第62話「閑話:ジンの息子たち」

 大陸暦1093年1月。


 僕の名前はケン・キタヤマ。今年で16歳になる。

 父は有名な流れ人の料理人、ジン・キタヤマだ。

 正直なところ、“ジン・キタヤマ”の長男に生まれたことは重荷でしかない。


 父は国王陛下に請われて料理を作るほどの腕の持ち主だ。公表されていないので、大きな声では言えないが、料理スキルはレベル10だ。


「ジンさんなら男爵はもちろん、将来的には子爵にすらなれるんだけどね」


 ダスティンおじさんに言わせると、父は願えばいつでも高い地位を得ることができるらしく、貴族になっていてもおかしくないそうだ。


 ダスティンさんは産業政策部長という偉い役人で、平民から貴族になったほど仕事ができる人だ。うちに来る時はただの食いしん坊のおじさんという印象しかないが。


 小さい頃は子爵や男爵と言われてもピンとこなかった。

 店には侯爵様が普通に来るし、王族の方もお忍びで来ることがあるし、先代のランジー伯爵様は割と頻繁に来て、何度か話したことがあるためだ。


 学校での勉強が進むにつれて、平民が貴族になるということがどれほど難しいことか分かってきた。


 ただ父は地位や名誉に興味を持っていない。

 昔、そのことを聞いたことがある。


「貴族にはならないの?」


 僕の問いに父はにこりと笑い、


「ケンは貴族になりたいのかい?」


 確か7、8歳頃だったのでよく分からず、「よく分かんない」と言って、首を横に振った。


「父さんは料理を作るのが好きなんだ。貴族が料理を作ったらおかしいだろ。だから、今のままでいいんだよ」


 父は自分で言う通り、料理を作るのが大好きだ。だから、店にいることがほとんどで、店の休みの日でも家にいる時間は短かった。


 10歳くらいから父とあまり話さなくなった。

 理由は父が家にいる時間に学校にいること多くなったことが一番だが、会う人が必ず僕に父の跡を継ぐのかと聞いてくるようになり、鬱陶しくなったことも無関係じゃない。


 と言っても父のことが嫌いになったわけじゃない。ただ、話す機会が少なく、ほとんどの場合、別の大人がいるので自然と距離を取っていたのだ。


 僕自身、料理を作ることは結構好きだ。

 子供の頃から包丁を握らせてもらい、父やサイモンさんから基本的なことは教えてもらっている。父も母も忙しく、メイドが食事を作るのだが、どうしても物足りず、ここをこう変えてほしいと言っているうちに、自分で作るようになったのだ。


 作るといっても大したものじゃない。

 最初のうちは玉子焼きや肉野菜炒めのような割と簡単な物ばかりだ。そのうち、生姜焼きや照り焼きなんかを作り始め、12、3歳の頃には僕とリュウが夕食を作るようになっていた。


 もちろん、最初から最後まで自分たちでやるわけじゃなく、メイドが準備してくれたものを仕上げる程度だ。それでも料理スキルが付き、今ではレベル3になっている。


 料理は好きだが、仕事にはしたくない。

 ジン・キタヤマという名が重すぎるから。


 15歳になるまで、やりたいと思う仕事がなかった。もっと幼い頃は探索者シーカーや兵士になりたいと思ったこともあるが、フィルさんやフウタさんに剣術を習い、才能がないことが分かったためだ。


 でも今は何となくだけど、やりたいことが見つかった気がする。

 それは役人になることだ。


 去年一年間、父と一緒にマシア共和国に行った。

 そこで父は料理を作るだけじゃなく、“食文化”を発展させるということにも力を入れていることが分かった。


 米を探し、それを育てて酒を造る。

 それも自分の好みだけじゃなく、いろんな国の人が美味しいと感じてもらえるように工夫していた。


 父と稲刈りをしながら話をしたことがある。


「どうしていろんな酒米がいるんだろう?」


「人の好みはいろいろだからな」


「へぇ、そうなんだ」と僕が言うと、父は楽しそうに説明を始めた。


「ブルートンだと香りがしっかりした酒が好まれるんだが、迷宮都市だともっと力強い酒の方がいいらしい。種族によっても酒の好みは結構違うんだ。エルフは香りが強すぎずライトな感じが好きだし、ドワーフはどっしりと重い原酒をぐびぐびと飲む。それにどんな料理を合わせたらいいのか考えるのも楽しいんだ……」


 この時の父は厨房に立っている時の厳しい表情ではなく、本当に楽しそうに話していた。


「ただ、なかなか作り手がそのことを理解してくれないんだ。ここのミノルさんは分かってくれているんだが、他の蔵人は自分が作りたいものを作るという感じだし、農家さんも言われたものを作るだけなんだ。本当は携わる人すべてが、みんなが美味いと思ってくれるものを作りたいと情熱を燃やしてほしいんだが」


「どうしたらいいんだろう?」と思わず言っていた。


「そうだな。やる気になるような制度があるといいかもしれないな」


「やる気になる制度?」


「ああ。ブルートンだといい酒を造れば、国王陛下からお褒めの言葉がもらえる。他にも美味いものを作るために工夫をしたら、陛下から褒賞がもらえるとかもあるんだ。これはダスティンさんが始めたんだが、ブルートンの農家も職人も陛下から直接褒めてもらえるということでいつも努力しているんだ」


「ダスティンおじさんが……」


「ダスティンさんは凄い人なんだぞ。あの人が産業振興局長になってから、農業や漁業といった食に関する税収は倍近くに増えているんだ。税率は変えていないそうだから、産業としての規模が倍になったってことだな」


「倍に?」と僕にはあまりピンとこなかった。


「人口自体はそれほど増えていないから、量じゃなくて質が向上したんだ。生産者の人たちがやる気になって、貴族や余裕のある金持ちが欲しがる。そうすると、収入が増えるから、更に美味いものを作り、それが売れていくんだ」


「凄いね」と正直な気持ちが言葉になった。


「もちろん、うちの店もその恩恵を受けているぞ。ダスティンさんとチャーリーがいなかったら、俺の料理がここまで評価されなかったと思うからな」


 チャーリーさんは王国で一番の食品卸商会の商会長さんだ。王宮とも取引をしているほどだが、僕にとってはダスティンさんと同じ優しいおじさんだ。


 父はこの二人にフィルさんを加えた三人と本当に仲がいい。

 出会った頃の話を聞いた時、僕にもそんな友達ができるといいなと思ったほどだ。


 そんな話をした後、父が稲を刈りながら唐突に聞いてきた。


「やりたいことは見つかったか」


 父は僕の方を見ずに手元を見ていた。


「まだ……ただ、ルイスさんみたいな仕事もいいなとは思っている」


 ルイスさんはダスティンの息子で、僕にとっては年が離れた兄のような人だ。

 僕たちがここにいる間、マシア共和国の役人と交渉したり、父が見つけた米の優先購入権を農家と結んだりと、積極的に活動していた。


「そうか。それもいいだろう。人の役に立つ仕事だからな」


 父は僕に何をやれとは言わない。これは珍しいことだ。家の仕事を継げと言われ、学校も途中でやめさせられた友達もいる。

 ニホンという国では職業選択の自由があるそうで、父はその考えに従っているようだ。


 もう少し話したかったが、「何を話している?」と言いながら、リュウが話に加わってきたので、僕の話はうやむやになった。


 その後、ルイスさんが役人になる方法について教えてくれた。父に頼まれたらしい。


 話を聞くと意外に簡単だった。

 貴族か現役の役人の推薦があれば採用試験が受けられ、それに合格すればいい。


「推薦なら私か父がするから、いつでも試験は受けられるぞ。お前の学力なら問題なく受かると思うが、やりたい部署に配属になるとは限らないことだけは覚悟しておけよ」


 それからルイスさんといろいろな話をした。

 思った以上に役人は大変で、特にルイスさんのように平民から貴族になった人は貴族からも平民からも距離を取られて大変だったらしい。


「お前も役人になるなら、大変だと思うぞ。何と言っても陛下のお気に入りのジンさんの息子なんだから。フォーテスキュー侯爵やウィスタウィック侯爵からいろいろ話が来そうだしな」


「そうなんですか?」とあまりピンとこない。


「政治の世界はいろいろあるから、本気で役人になりたいなら、私が教えてやるよ。ただ、幻滅することだけは間違いないけどな」


 帰国までの間にいろいろ話を聞いたが、難しいことだけは分かった。

 でも、父が目指していることの手伝いをしたいと僕の気持ちは変わらなかった。


■■■


 大陸暦1094年5月。


 僕の名はリュウ。

 マシア共和国への旅行は楽しかった。初めて魔導飛空船に乗り、外国を見て回れたから。


 フウタさんからアレミア帝国の話を聞いたし、ルイスさんからマシアやマーリア、スールジアの話を聞いたこともあった。だけど、やっぱり自分の目で見ると、話しで聞いたこととは全く違うと思った。


 護衛のレイさんたちと一緒だったことも楽しかった思い出だ。

 レイさんは魔銀級ミスリルランクの凄腕の探索者シーカーで、剣術を習ったことも楽しかったが、何よりいろいろな話を聞けたことがよかった。


 ちなみに剣術についてだが、僕も兄さんも才能がない。

 レイさんに言わせると、


「器用だから頑張れば白金級プラチナランクになれるかもしれんが、ミスリルランクは無理だな」


 このことについては僕も兄さんも分かっていた。フィルさんやフウタさんにも同じようなことを言われていたから。


 それに迷宮の話は面白かったが、正直自分が入る気にはならなくなった。

 まず、一度入ると3日は出てこられない。その間、食事はシーカー専用の保存食だけという単調なものだし、身体も洗えない。それ以前に硬い床で寝るのは無理だ。一度、やってみたけど次の日は寝不足で、大変だった。


 他にも楽しかったことは酒造りや米作りの手伝いだった。

 単調な作業だし、身体はきついけど、作業が終わった後の達成感は気に入っている。


 特に終わった後に父さんと一緒に作った料理を振舞うと、みんなが喜んでくれた。ほとんど父さんが作ったものだが、それでも一生懸命作った料理が褒められるのは気分がいい。


「美味しいって言ってもらえるのはいいもんだろ」と父さんが言ってきた。


「国王陛下にも褒めてもらえる父さんでもそう思うんだ」と思わず聞いてしまった。


 偉い人からも言われ慣れているから、そんなことは気にしないと思っていたからだ。


「相手が誰であっても同じだな。自分の仕事が認められるのは嬉しいもんだ」


 そう言われれば、僕も同じ気持ちだった。特にここは人が多いから、いろんな人に美味いと言ってもらえる。時々、ちょっと違うという感じの感想を聞くと、もっと頑張ろうと思うこともある。


「料理は楽しいか?」と突然父さんから聞かれたことがあった。


「楽しいよ。どうやったらもっと美味くなるのかって考えると、いろいろやりたくなるし、実際美味しくなると嬉しいし」


「そうか」と言っただけで、父さんはそれ以上何も言わなかった。


 この先、僕は料理人になるつもりだ。

 もちろん、父さんを超えるような料理人は無理だけど、美味い料理をいろんな人に食べてもらいたいと思っている。


 ただ一つだけ気にしていることがある。

 これは兄さんも思っていることだけど、父さんが偉大過ぎて、何をするにも父さんのことを引き合いに出されてしまうことだ。


 自分で考えて作った料理を出しても、「さすがはジンさんの息子さんだ」とか、「お父さんに教えてもらったのかい」と言われてしまう。


 僕はまだいいけど、兄さんはもっと酷かったらしい。

 上手くいったら、「お父さんの教えを守ったんだね」と言われ、少しでも失敗したら、「今度お父さんにコツを習ったらいいと思う」と言われたらしい。

 それが嫌で兄さんは料理人になりたくないと言っていた。


 兄さんが料理人になりたくないという話が周囲に伝わり、そのお陰で僕は少し助かっていると思う。それでも“ジン・キタヤマの息子”はいつも付いてくるから、僕でも嫌になることが多い。


 だから、料理人になるとしても父さんの店で修業する気はない。ただ、和食の職人にはなりたいと思っているから、ジェイクさんの店になると思う。

 そのことを一度、父さんに話したことがある。


「そうか」と言った後、少し黙ったが、すぐに笑顔で頷き、それから厳しい顔になった。


「ジェイクなら安心だ。だが、あいつも職人だから今までみたいに甘くはないぞ。厳しい修行になることは覚悟しているんだろうな」


「もちろん。僕は“ジン・キタヤマの息子”じゃなく、ただの“リュウ”として料理を作りたいんだ。そのことはジェイクさんにはっきりと言うつもりでいるよ」


 父さんは僕の言葉に満足そうな表情で頷いてくれた。

 ただし、すんなりと修業することを認めてくれたわけじゃなかった。


「16歳までゆっくり考えろ。まだ勉強したりないだろうし、それまでにやりたいことが見つかるかもしれないからな」


 父さんが育ったニホンという国では15歳までは“義務教育”といって、子供に勉強させなければいけないらしく、それが頭にあるようだ。

 しかし、トーレス王国にはそんな制度はないし、ブルートンでも10歳を過ぎたら仕事をするのは当たり前だ。僕たちのように学校に行けるのは半分もいない。


 ちなみにブルートンでは8歳から12歳までの初等学校、13歳から15歳までの中等学校、16歳から18歳までの高等学校がある。これはすべて王立の学校で、ある程度の学力が必要だ。

 平民の場合、初等学校に入らず、元役人や教師などがやっている私塾に通う子供の方が多く、10歳くらいまでに読み書きと簡単な計算を学ぶだけだそうだ。


 王立学校では歴史や地理なんかも教えてもらえるが、僕の場合、父さんが王立学校の教科書を見て簡単すぎると思ったらしく、自分で問題集を作ったり、家庭教師を雇ったりしてくれた。


 そのため、ケイト姉さんを含め、僕たち兄弟は学校の中でも優等生と呼ばれるくらいの成績だ。だから、1年間学校に行かなくても問題なかったのだ。

 学校で学ぶこともないし、時間の無駄な気がした。


「時間の無駄だと思うんだけど」と言うと、


「そうでもないさ。若いうちはいろいろやる方がいいからな。それに無駄だと思うなら、家で料理を作ればいい。何なら学校が休みの日に教えてやるぞ」


 それから休みの日に時間があれば、父から料理を習うようになった。

 そのお陰ですぐに料理スキルが上がった。13歳の時のスキルレベルは3だったが、4になったのだ。


 スキルが上がると、更に料理が面白くなり、ほとんど毎日食事を作り、ジェイクさんのところに修業に行く頃にはレベル5になっていた。


 ジェイクさんからは「教えることがほとんどないぞ」と呆れ気味に言われたが、それでも下働きから始めた。


 僕の歳でスキルレベル5は結構高いんだけど、思ったより注目されなかった。

 それは僕より遥かに才能のある人が一年先輩として本店に入っていたからだ。

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