第十話 朝食は一日の活力です

 翌朝、気持ちの良い朝の日差しを感じるよりも早く、大音量の泣き声で目が覚めた。どこの部屋から聞こえてくるかなんて、考えなくても分かる。ストフさん一家の部屋だ。


 お客様の部屋に早朝から押し掛けるなんて本当はダメだろうけど、他のお客様や近所にも迷惑なレベルで泣き声が響いているので、同時に起きて来たシェリーと共に、私はストフさんたちの部屋へと乗り込んだ。


 ノックもそこそこに部屋に入ると、昨日天使の寝顔を披露していた三人兄妹のうち、次男ブレントと末っ子ルチアが今日も元気に泣いている。お兄ちゃんであるエミールは、戸惑ってはいるものの、ストフさんと一緒に弟妹を宥めようと頑張っているようだ。


「おはようございます、ストフさん。ちょっと失礼しますね」


「おはようございます…早朝から本当に申し訳ない…。私ではうまく泣き止ませられなくて…」


 シュンとするストフさんをよそに、私は迷わず末っ子のルチアを抱き上げた。赤ちゃんの抱っこの仕方は昨日ノエラさんに習ったばかりだ。たっぷり眠った後だからさすがに眠りはしないだろうけれど、落ち着いてくれるよう願いをこめて、昨日彼女を睡眠へと誘った子守歌をうたう。


 三曲ほど歌ううちにルチアは泣き止み、不思議そうな表情でじっと私の顔を見ながら歌を聴いている。可愛い。昨日は泣きっぱなしでよく見えなかった彼女の瞳は綺麗な青色で、ストフさんや長男のエミールと同じ色だった。


 昨日もそうだったけれど、なぜか末っ子のルチアと次男ブレントが泣くときは連動しているようで、ルチアが落ち着くとブレントも泣き止んだ。


 思いがけず響き渡った目覚ましアラームが落ち着くと、今度はノエラさんがやってきた。


「おはようございます。さあさあ、朝食の準備が出来ましたから食堂へどうぞ。お子さんたちもお腹が空いたんじゃないかしら?」


 普段朝食を出す時間よりはだいぶ早いものの、昨日夕方から眠り込んでしまった子どもたちがお腹を空かせているだろうと、ジャンさんが早めに朝食を作ってくれたらしい。



「…どうもありがとう、お言葉に甘えます。あ、すみません、重いでしょう?ルチア、さあ、おいで」


 ストフさんはノエラさんにお礼を言うと、私の腕の中にいるルチアを預かろうと手を伸ばした。しかしルチアは私から離れないと主張するかのように、私のブラウスの襟を強くつかんだ。それでもストフさんがルチアを私から剥がそうとすると、ルチアが泣き出しそうな顔をしたので、私たちは大いに慌てた。


「ストフさん、大丈夫です!重くないですから。ルチアちゃん?大丈夫よ、一緒にごはんに行きましょうね」


 安心させるようにしっかりとルチアを抱きしめると、彼女は満足げに微笑み、うー!と可愛らしい声で返事をしてくれた。こんな風に赤ちゃんに懐かれたことなんてないので不思議だけど、なんだか嬉しくなってしまう。ストフさんはちょっとしょんぼりしてるけれど…


 ルチアを抱っこして歩き出そうとすると、何かに引っ張られるような感覚があった。足元を見ると、次男のブレントが私のスカートの裾を握りしめている。


「えっと、ブレントくん、だよね?あなたも一緒に行きましょう?お腹空いた?」


 私が声をかけるとこくりと頷き、スカートに引っ付いたまま彼も歩き出した。可愛い。さすがにそのままだと階段を下りるときに危ないのでストフさんに抱っこしてもらったけれど。




「皆さん、昨日からご迷惑をおかけしてばかりで本当に申し訳ない。今朝も早朝からお騒がせしてしまって…」


「良いから良いから、小さなお子さんがいるうちなんてみんなそんなものよ。さあさあ、冷めないうちに食べて!ルチアちゃんはこれは食べられるかしら?」


 ぺこぺこと頭を下げっぱなしのストフさんをよそに、ノエラさんはてきぱきと食事を小皿に盛って、子どもたちが食べやすいように準備している。


 お腹を空かせていたのだろう、次男のブレントはガツガツとお皿に盛られた料理を平らげていく。長男のエミールは最初は遠慮しながらだったけれど、ジャンさん手作りのおいしいごはんが嬉しかったようで、ブレントに負けないくらい勢いよく食べ始めた。


 ルチアは離乳食から普通食へと移行中とのことで、ジャンさんが持ってきた幼児用の椅子に座り、ノエラさんが一口サイズに盛り付けた食事を手づかみでもしゃもしゃと食べている。


「…この子たちが、朝からこんなに食べてくれるなんて…!」


 ストフさんはあっけにとられた様子で子どもたちの食べっぷりを見つめていた。


「ジャンさんのご飯はおいしいですからね。昨日は夕飯も食べずに寝ちゃったから、みんなお腹空いてたんですね。さあ、ストフさんも食べてください!栄養とらないとダメだって昨日お医者様が言ってましたよ」


 ノエラさんが私とシェリーの食事も用意してくれたので、ストフさんと子どもたちと一緒に朝食をとった。こんな小さな子どもたちと一緒にご飯を食べたことはなかったので、非常にドタバタではあったけれど、賑やかな楽しい朝食となった。


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