベビーベッドの様子を見る。しかしただの寝言だったようだ。なぜかブレントも寝言でルチアに返事をしているのが可愛い。
ふたりとも、ママと一緒に遊んでいる夢でも見ているのか、幸せそうな表情で眠っている。起きた瞬間に大騒ぎだけど、眠っている子どもたちは本当に可愛くて、よそ様の家のお子さんなのに愛おしいとさえ思ってしまう。
日本での生活で枯れきっていた私にも、ついに母性が芽生えたのだろうか。
他人の子どもがこれだけ可愛いんだから、自分の子どもだったらどれほど可愛いんだろうと思う反面、自分の子どもじゃないからこそ、ほど良い距離感で可愛がっていられる気もする。
そして日本にいるお父さんお母さん、孫を見せられなくてごめん。お姉ちゃん、よろしく頼むよ。
「ワウワウ!ワオ――――――――ン!!」
思考が変な方向に飛んでいた瞬間、庭でウルフが大きく吠えた。いつものじゃれているときの鳴き声ではない。何かあったのだと思い、庭へ飛び出す。
大きな樹の下でうずくまるエミールと、その周りを心配そうにオロオロと歩き回るウルフ。先ほどの鳴き声は私に知らせるために吠えたようだ。偉いぞウルフ!
「エミール!どうしたの!?ケガした!?」
近づきながら素早く状況を確認すると、どうやら大きな樹に設置されていたターザンロープで遊んでいたところ、手が滑って落下したようだ。
まだエミールは大人の補助がなければ高くまでは登れないから、落ちた距離はそれほどでもないはずだけど、打ち所が悪かったのかもしれな。
エミールは口を大きくへの字に曲げて涙をこらえていたけれど、私の顔を見た途端に限界が来たのかグスグスと泣き出した。声を上げて盛大に泣かないのは、自分が失敗してしまったという恥ずかしさもあるのかも。
頭は打っていないようだけど、滑り落ちた際にロープがこすれたのか、右手を擦りむいていて、下は柔らかな草むらだったので大きなケガにはなっていないものの、落ちたときに勢いよくぶつけたらしい膝小僧にジワりと血が滲んでいた。
運悪く今はストフさんとポーラさんは買い物に出てしまっているし、部屋で眠っているブレントとルチアを放置できない。
私はすぐにエミールを抱き上げ、テラスにあるソファーへ連れていくことにした。ウルフは心配そうな鳴き声を出しながら着いてくる。
テラスにはエミールたちのお母さんが用意してくれたという救急箱がある。それだけ普段からよく庭であちこち擦りむいたり転んだりしているということだ。
この世界には絆創膏なんてないので、こういうときは簡単に消毒だけ済ませたら終わりだけど、なんとなく心強くてありがたい。
エミールはまだグスグスとしているけれど、涙はとっくに引っ込んでいる。これは小さい子がなぐさめて欲しいときや甘えたいときの気持ちの表れだと思う。
それならば、日本には良いおまじないがあるじゃないか。
「ねえ、エミール。おケガしちゃって痛いとき、その痛いのが飛んでっちゃう魔法って知ってる?」
「…知らない」
「じゃあ、その魔法、見てみたくない?」
「…見たい」
凹んでいるけれど、魔法という言葉を聞いて明らかにエミールの瞳が輝いた。
ちなみに、前にストフさんに聞いたところ、この世界には魔法使いという職業が実在するそうだ。それも、まさにファンタジーの世界でイメージするような、杖を使って呪文を唱えることで、炎の球が出たり、水が放たれたりするタイプの。
RPG大好き人間としてはそれを聞いたときには大興奮してしまったけれど、さらに詳しく聞くとそれほど派手な規模で使える人はおらず、最大でも野球ボールくらいのサイズの火の球と、水鉄砲くらいの水量とのことで、ちょっとだけがっかりしたのは記憶に新しい。
地球人感覚で言ったらそれでも十分にすごいんだけどね…ちょっと想像と違ったんだよね。
そして例えちっぽけなレベルであったとしても、魔法が使える人間というのは一万人にひとりくらいしかいないらしく、見つけた場合には各国の王宮で保護、もとい、雇われるのが習わしなんだって。
冒険者になって魔物をバッタバッタとやっつけるのではなく、国に登録と管理をされた上で魔法の研究をするのが主な仕事らしく、だいぶ夢が崩された。
いけないいけない、今はそんなことを考えるんじゃなくて、エミールをなぐさめるんだった。
「よし、じゃあ行くよー!」
私の言葉に、エミールは期待を込めた青い瞳で私を見つめる。どうしよう、子どもの夢を壊してしまったら申し訳ないんだけど、でも実際に私が子どもの頃はこれを唱えると痛くなくなったんだから、きっと効果はあるはず。
「痛いのいったい~の飛んでゆけ~♪ お空の上まで飛んでゆけ~♪ お手手の痛いのお膝の痛いのぜーんぶまーるめて吹き飛ばせ~♪ さあ、飛ばすよー!フ――――――ッ!!」
昔お姉ちゃんと作った痛いの飛んでけソングを歌いながら、ジェスチャーで手の平と膝の上の空気をボールのようにギュギュッと固め、最後はろうそくを吹き消す感じで思いっきり吹く。謎なんだけど、これやってるうちに痛いの忘れちゃうんだよね。
歌い終わってエミールを見たら、元々キラキラな青いお目目をさらにキラッキラに輝かせて、尊敬のまなざしで私を見ていた。
「すごいすごい!チヨ、すごいね!魔法使えるんだね!ぼくのおケガ治っちゃったよ!!」
「ふふ、すごいでしょ~?もう痛くない?」
「うん!どこも痛くないよ!ぜーんぶ治っちゃったもん!」
そんなわけないんだけど、うまく気を紛らわせたようで良かったな~と思いつつ、エミールの手と膝に目をやると…
――ない。ケガなんてどこにもない。
「あれ、エミール?念のためもう一回見せてくれる?」
「うん、良いよ!」
まじまじと見るけれど、やっぱりない。さっきまでたしかに手と膝に擦り傷があったし、膝からは少しだけど血も出ていたのに…
「ちょっとだけ触るよ?…ほんとに痛くない?」
「うん!なんにも痛くないよ!チヨすごーーーい!」
慎重にエミールの小さなお手手とお膝をツンツンしてみたけれど、やっぱり痛くないという。
そりゃあそうだ。だってケガが消えてるんだもん。
「……これ、もしかして、チート的な何か…?」
検証は必要だけど、思い当たるものはそれしかない。
すぐに熟考したかったけれど、ルチアが目覚めて泣き出したので、私は一旦考えることを後回しにした。
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