41 闇の中の戦い
地下坑道内に響き渡った爆破音は、離れた場所でパッソンピエール
「何だ、あの音は! まさか、背後から敵が⁉」
イグナシオは、額から血を垂らしながらそう叫ぶ。
イグナシオだけでなく、敵味方の多くが傷だらけになって戦っていた。刀傷よりも、狭くて身動きが取りにくい坑道内の暗闇で暴れ回ってできた打撲傷や切り傷が多かった。坑道の壁や天井から突き出た岩、つらら石などに体をぶつけ、血を流していない者など一人もいない。
「隊長! イバン副隊長が危ない! 救援に行ってください! 俺たちも、こいつらを撃退したら応援に駆けつけます!」
隊士の一人がスイス傭兵を突き殺しながらそう
屈強で知られるスイス傭兵だが、今パリに残っているのはほとんど老兵で、長時間戦う体力がない。次第にベンガンサ隊に押され始めていた。
また、マザラン配下のフランソワや護衛隊たちは、前夜の戦闘で手傷を負っている者が多く、実力を十分に発揮できていない。
「分かった! 後は任せたぞ! ……イバンを死なせるわけにはいかない。待っていろよ、イバン!」
ベンガンサ隊の副隊長イバンは、銃士アルマンに深手を負わされた身でありながら、無理を押してパリに救援に来たが、左手が不自由になっている。腕を何とか動かすことはできるが、激しく振ると、肩に激痛が走るのだ。
イバンの両親は、プロテスタントの疑いをかけられてスペイン国王フェリペ四世の命令で処刑された。スペインでは、プロテスタントは異端者として殺されるのである。イバン自身も逮捕されそうになったが、それを友人だったイグナシオが助け出し、命を救った。それ以来、イバンは命の恩人であるイグナシオを支えるために剣を振るってきた。
(イバンは、俺を助けるために不自由な体のまま死地に飛びこんで来たのだ。あいつを死なせたら、あの世のあいつの両親に申し訳がたたない)
イグナシオは、パッソンピエールの部隊との交戦を隊士二十数人に任せ、精鋭十人を率いて国王を監禁している牢屋まで走った。
一方、シャルルたちはというと――。
壁を爆破して道を作った後、敵が潜んでいる領域近くの坑道に侵入し、ヴァンサン神父の先導のもとルイ十四世たちがいると予想される地点目指して急いでいた。
その道中、彼らは驚くべきものを目にした。無残に殺戮されたいくつもの死体たちである。
「どの亡骸もまだ新しいぞ。子供までいる。一体何があったんだ……」
イザックが痛ましげにそう言うと、アンリが「シュヴルーズ公爵夫人たちに殺されたのでしょう」と怒りのこもった声で答えた。
おそらく、この亡骸は地下で生活していた貧しい人々だ。たまたまここにいただけなのに、シュヴルーズ公爵夫人たちの姿を目撃してしまったため、ベンガンサ隊の剣士に殺害されたのだ。
「ああ! 何と無慈悲な……! 人間のやることではない!」
救うべき人々の
「神父殿! 危ない!」
野生の獣のごとく勘の鋭いシャルルが、敵の殺気を感じ、前を行くヴァンサン神父の肩をつかんで後ろに引いた。神父の頬を白刃がかすめる。
地下坑道の闇の先から現れたのは、ベンガンサ副隊長イバンだった。
「お前は、モットヴィル伯爵の城館で俺が取り逃がした奴! 神父を殺そうとするとは、この罰当たりめ!」
アルマンがレイピアとマン・ゴーシュを抜き放ち、燃え上がる
イバンは、それを相手にせず、素早く後方に下がった。
「待て!」とアルマンは追撃する。闇が深く、行く先に何が待っているのか何も見えない。しかし、一度戦闘状態に入ったら炎と化すアルマンには、闇など恐怖ではなかった。
(あっ、いかん。この地下坑道の戦場では、アルマンの無鉄砲な戦い方は命取りだ。闇の向こうに、どんな罠が待っているか分からん)
シャルルはそう気づき、「アルマン! アンリと交替だ!」と叫んだ。
アンリは冷静かつ慎重、敵の心を読んで罠を看破する知恵者である。暗闇が支配する場所での戦いは、アンリを先頭にしたほうが安全だ。
シャルルの指示を聞いたアルマンは、頭がかあっと燃え上がってはいたものの、独断専行するような愚か者ではないため、
「ええい、アンリめ! 俺の代わりに手柄を上げてみせろ!」
と叫びながらバッと後退した。
これは、長年の付き合いで生まれたシャルルとアルマンの暗黙の約束で、戦場では猪突猛進しか知らないアルマンはシャルルに「止まれ」と言われたら必ずその指示に従うのである。シャルルが危険だと判断したからには、その先に敵の罠が待っているのだとアルマンは信頼し、親友に命を預けているのだ。
「アンリさん、気をつけてください。あの向こうは、たしか道の幅が極端に狭くなっているはずです。その狭い通路を抜けたら、すぐに開けた場所に出ます。私は戦いのことはよく分かりませんが、その複雑な地形を利用しようと敵は企んでいるのかも知れません」
ヴァンサン神父がそう忠告すると、アンリは、
(なるほど。我々を
と、敵の意図をすぐさま読んだ。
ならば、こちらも地下坑道の地形の特徴を活かした戦い方をしてやろう。そう考えたアンリは、坑道内にぽかりと開いている穴の前に立った。うっかりこの穴の中に足を踏み入れたら、どこまでも続く深い闇の中へと呑み込まれていくことだろう。
「立ち位置よし……と。ヴァンサン神父、ランタンの火を分けてくださいっ‼ 爆弾をもう一個投げて、敵たちを爆殺します‼」
アンリは大声でそう叫ぶと、剣を構えて敵を待ち構えた。
実は、爆弾はもう持っていない。しかし、さっきの発言を聞いた闇の向こうの敵たちはどう思うだろうか?
「なっ……⁉ ば、爆弾だと⁉ そうはさせるかぁー!」
闇に隠れていたイバンと二人の部下は、爆殺されてたまるかと考えて飛び出し、アンリに襲いかかろうとした。
だが、真っ先に剣を突き出して来たベンガンサ隊の隊士は――アンリの目の前で、地面にぽっかりとできていた底なしの穴の中に落ち、姿を消してしまった。
仲間が穴に落ちたことに驚き、イバンの部下のもう一人がうろたえて足を止めた。その隙を見逃さず、アンリは穴をひょいと飛び越えながら刃を繰り出し、その剣士を突き殺した。
「く、くそっ!」
たった一人では敵わないと判断したイバンは、アンリの攻撃を何とかかわし、退却してまた闇の向こうへと消えていった。
「今度は、ずっと遠くまで逃げたみたいだな」
イザックがうずくまって地面に耳を寄せ、シャルルたちに言う。地下坑道は音がよく響くから、人間の足音も聞きとりやすい。
シャルルたちがさらに先に進むと、ヴァンサン神父が言っていた通り、道幅が急に狭くなっていた。またイザックの体がつかえたが、今度はシャルルが後ろから尻を蹴って広い空間まで押してやった。
「陛下たちが
ヴァンサン神父が、五つある坑道の分かれ道のうちの右から二番目を指差し、そう言った。
「神父殿。ここまで案内してくれて、本当に感謝しています。あなたはもう引き返してください。坑道には十歩ずつ壁に十字の印を刻んできたので、帰りはきっと迷わないと思います」
シャルルがヴァンサン神父のしわしわの手を取って感謝の言葉を言うと、神父は心配そうに眉根を寄せた。
「地下坑道では何が起きるか分かりません。くれぐれも気をつけてください。さっきの爆発の衝撃で、爆発地点の近くで崩落が起きる可能性もありますから……」
「分かりました。あそこを通る時は、十分に気をつけます」
リュクサンブール宮殿の地下坑道網をたどって宮殿に帰還することも可能かも知れないが、その逃走経路では待ち受けるベンガンサ隊の剣士を全て
「では、行こう! いよいよシュヴルーズ公爵夫人と決戦だ!」
シャルルが号令をかけると、三銃士は「おう!」と声をそろえて
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