第7話 私の葬儀

 翌日の午前中に退院し母と家に戻った。


 高校時代の親友の死はなかなか受け入れられるものではなかった。二人で写した写真や借りたままの本などをまだ痛む足を引きずりながら探しだしては眺めた。特に読書が好きではない私に本好きの彼女は様々な小説を教えてくれた。SFやミステリーものなども勧めてくれたが、私には合わなかったようで、借りたまま読まずにいた。そんなものでも親友がもうこの世にはいない現実を際立たせ、悲しみも当然ながら、凍るような寂しさも運んでくる。借りた本に真輝との思い出といまの私の寂しさが上手に書上げられているような気がした。

 本はもういない親友のものなのだ。持ち主を失った書物ほど不思議で不安定な存在はない。これらの本は今日の葬儀で彼女に返そうと思った。


 また暑さがぶり返していた。おそらく死んだ彼女は病院から自宅、通夜、葬儀、火葬、納骨と運ばれ、人生の終わりを他人にばたばたと進められて行くのだろう。どこかで「止めて」といっても、「早く進めて」といってももう聞き入れられないのだろう。


 葬儀場のあるお寺に父の運転で到着し、母の手を借りながら松葉杖で斎場へと向った。

 何人か高校の同級生も来ていた。目で挨拶を交わし、斎場の前まで来ると「故山本真輝 葬儀」と記されている。私たちはすでに始まっている焼香へと進んだ。

 彼女の遺影は最近の写真が使われているようだった。悲しみから気が動転しているのか、遺影に写る彼女の姿が私に見えた。ハンカチで涙を拭い、辛かったのだが、また彼女の笑っている遺影に目をやる。「やはり私だ」とそう思わざるを得ないほど似ていた。


 私は焼香を終え読経が続くなか、母に支えられながら席に着いた。松葉杖を椅子にもたせ掛けて、また涙を拭いながら祭壇を見る。真輝の遺影は私だった。間違いない。寸分違わぬ私の顔である。私の姿である。なぜ彼女の遺影に私の写真が使われているのか。冗談という分けがない。そんなはずはない。それは私なのだ。私の葬式が行なわれており、そこに私が参列している。そんな分けはない。


 私は僧侶の読経が響く斎場で精神の朦朧を感じた。心の錯乱を止めようと努めた。そのために私は心だけではなく体まで硬直させていたようだ。

「まこと、大丈夫?」

 後ろの席に座る高校の同級生が声をかけてくれたが、私はその声にふり返ることも出来なかった。

「真琴まこと、少し休もうか? 昨日から病院で疲れているんだろう」

 父が私の背中に手を回し硬直する体を抱きかかえるようにして言った。

「大丈夫だから」

 私は回りに聞こえないように小声で父に言った。


 死者の遺影を見て気が動転している自分の心を周りの人に気づかれたくはなかった。父も母も他の誰もがあの遺影を見ているはずだ。それなのに誰もおかしいと思わないのだろうか。それとも場を慮って、いまは黙っているだけなのだろうか。


 私は遺影から目が離せなくなっていた。その写真に写る私の笑顔がすぅーと近づいてくる。どんどんと大きくなって迫ってくる。そうしては私を通り過ぎまた元の祭壇に戻る。無理に眼を閉じると、さらに鮮明に笑ったまま死んだ私の顔が暗闇に幾つも浮かび目眩をもよおす。


 読経が終わると最後のお別れに棺に花を入れる。

 私は無理にでも体を動かし松葉杖をついて皆と共に棺へと向って歩いた。棺の窓から見える彼女の顔はやはり私だった。



(つづく)


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