第3話 ランドラッシュ
それは、「穀物市場システム」への信頼が崩壊してしまったからだ。
実は二〇〇七年~〇八年の「世界同時食料危機」のときにはすでに、世界の穀物の流れに異変が起き、世界の流通はマヒし始めていたのだ。
これまでは、小麦や大豆、トウモロコシなどは、「穀物メジャー」と呼ばれる巨大な多国籍商社が生産国から大量に買い集めて、国際市場に供給する仕組みであった。
この流れに異変が起き始めていたのである。
そうした異変をもたらしたのは、穀物生産国の「輸出規制」だった。
中国をはじめ、インド、ロシア、 ブラジル、アルゼンチンなどが穀物価格高騰の最中に一斉に輸出規制をおこなったのだ。
主要生産国十七カ 国のうち、なんと十カ国が「自由貿易」の建前をかなぐり捨てて、輸出を制限した。
自由貿易に任せていれば、高く売れる穀物はどんどん海外に流出するともなって、国内の食料価格は国際価格に引っ張られてどうしたって高騰する。
すると、どうなるか? このままでは自国の食料供給が不安定に陥りかねない。
だから、生産国は輸出規制に走ったのである。
「世界同時食料危機」が起きるまで、穀物市場においては、「自由貿易」は暗黙の了解という空気の中で醸成されたルールであり、特に意識するものではなかった。
そして当時は、「自由貿易の推進こそが食料の安定供給を保障する」という考え方が支配的だったのだ。
その「信仰」が脆くも崩れ去ったということなのである。
輸入に頼っていた国々では、ふたたびこのような食料危機が起きたときに備えて、自分たちで食料を確保しようと、おのおのが海外農地の獲得に走り出した。
これが「ランドラッシュ」の正体だ。
これから議論を深めていくが、お隣の韓国はこの「ランドラッシュ」を積極的に進めている国のひとつである。
あるときにカンファレンスで一緒になったので聞いてみると、韓国政府の担当者は、わたしのヒアリングに対して渋々答えた。
「ふたたび穀物市場が麻痺したとき、市場を支配してきた穀物メジャーは危機を解消できるでしょうか? われわれはそうは思えません。だからこそ、われわれはこの国を始めとして世界中での直接生産に取り組むしか選択肢はないのです」
食料危機解決に向けて、世界中に広がるランドラッシュに拍車をかけているのが、将来予想される、さらなる食料不足である。
国連の予測によると、世界の人口は現在の六十八億人から、二〇五〇年には九十億人を超える。
日本にいると耕作放棄地の問題を耳にしたり、水不足に陥ることの少なり地理的条件も重なって、あまり意識することはないが、土地や水が不足し、しかも資金が豊富な食料輸入国、たとえば湾岸諸国は海外農地への投資にもっとも積極的である。
また、多くの人口を抱え、食料安全保障の面で懸念を抱える国々も、海外での食料生産を虎視眈々と狙っている。
すでにサウジアラ ビア、カタール、リビア、中国、韓国、インドなど二十カ国が食料確保のために広大な農地を海 外で入手している。
こうした国々の投資の矛先は、生産コストがはるかに安く、土地と水が抱負な途 上国に向けられており、スーダン、エチオピア、パキスタン、フィリピン、カンボジア、 トルコ、ウクライナなど二十四カ国を挙げられるだろう。
食料システムの崩壊がもたらした「暴走」
なぜ、通常の輸入によって食料を手に入れるのではなく、わざわざ海外の遠く離れた農地を囲い込むの だろうか? それは、「穀物市場システム」への信頼が崩壊してしまったからに他ならない。
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