籠の鳥は大空の夢を見るか?
一字句
プロローグ1 明日もきっと今日と変わらない日が続く
私、西城翠(さいじょうみどり)の一日は人工の日光に照らされて始まる。目を覚ました後、着替えをし、歯を身がき、滅菌消毒されたアルミの袋を開けレーションを頬張る。その後は、タブレット内に入った電子書籍を読む。そんな生活を私は13年以上続けている。
――無機質な部屋。アルミ製のたんすに、ベッド、あとは天井に設置された小さなスピーカーがあるだけだ。壁の1面だけがガラス張りになっており、私のいる部屋と全く同じ構造をした部屋が見える。だが、私がここに入ってから隣の部屋に誰かが来たことはなく、13年間まともに人を見たことがない。何も、誰もいないそんな部屋で毎日代り映えのしない生活を繰り返している。
私がそんな生活をしているのは、私の中に潜む病が原因だ。原因どころか病名すらない病、しかも発症している人間がほとんどいない奇病。希少ゆえに研究もあまりされておらず、ワクチンができる見通しさえ立っていない。罹患した患者は、心臓から離れた部位から痛みが生じるようになり、その痛みがやむとその部位は完全に動かなくなる。そんな症状が心臓に来るまで続け、最終的に心臓が止まって死ぬ。
この病気にかかっているものは世界で20人しかおらず、そのうちの19人は既に死んでいるそうだ。しかし、その19人のうち心臓が止まって死んだのは2人しかいない。この病にかかった人間は、異常に免疫力が落ち、合併症で死に至ることが大半らしい。
その合併症を避けるためには、完全な滅菌室にいなければならないらしいが、そんな設備に入るには大枚をはたく必要があり、そんな大金を保有している人間がそういるはずもなく、大半は合併症で死んでいくそうだ。
私はたまたま私が3歳のころに死んだ父母の遺産が多くあったため、完全滅菌室に入れられることとなり、そこから16歳になるまでずっとこの場所で過ごしている。だから私にはこの部屋の外の記憶がほとんど残っていない。私の中での外の世界は数多の小説で出てくる小説中の景色が私にとってのすべてである。
だが、正直なところ、私はそんな生活が嫌ではない。本を読むのは嫌いではないし、小説の中に出てくるような面倒な人間関係を体験しなくて済むのは非常にありがたいことだ。
私はこのまま、この無機質な部屋の中で、いつの日か朽ち果てることを受け入れている。そりゃあ、欲を言えば外の世界の海というのも見てみたいし、“くれーぷ”なるものも食べてみたい。だけど、そんな夢や希望を抱いたところで、ご都合主義的に私を蝕む病が消えてくれるわけでもない。……受け入れるしかないことは、受け入れるしかないのである。
そんな時、スピーカーから、聞きなれた声が聞こえてきた。小鳥遊ゆうき、私の担当医で、私の病を研究している数少ない研究者の一人でもある。
「翠君、今日の調子はどうだい?」
抑揚のない、感情のこもっていない声。おそらく30歳前後の男だとは思うのだが、13年間で一度も顔を合わせたことがないため、実際のところ定かではない。
「はい、指先が少し痛いですけど、それ以外は特に問題ありません」
「ふむ、やっぱり君はほかの罹患者と比べて病気の進行が異常に遅いね——。まぁ、分かったよ。それと、今何か必要なものはあるかい?」
「いくつかほしい書籍があるので、購入しておいてください。後でリストを送ります」
「了解、じゃあ何かあったらすぐに連絡すること」
小鳥遊ゆうきがそう言い終わると、ぶつっとスピーカーから出ていたノイズ音が途切れた。私は、タブレットで施設内ネットワークにつなぐと、欲しい書籍リストを小鳥遊に送った。私のタブレットは施設内のネットワークにしか繋ぐことが出来ずに、ネット検索なるものはすることが出来ない。
理由は良くわからないが、外の世界の写真などを検索して、下手に希望を抱かせないようなそんな配慮な気がしている。まぁ、全く違う思惑がある可能性もあるが。まぁ、回答など考えても出るものでもないので、私はタブレットに入った電子書籍のアプリを開き、本の世界へと埋没していった。これが私、西城翠の平凡でつまらない1日だ。私は布団にもぐりこみ目をつぶる。指先がじんじんと痛んでいるが、我慢できない程ではない。30分ほど目をつぶっていると、次第に意識が薄まっていき、私はそれに逆らうことなく眠りについた。
そして今日も、人工の日光に照らされて1日が始まる。昨日と変わらない、そして明日からも変わらない毎日が——。
「おっ!あんたが翠か!ウチの名前は琥珀っていうんや。翠のお姉ちゃんやで!」
ガラスの向こうから、うるさ――元気な声が聞こえてくる。見るとそこには名前通り琥珀色の髪の色、そして私と瓜二つの顔をした少女が立っていた。
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