科学館
日付が変わった頃、つくば市の中心部に位置する緑地一帯は静まり返っていた。
コースケは懐中電灯の電源を入れた。ライトが眩しく光り、内部の排熱ファンがブーンと回転を始める。その光を頼りに周りを調べる。
目の前には背の高い金網が左右に続いていて、その金網に沿うように赤いカラーコーンと警告色のコーンバーが配置されている。
金網の向こうに懐中電灯を向けると、その光は敷地内にある灰色の建物を照らした。敷地の地面には石のタイルが敷き詰められていたが、タイルとタイルの隙間から雑草が生い茂っている。もう何年も手入れがされていないという様子だ。建物の左側には丸く湾曲した大きなドームがあり、建物の右側には塗装が剥がれた大きなロケットがそびえ立っている。懐中電灯の光をロケットの機体側面に当てると、青い『NASDA』というロゴマークが浮かび上がった。
懐中電灯を片手に、金網に沿って左へ進む。すると、金網のすぐ奥に、3本の棒グラフのような金属のオブジェがあった。『つくばエキスポセンター』と書かれている。
つくばエキスポセンターは、1985年のつくば万博を機に開設された歴史ある科学館だ。開館当時から何度かリニューアルを繰り返しながら運営が続けられていたが、筑波宇宙センターの閉鎖に伴って、この科学館も閉鎖に追い込まれたのだった。ここは、コースケが小さい頃によく通っていた思い出の場所でもあった。
コースケは、金網をよじ登って敷地に入った。雑草を踏みしめながら、正面玄関の自動ドアへと向かう。電気も来ていない建物にどうやって入ろうか、と思った。まずは試しに自動ドアを手で動かしてみる。鍵はかかっておらず、ドアはゆっくりとスライドした。
朧げな記憶を頼りに、暗い館内を進む。床や壁、天井などあちこちに懐中電灯の光を当てながら、吹き抜けのエントランスを注意深く歩いた。エントランスの正面に鎮座する案内用のロボットは埃をかぶったまま停止している。もう何年も放置されているようだ。売店ブースには商品がそのまま残されていて、宇宙食を模したフリーズドライの食品がいくつも棚にぶら下がっていた。すっかり寂れてしまった館内には、1つ商品をくすねたところで、誰も気にしないような雰囲気が漂っていた。エントランスのロボットも貰い手が見つからなかったために、そのまま放置されているのかもしれない。それらを横目に見ながら、正面玄関奥の階段を上がり2階展示室を目指す。
コースケは、階段を登りながら昔見た展示を思い返した。アポロ月着陸船の2分の1レプリカ、月面着陸の記録映像が流れる大型テレビ、アルテミス計画のパネルと月面基地の模型、宇宙服のレプリカ、日本の宇宙飛行士たちの写真など、ここにあった展示のどれもが好奇心を駆り立てるものだった。大学生になった今、その展示を見たらどんな気持ちになるのだろうと、ワクワクしていた。
懐かしさに浸りながら、2階展示室に足を踏み入れる。そして、懐中電灯を正面に向けた。
「……」
コースケは、言葉を失った。
そこには何もなかった。展示室はもぬけの殻で、何もない広い空間が目の前に広がっている。ただハコモノの展示室がそこにあるだけだった。
もう一度、ライトを当てる。広い展示室の隅に、宇宙開発に関係しないその他の展示がいくつか残されているのが分かった。しかし、月着陸船のレプリカも、月面着陸の瞬間が流れる大型テレビも、アルテミス計画のパネルもそこには無かった。
エリやレンを説得するための材料も、信じていたことを補強する確かな証拠も存在しない。コースケは、ぽっかりと穴の開いたような感覚に襲われた。
1階の展示室やプラネタリウム、バックヤードに到るまで館内を探し回った。しかし、アポロに関する展示は見つからなかった。それ以外の展示は、昔のまま手付かずで放置されているにも関わらず、宇宙開発に関する展示だけが無くなっていた。
コースケは、失意のまま科学館を後にした。
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