第二話 初体験!異世界の味

「…おいしそう………」


 匂いに連れられてやってきたのは、たっぷりの焼き肉が挟み込まれた薄焼きパンを売っている屋台。イメージ的には具材を挟みこんだトルティーヤやケバブサンドっぽい。


 まずは値段を把握しないことには買い物はできないけれど、当然私には字が読めない。公園でのストリートライブで稼ぐことのできたコインの価値も分からない。注意深く他のお客さんがお金を払っている様子を覗き見る。


 どうやら三種類のサンドがあるようで、メニューにも三行の文字が並んでいる。観察の結果、いちばん上に書かれているものがおそらくいちばんオーソドックスなサンドで、銅貨三枚。

 下の二つのメニューはそこにさらにトマトっぽい野菜やチーズのようなものが加わるみたいだけど、その分値段も上がるようだ。


 慎重に状況を把握してから、勇気を持って屋台の列に並ぶ。売り子は三十代前半くらいの愛想の良いお兄さんだ。


「~~~~~~!」


 笑顔で何か声をかけてくれているけれど、残念ながら分からない。たぶん挨拶とか、いらっしゃいませー、何にしやす?的な掛け声だと思う。



「あの…、これ、ください!」


 メニューに書かれている一番上のものを指さして、銅貨三枚を渡す。


 当然私の言葉も相手には通じないけれど、さすが商売人。とくに気にした様子もなく、チャチャッとサンドを用意してくれる。外見的にもこの街の人には見えないだろうから、言葉の通じない外国人なんだと思ってくれたのかもしれない。あと、屋台のテーブル越しで私が裸足であることが見えていないからか、とくに怪しまれてもいないようで良かった。


「~~~~~!!」


 陽気な声と共に差し出された具沢山のサンドは、クレープのように薄手の紙が外側に巻かれてホカホカと湯気を立てている。


「あ、ありがとうございます。……あ、あれ?」


 渡されたサンドを見ると、メニュー表で一番上のオーソドックスなサンドには入っていないはずのトマトっぽい野菜やチーズもたっぷり入っていた。お兄さんが間違えたのか、私の注文の仕方が悪かったのかと焦って顔をあげると、お兄さんがは爽やかな笑顔でサムズアップしてくれた。いわゆる「良いね!」や「Good!」を示すお馴染みの親指を上げたポーズ。

 どうやらこの世界にもサムズアップは存在するらしい。そしてたぶんお兄さんは初めてこの街に来たっぽい私に対してサービスをしてくれたようだ。


「…!ありがとうございます!また来ますね!」


 私も笑顔でお礼を言って、サムズアップを返した。笑顔とジェスチャーは異世界共通なんだと学んだ。



 熱々のサンドが冷めないうちに、市場の飲食スペースとなっている木陰のベンチに座って勢いよく頬張る。


「お…おいひいいいいいい…!」


 たっぷりの野菜とチーズ、そして細切れの牛肉っぽいお肉が挟まれたサンドに、黒コショウの効いたソースがかかっていて、一口食べるとさらに食欲が湧いてくる。少しだけ馴染みのないハーブかスパイスの香りがしたけれど、初めてケバブを食べたときや、台湾料理を食べたときのように、知らない味だけれどちゃんとおいしいと感じられた。


 異世界転移四日目にして、ようやくありつけた食事らしい食事。それがちゃんと口に合うものだったことで、満足感と共に一気に安心感が広がっていく。言葉の問題も、どうやってこれから暮らしていくかも、考えなくてはいけないことは山積みだけど、なんとか生きていけそうだという実感が湧いてきた。



 お腹が落ち着いて少しだけ心に余裕が出てきた私は、その後市場で靴を売っているお店を見つけ、革で出来たペタンコのサンダルを買った。どうせ買うならきちんとした靴が良かったけれど、やはりそれだと値段が高かったのと、今は靴下がないので裸足で履きやすいものが良いなと思ったから。


 サンダルの値段は銀貨一枚だった。どうやら、銅貨十枚で銀貨一枚になるようで、買い物客を見ていると金貨も存在しているので、おそらく銀貨十枚が金貨一枚なのかなと予想している。


 本当は服も欲しかったんだけど、市場の安そうなお店でも最低銀貨二枚以上、街中のブティックのようなお洒落なお店だともっと高かった。工場縫製なんてないだろうから、手作業で仕立てる分だけ高いのかな。

 とりあえず今は宿を優先したいので服は断念。精神的にずっと胸が落ち着かないからせめてブラだけでも欲しいんだけど、この世界にブラジャーあるのかしら…と思ってしまう。


 中世の人って下着どうしてたんだろう?パンツはドロワーズだっけ?ああいう形の白くてもわもわっとしたデザインのものがなんとなくイメージできるんだけど、上が分からない。コルセットが胸まであったのかな?いずれにしても、もう少しお金が増えてからリサーチしよう。



 コインの価値について考えると、お昼に食べたサンド(通常のオーソドックスなやつ)が銅貨三枚、サンダルが銀貨一枚なので、ざっくりと銅貨一枚あたり百五十~二百円くらいと考えて良さそうかな。だとすると、この世界の宿屋の相場は分からないけれど、単純に考えて安宿で一泊四千円くらいだとしたら、銀貨二~三枚あれば泊まれるのではなかろうか。ドミトリーのような部屋があればもう少し安いかもしれない。


 私としては野宿には慣れつつあるけれど、さすがにそろそろちゃんとベッドで眠りたいし、できることならお風呂にだって入りたい。午後も午前と同じだけ稼げるかどうかは分からないけれど、少し休憩したら再度ストリートライブにチャレンジしようと決めた。


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