一日一時間だけ『異世界』につながる時計修理屋さんです
壬生狼
ファーストコンタクト
第1話 出会いは初雪の日の……深夜零時
おれの名前は『ユキ』
間違えてもらっちゃ困るが、男である。
三十代後半の中年の、ただのおっさんである。
雪の降る日に生まれたから『ユキ』と名付けた親もどうかと思う。
いい歳こいたおっさんの名前が、ユキとか……恥ずかしすぎるわ
一応独身だ。いや、バツイチと言っておこう。
女房子供は、あまりの貧乏生活に耐えきれずに逃げたった。
だから今のおれはのんきな一人暮らしを満喫中だ。
それはいい。
十数年前に死んだ親父の跡を継いで『時計修理職人』になった。
とはいえ、こんなご時世、時計の修理、それもアナログ時計の修理の依頼などそうそうないのが現状である。
なので、看板は『時計修理』を謳ってはいるものの、要は『何でも屋』をやっている。
幸い手先の器用なおれは、それなりに客の需要にこたえることができるため、おれ一人生きていくには困っていない。
贅沢さえしなければそこそこ生きていけるのだ。
主な仕事は、もちろん時計修理なのだが、時計の販売や眼鏡、雑貨などの販売も細々とやっている。
自営業の気楽なところは、一日中汗水たらして働かなくてもいいということだ。
朝起きて、飯を食って、店を開けて前日までに受けた仕事をこなし、昼飯と昼寝をしたら夕方まで仕事があれば仕事。
仕事に余裕があれば、親父の残したギターやアコーディオンを片手にアンティックなレコードプレーヤーから流れる昭和のアイドルの歌を歌っていれば一日が終わる。
ブラックな企業で働き、午前様に帰宅するような仕事はおれには一切無縁である。
客の持ってくる仕事は、やれ炬燵が壊れた、電気スタンドがつかなくなった、ドライヤーが壊れた、洗濯機が調子が悪い、包丁研いでくれ、鍋の穴を塞いでくれ、鞄が切れたので直して…… おれは電機屋じゃねえ!
って言いたくなるのはじっと抑えてるさ。お客様は神様ですよ。
そんな日常を過ごすおれが、珍しくも急ぎの仕事を抱えていた雪の降る夜のこと……
深夜の十二時を回ったころ、玄関の扉をたたく音がした。
「ん? 珍しいな……こんな時間にお客とは……」
季節は冬。この日の日中には初雪が降り、深夜の今、客が来るともおもえんのだが……
盗られて困るものもない店とはいえ、一応物盗りの用心はしつつも玄関を開けると、一人の女性らしき人物が軒先で倒れていた。
既にその肩や被ったフードには一センチほどの雪が積もっている。
「行き倒れか…… ふむ…… とりあえず中に……てか寒いと思ったらもうこんなに雪が積もってるのか」
しんしんと積もっていく雪を眺めている間もなく、目の前に倒れている人を店の奥のソファへと運ぶ。
フードで顔は見えないものの、触れたその体つきはいかにも女性特有の感触である。
う~ん……久々の女体…… 涙が出るぜ…… いや、変なことはしませんよ?
通りがかりの女性にいたずらするほど鬼畜ではありませんて……
「うっ……」
ソファに横になった客人のうめき声がする。
「部屋を暖めるか……さすがに寒いわ……」
店の中央にある石油ストーブに火を入れ、奥の台所へと足を運び、何か食い物はないかと探してみる。
「ああ……冷や飯くらいしかないなあ…… あ、お茶漬けの素があったはず……」
永谷○のお茶漬け…… お湯を沸かすだけだしな。
お茶漬けの用意をして、店のソファの前のテーブルに湯気の上がるお茶漬けを置くと、件の女性はちょうど目を覚ましたようだ。
「あ、え? ここは?……」
部屋の中をきょろきょろと見回す彼女は、己の現状を認識できていないようだった。
「ああ、ぼくの店先で君が倒れていたからここまで運んできたんだよ」
「え? あ、ありがと、ございます」
「雪が降ってきたからね、あのままじゃあ、凍死してしまう。身体も冷えたでしょ? 粗末な物しかないけど食べなよ。遠慮はいらないよ」
腹も空いていたのだろう。ク~と鳴るお腹のことなど気にする余裕もなく、目の前のお茶漬けをはふはふ言いながら食べる彼女のフードがずれ落ちる……
ん?ん!
フードの中から現れたその顔は…… 美を極限まで追い求めた結果行きついたと思わせるような、造形…… そして深緑とも言える流れるような髪の間から覗く耳は……
「き、君はひょっとして、エ、エルフ?」
キョトンとしたその表情もまたいい!
何を今更っていう顔をおれに向けているが、おれにとってこれはまさに『奇跡』の出会いなのだ!
「え、ええ……そうですけど…… お、美味しい! なにこれ! こんなに美味しいもの食べたことない!」
え、いや……ただのお茶漬けなんですが……
これが、エルフ族の女性、コッコさんとの出会いだったのです。
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