第2話 少年


────そこは、机と椅子とスチールロッカーしかない殺風景な小部屋だった。


オレ様とハナは、ロッカーの上から部屋を見下ろしている。

ハナは、「あぁ、また…」とつぶやいて、指でこめかみのあたりを押さえた。


老年に差し掛かった頃の徳さんとらん夫婦が、机をはさんで一人の少年と向き合っていた。


「おいくつ?」


とたずねるらんに、少年はそっぽを向いたままだ。

少年を連れてきた背広の男の人が、


「十四なんです」


と言うが、少年の顔は挑戦的だ。

背広の人にうながされて少年が立ち上がり、頭を下げた。

その姿勢のまま、目の前のらんの靴にこっそりツバを吐き捨てた。


「ひどい」


自分の身に起きている不思議体験に呆然となっていたハナだったが、おもわず目の前のことに反応した。


「靴にツバを吐くなんて」


オレ様はロッカーから飛び降りた。

着地したのは少年の背中、襟足に指を引っ掛けてかろうじて止まった。


「おい」


オレ様は少年の耳元でささやいた。


「十四のガキがなにイキがってんだ」


少年はドキッとして振り返る。

が、オレ様は首根っこにいる。

少年からは見えない。

他の誰からも見えない死角にいる。


「お前がツバを吐いても、あの二人は優しく笑ってる。お前の負けだな」

「な、なんだ、誰だ」


少年は腕を回して、真後ろの首根っこにしがみついているオレ様を捕まえようとする。


「だいたいだな、こっそりやる根性がちっちゃいね。ツバなんか吐かないで、はっきり言ってやったらどうなんだ卑怯者め」

「お、俺様は卑怯者なんかじゃない」

「じゃあ言えよ。お前の本心を。卑怯者じゃないんなら、言ってみろよ。言えないんだろ。なぜなら、お前はちっちゃい卑怯者だからだ、あっははははは」


少年以外の人たちには、オレ様と少年のひそひそ話が聞こえていないようだ。

少年が自分の首に手を回してくるくる回っているのを見て、背広の人が叱った。



「こらっ! こちらがせっかくお前の面倒をみてくださるっていうのに、その失礼な態度はなんだっ!」


少年は、表情を引き締めた。

らんと徳さんにまっすぐ指を突き出した。

宣戦布告。

「俺様は誰の世話にもなんねぇ。俺様は、誰にも心を許さねぇっ」


背広の人は顔を真っ赤にした。頭から湯気が立ち上っている。


「ほらほら、怒れ怒れ。もっと怒れ。大人を怒らせることだけが生きがいの俺様なんだ」


背広の人を指差して俺様の勝ちだとでもいうように、少年は満足そうにニヤリと笑う。

でも、らんと徳さん夫婦に目を移して表情がこわばった。

二人は、ニコニコ笑ってうなずいているのだ。

オレ様は少年の耳にささやいた。


「ほ〜ら、お前の負けだ」

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