ハイスクール・フェスティバル(6)
とうとう猷秋祭の開催日がやってきた。
一年二組の執事・メイド喫茶は、役職ごとに三つのグループに分かれてそれぞれ三時間の交代制で運営することになっていた。柚子は十二時半から十五時半までの三時間を担当するグループのメンバーだ。柚子は猷秋祭が始まってすぐの九時半からの三時間は沙也香と椿の二人と回り、仕事を終えてから十八時半までの時間を澄空と過ごすことにした。その後に待っているのはお楽しみのキャンプファイヤーだ。
「ええっ?」
廊下を歩きながら沙也香と椿が驚愕の声を上げた。ちょうど柚子が猷秋祭の後半は澄空と回るということを告げたところだった。
「意外……」
沙也香は神妙な声で呟いた。
「まあね……」
柚子は気まずく感じながらそれだけ返した。
「なんでオッケーしたの?」
沙也香が尋ねる。柚子は唸った。彼の誘いに応じた時に何も考えていなかったわけではないが、どう説明すればいいか分からない。
「……誠意を……感じたから……的な」
しばらく考えてから苦しげに答えを絞り出した柚子に、沙也香は小さく笑った。
「……長瀬くんは誠意がなかったの?」
続けて椿が質問する。柚子は孝太郎に猷秋祭を一緒に回らないかと唐突に声をかけられた時のことを思い出して溜息をついた。
「コタローの時はいきなりでちょっと驚いちゃったんだよね……嫌な気持ちにはなってないよ」
「タイミングとかもあるよね、きっと。でも宗くんと回るよりいいと思うよ、私は」
沙也香がそう言った。椿が何とも言えない顔をする。話題を変えたいと思った柚子は、チラッと顔を上げると「あっ」と声を上げた。目の前にあるのは一年五組の教室。五組の出し物は前から気になっていたのだ。
「入りたい!」
「いいよー。これ何?」
沙也香がそう言いながら教室の中に入っていく。教室には部屋の面積の半分ほどを占めるルーブ・ゴールドバーグ・マシンが置かれていた。教室にあるものや生徒たちの持っている日用品で作られた巨大なからくり装置だ。そのクオリティはかなり高く、テレビ番組で紹介されるようなものと変わらない。
「おっきい!」
柚子は称賛の声を上げた。
「これって仕掛けも考えて作ったのよね? すごいわ」
椿も目を輝かせている。
「今からちょうど動かすところでーす」
別のクラスからの客が三名入ってきたところで、案内係を務める男子生徒が声を上げた。教室には五組の生徒が数名残っている。誰かが勝手に触ったり壊したりしないように監視しているようだ。
「誰か最初のドミノ倒したい人いますか?」
「はーい、やりたいです!」
案内係の質問に柚子は朗らかに声を上げた。男子生徒は柚子を見るとパッと笑顔になった。
「あっ藤原さんだ。どうぞどうぞ、記念すべき一回目っす」
「やったー」
生徒に案内されて、柚子はマシンの一番最初のからくりの元に近づいた。机の上に生徒たちの私物だと思われる使用済みの消しゴムが数個並んでおり、その先には綺麗な青いビー玉が置かれている。消しゴムを上手く倒すのもなかなか難しそうだ。
「じゃー……行きます!」
教室中の生徒が見守る中、柚子はドキドキしながらも軽く消しゴムを押した。消しゴムが続けてパタパタと倒れて、ビー玉が転がり出す。
「おおー!」
無事にマシンが動き出した。ビー玉が定規で作られたルートを通り、別のビー玉に小さく触れ、触れられた別のビー玉が押されて動き始める。一同の目はマシンに釘付けだ。
黒板消しや教科書などの障害物が置かれた道を過ぎると、ビー玉は行き止まりで停止し、それによって複数の制汗スプレーと重りを繋げて作られた歪な棒を固定していた紐が外れた。棒はゆっくりと転がり、やがて机の上に敷かれていたクロスを勢いよく引き抜く。
「おおおー!」
教室には更に声が響いた。
三時間はあっという間に過ぎていった。あれからもマシンは完璧に動き、出口のドアを開けるという最後の大掛かりなからくりも見事成功させてみせた。ここまでの試行錯誤はかなりのものだっただろう。ドアが開いた瞬間に「ありがとうございましたー!」と大声を上げた五組の生徒たちに柚子は思わず笑ってしまった。柚子たちは拍手をしながら教室を出ていった。
他の教室もいくつか回ったが、どのクラスの出し物もとても面白かった。中でも楽しかったのが二年一組の出し物だ。二年一組の教室では、人気の曲や流行りの曲のミュージックビデオを手作りの衣装や背景でできるだけ再現した複数の動画がひたすら上映されていた。音源は実際のものが使われていたが、生徒たちのダンスが思っていたよりもかなりよくできており、たくさんのエキストラが出演している洋楽のミュージックビデオも面白おかしく再現されていた。相当練習したのだろう。飽きずにずっと動画を観ている客たちの笑い声で教室は大盛り上がりだった。
グループの担当の時間が近づき、一年二組に戻った柚子が着替えて仕事に入ると、あの藤原柚子が今教室にいるという情報は瞬く間に拡散され、やがて一年二組の前には長蛇の列ができていた。裏方の生徒が二人がかりで列の整備に回る。そのうちの一人である勝元は、とある客を見て驚きの声を上げた。
「あれ、都くん来てたんだ」
「ん。……すごい並んでるな」
涼介が呆気に取られた声を上げる。
「……今柚ちゃんがメイドやってる時間だからね」
「……なるほど。いやなるほどってのも変だな」
涼介はブツブツと呟いた。
ふと涼介の隣の女の人に視線を向けた勝元は小さく目を見開いた。涼介の姉である凛がそこに立っている。
「お姉さんじゃん。元気になったみたいでよかったですねー。調子はどうですか?」
勝元が陽気に声をかけると、凛は嬉しそうに微笑んだ。
「こんにちは。今はすごく元気です。……あの時は迷惑をかけてごめんなさい」
「いいえー」
勝元はのんびりと続けた。
「凛さんでしたっけ? 顔色も良くなってるしよかったですねー。てか今更だけどお綺麗ですねー」
「おい、ジロジロ見るな」
「えっ」
突然低い声で唸った涼介に勝元は固まった。
「あ、都くんってそういうタイプ?」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
両手を体の前で合わせて恭しく頭を下げる柚子の前にいる二人の客は、柚子を見てニコッと笑った。
「ただいまー、柚子ちゃん」
「ただいまー」
柚子が顔を上げる。そこにいたのは桐真と和泉だった。
「あー! お二人とも来てくれたんですね! ありがとうございますー!」
「メイド貫かなくていいと? 柚子ちゃん」
嬉しそうに声を上げる柚子に、和泉が苦笑しつつツッコミを入れる。
「あは、まあ適当です! こちらにどうぞ!」
柚子はそう言いながら二人を空いた席へと案内した。椅子に座る二人を見つめながら再び口を開く。
「ちょっと久しぶり? ですよね」
「そうやね。しばらく岩手支部に行っとったから」
「え! そーだったんですか? 全然知らなかった」
柚子が驚いた顔を浮かべる。桐真は微笑ましげに周囲を見回していた。
「いいわねー、青春ねー。さ、私たちも文化祭デートであやかるわよ」
「でっ……デート? ええっ」
桐真の言葉に和泉が上擦った声を上げる。和泉の赤くなった顔を見た柚子は一瞬にして完全にメイドになりきり、礼儀正しく「お手元にメニューがございますので、お決まりになりましたらお声がけください」と伝えると、できるだけ早くその場を立ち去った。
一時間半ほどが過ぎると客足は少し落ち着いてきた。柚子は教室の三分の一程度の広さに作られた簡易キッチンを隠す仕切りの前で莉子と由紀と巴と談笑しながら客が帰るのを待っていた。ふと教室の出入口を見ると、見覚えのある人物が先頭に立っていることに気付いた。群治郎と咲也だ。
柚子がしばらく二人を見つめていると、やがて向こうも柚子に気がついたようだった。咲也が小さく手を振ってくる。柚子も両手首を小刻みに揺らして手を振り返した。
「ん? 知り合い?」
そう言って出入口の方を見たその瞬間、莉子が思いきり息を呑む音が聞こえてきた。
「待って待って待ってやば! 何あのイケメン? 何の知り合い? 何の知り合い?」
「誰誰誰何あの人」
「俳優? モデル? ちょーかっこいい!」
途端に沸き立つ三人に柚子はギョッとしてしまった。
「ねえ何? 何の知り合いなの?」
莉子の顔は真剣そのものだ。柚子はたじろぎながらも答えた。
「……近所の人」
嘘は言っていない、と思う。
「はぁー? 何それ! ちゃんと教えて!」
「手ぇ振ってたじゃん! どーゆー関係?」
「いいなー大人のイケメンが文化祭に来て手を振ってくれる人生!」
大興奮で甲高い声を上げる友人たちに困惑しつつも二人の方をこっそり一瞥すると、恥ずかしそうにしている咲也と、そんな彼を見て爆笑している群治郎が見えた。
時刻は三時過ぎ。勤務時間もあと少しで終わりだ。柚子がまばらに空いた席を見回りながら教室内を歩いていると、ちょうど出入口に近づいたところで四人の男の子たちが勢いよく視界に飛びこんできた。
「こんちはー!」
「柚子ちゃんどうもー!」
「うわメイド姿めっちゃ可愛い!」
「やべえご奉仕されてえ!」
「おめーらうるせえ!」
誰なのかはよく見なくても分かる。元不良少年たちと翼だ。柚子は目を細めて仮面のような笑みを浮かべた。
「お帰りなさいませご主人様」
「あれ?」
「おーい柚子ちゃーん」
「こちらのお席へどうぞ」
「あ、完全無視だ」
メイドを演じることに徹する柚子に席に案内された元不良少年たちはまだ騒いでいた。教室にいる人たちはみんな彼らのことを見ている。
「ツインテールも似合うねー、可愛いねー」
「柚子ちゃん写真! 写真撮ろ!」
英雄がそう言ってスマートフォンを取り出す。柚子は溜息をついた。
「……しょうがないなぁ」
そう言いながら、中腰になり、英雄の持つスマートフォンのインカメラをしっかり見つめて頬杖をつくようなポーズを取る。
「ノリノリじゃねーか」
翼が冷静に言った。
「はいチーズ!」
一同がポーズを決める。英雄は再び声を上げた。
「もっかい! はいチーズ」
「イェー!」
「よっしゃーありがとう柚子ちゃーん」
写真を二枚撮ると、英雄は画像を確認しながら礼を述べた。
「うわめっちゃ可愛い。加工なしでこれだぜ」
真が英雄のスマートフォンを覗きこみながら言う。
「神の寵愛を受けし美貌」
誠也も大げさに声を上げた。
「ひでお早く写真送ってくれー」
仲間たちの頭が邪魔で画面を見ることができていない正義が、椅子の背もたれに寄りかかって嘆かわしげに言う。
「俺柚子ちゃんのところトリミングして待ち受けにするわ」
「それはマジでやめて」
英雄の言葉に、柚子は本気でそう返した。
メイド服から再び制服に着替えた柚子が教室の前に立っている。澄空は慌てて彼女の元に向かった。
「ごめん、遅くなって……!」
「全然待ってないよー」
柚子はそう言って穏やかに笑った。それから、可愛らしいデザインの小さな紙袋を顔の近くまで持ち上げて軽く揺らす。
「結局クッキー作ったんだ。忘れたら嫌だから先に渡してもいい?」
「えっ? あっ! えっと……」
突然のことで上手く返事ができない。
「後での方がいいかな」
柚子がそう言ったので、澄空は慌てて大きな声を上げた。
「いやっ! あ、えっと、大丈夫です。ありがとう」
「ほんと? じゃあ渡しちゃうねー」
柚子がそう言って紙袋を差し出した。澄空は赤子を抱えるように両手でそっと袋を受け取った。好きな女の子の手作りクッキーを貰ってしまった。更には今から猷秋祭を一緒に回る。自分は明日死ぬのかもしれない。
「大切にします……」
「えっ? 早く食べてね!」
胸がいっぱいになっている澄空に、柚子は焦った声でそう返した。
「おい、藤原が遠山と一緒にいるぞ」
「は? マジか。遠山すげえ」
「宗じゃねえのかよ。女ってマジで分かんねえ……」
クラスメイトがこちらを見ながらコソコソと話しているのが聞こえる。澄空は唇を噛みしめた。そうだよね、どうせ僕なんか釣り合わない……。
「スカイくん、どこか見たいところある?」
柚子が尋ねてくる。澄空はハッとした。
「あ、えっと……なんでも……」
「なんでもいいの? じゃあ私三年三組でやってる縁日に行ってみたいんだけどいーい?」
「あ、はい! いいよ」
「じゃあ行こっか!」
柚子がそう言って歩き始める。澄空はチラッと後ろを確認した。クラスメイトたちの姿はもう見えなかった。
「……藤原さんはすごいね」
「んー? 何が?」
柚子がゆったりと返す。澄空は柚子よりほんの少し後ろを歩きながら続けた。
「いっぱい知り合いがいて、みんなから人気で……大人の知り合いとか、他の学校の友達も来てたよね。僕、お母さんと妹くらいしか来てないよ」
「あー、見てた?」
柚子はばつが悪そうに笑った。それから、微かに切なげな表情を浮かべる。
「……別に、みんなと知り合ったのは私がすごいからじゃないよ」
「そう……なの? でも僕は無理だな……あんなヤンキーみたいな人たちと仲良くなるとか特に……陰キャだから」
澄空がそう言って自分をせせら笑うと、柚子は真っ直ぐにこちらを見つめてきた。その射抜くような視線から逃げられない。やがて柚子は小さく首を傾げた。
「陰キャって何?」
柚子の質問に澄空は一瞬言葉を失った。
「……なんでもないよ」
曖昧に笑ってそう返す。柚子はよく分からないという顔をしていた。
「妹ちゃんいるんだね。おいくつ?」
「マリ……あー、妹マリンっていうんだけど……五歳だよ。……漢字は舞う海、で兄と同じギリギリのキラキラネーム」
澄空は自虐的に言ったが、柚子は笑っていた。
「綺麗な名前だと思うけどなー。スカイくんがギリギリって思えてるならそれはいいってことなんじゃない?」
柚子の笑顔がとても眩しい。澄空は、妹が生まれた時に母に聞いた名前の由来を思い出していた。空や海のように広い心の持ち主になってほしいという願いをこめたと母は言っていた……。
「まあ、確かにそうかもしれない……空や海みたいに育ってほしいって言ってたし……」
「めっちゃいいじゃーん」
「藤原さんは自分の名前の由来知ってる?」
澄空は思いきってそう聞いてみたが、すぐに後悔した。柚子がどことなく寂しげな表情になった気がしたからだ。だが、柚子はすぐに笑顔に戻って答えた。
「お父さんもお母さんも柚子が好きだかららしいよ。お父さんは柚子胡椒がめっちゃ好きだったんだって」
澄空は柚子の口調で彼女に父親がいないことを察したが、そこには触れないことにした。思わず溜息をつきたくなる。どうして僕はそういうところまで気が回らないんだろう?
「ゆずじゃなくてゆずこなのは柚子胡椒から来てるのかもって思ってる」
「……はは」
澄空が力なく笑ったところで、二人は三年三組の教室に辿りついた。縁日の祭りをイメージした内装はなかなか雰囲気が出ている。澄空はふと射的の屋台を見つめた。何か惹きつけられるものがあったのだ。理由はすぐに分かった。的の紙コップの上に置かれている景品の一つに、なんとプリナイのぬいぐるみキーホルダーがある。しかもいわゆる推しキャラである主人公のキーホルダーだ。
「射的やる? 私もやりたい!」
柚子がそう言ったので、二人は射的に挑戦することにした。受付の女子生徒に百円玉を渡す。女子生徒は二人から百円を受け取ると、割り箸で作った鉄砲を澄空に渡してきた。
「割り箸鉄砲使ったことある? こことここに輪ゴムを引っかけて、ここの引き金を引いて撃ってね」
「はい……」
澄空はドギマギしながら返事をした。本当はプリナイのぬいぐるみキーホルダーを狙いたかったが、恥ずかしくてできなかった。無難にスナック菓子が置かれた真ん中の的を狙って割り箸の引き金を引く。だが、輪ゴムは的から大きく逸れた。
「ああー」
二人が残念そうな声を上げる。二回目もだめだった。
「残念! はいじゃあ次の子どうぞー」
「惜しかったね!」
柚子はそう言って割り箸鉄砲を受け取ると、澄空と同じスナック菓子の的を狙って輪ゴムを撃った。輪ゴムは見事的に命中した。
「すごい……!」
澄空が感嘆の声を漏らす。
「一発! すごいね! はいこれどうぞー」
三年生はそう言いながらスナック菓子を柚子に渡した。
「もう一回分もやる? 欲しいのなかったらやらなくてもいいよ」
「やりたいです!」
「はいどうぞー」
三年生に促されて、柚子はもう一度割り箸鉄砲を構えた。なんだかとても様になっている気がする。
柚子が鉄砲を撃つ。輪ゴムは再び的に当たった。倒れたのは、なんとプリナイのぬいぐるみキーホルダーが載っていた紙コップだ。
「すごい上手いね!」
三年生がプリナイのぬいぐるみキーホルダーを拾いながら言う。柚子は割り箸鉄砲を盾に構え、銃口の辺りにふっと息を吹きかける真似をしてから、澄空の方を見てニヤッと笑った。
しばらく中を楽しんでから三年三組の教室を出ると、柚子は「これいる?」と言いながらぬいぐるみキーホルダーを澄空に差し出してきた。
「……えっ?」
「かっこつけて取っちゃったけど私あんまりこのキャラ知らないし、いるかなーと思って」
「……」
柚子が言っていることは嘘だろう。彼女は自分があのキーホルダーを見ていたことに気付いていたに違いない。澄空はか細い声で「ありがとう」と言いながらキーホルダーを受け取った。情けない気持ちでいっぱいだ。本当に格好がつかない。彼女の方が僕よりずっとかっこいい……。
「次どこ行こっか?」
「……えっと……」
「私、軽音部のライブ観てみたいんだけどどうかな?」
「あ、僕も観たいと思ってた……」
「……初めてちゃんと意見言ってくれた」
柚子はそう言って微笑んだ。
体育館の熱気は既に最高潮に達していた。もうライブは大詰めだ。今日で部活を引退する三年生のバンドが演奏している。澄空と柚子は端からステージを見上げた。ボーカルを務める女子生徒が、人気ロックバンドの曲を力強く歌い上げている。澄空もこの歌はよく知っていた。数年前に放送されていたアニメの主題歌だ。
「やばいね!」
柚子が困ったように笑いながら大声を上げた。それでもはっきりと声は聞こえない。
「ほ、ほんとだね! すごい!」
澄空も頑張って声を返した。
それから二人はしばらく軽音部のステージを楽しむことにした。どうやらこのバンドのメンバーはアニメが好きなのか、澄空の知っている曲ばかり演奏している。澄空はだんだん楽しくなってきて、周囲の生徒たちに合わせて控えめに体を揺らし始めた。隣の柚子は腕を振っている。
次にステージに上がったバンドは男子生徒のみで構成されていた。彼らが披露した曲はあまり知らないものが多かったが、最後に演奏した曲は分かった。手に入るはずのない女の人に恋をする男目線のやや女々しい歌詞が爽やかなメロディーに乗せられている歌だ。
僕も同じような立場だ。澄空は隣で楽しそうに跳ねている柚子を見つめながらそう思った。でも、こうやって思いきって誘って猷秋祭を一緒に回れた僕は、この歌の主人公よりは情けなくない……わけないか……。
やがて、猷秋祭も終わりの時間が近づいてきた。軽音部のステージを最後まで鑑賞した二人は、感想を言い合いながらなんとなく昇降口へと向かい、靴に履き替えて校舎の外に出た。校庭では先生たちがキャンプファイヤーの準備をしている。生徒や客もちらほらと外に集まり始めていた。
何も言ってないけど、藤原さんは僕と一緒にキャンプファイヤーを見てくれるってことでいいのか? 実際こうやって外に出たんだし、暗黙の了解ってやつだよね……。
「ふ……藤原さん」
澄空は勇気を振り絞って声を上げた。柚子がこちらを見る。
「も、もう少し、静かな方に……行こっか……」
きっと顔は真っ赤だ。恥ずかしい。でも、どう思われているかなんてもう分かりきっている。ここまで来たら、最後までやりきるしかない。
「うん……そうだね」
柚子はそう言って小さく微笑んだ。
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