第57話「閑話:月島風太:後篇」

 大陸暦1086年4月。

 トーレス王国に到着し、フランクさんが経営する居酒屋、ポットエイトで働き始めてから半年ほど経った頃、午後の仕込み中に北山さんがふらりとやってきた。


「お好み焼きに使えそうなソースを作ってもらったぞ。熟成期間が短いから少し角がある感じだが、結構それらしくできていると思う」


 そう言いながら、収納袋マジックバッグから蓋つきの壺を出し、テーブルに置いた。

 フランクさんも現れ、「これがオコノミヤキに使うソースなんですか?」と興味深そうに壺を見ている。


 蓋を開けると、甘酸っぱいようなソース独特の香りがした。

 味見をさせてもらうと、少しスパイシーな感じの濃い目のソースだった。


「うちで使っていたのに似ています。これならできます」


「そうか! なら作ってみるか。フランク、厨房を借りるがいいか?」


「もちろんですよ! 僕も気になりますし!」


 北山さんは厨房に行き、僕もそれに続く。

 すぐにマジックバッグから小麦粉、玉子、キャベツなどの材料を出していくが、天かすや紅生姜、すりおろした山芋まであった。


「大体のものは揃っているはずだが、何か足りないものはあるか?」


「充分です。それにしても山芋なんてあったんですね」と思わず聞いてしまった。


「ああ、これはスールジア魔導王国のものだが、試験的に栽培も始めているんだ。そのうち、この国でも一般的になると思うぞ」


 とても楽しそうに教えてくれる。

 この半年で知ったのだが、北山さんは和食や日本酒をこの国に広めただけでなく、食材や酒造りにも協力している凄い人だった。


「風太君が作ってくれるか?」と北山さんに言われ、


「僕がですか!」と思わず叫んでしまった。


「俺も作り方は知っているが、自分で作ったことはほとんどなかったからな。まあ、フライパンで作るのは君も初めてかもしれんが、一度好きなように作ってくれないか」


「僕もフウタの焼いたオコノミヤキが食べたいですね」とフランクさんまで言ってくる。


 2人の天才料理人に、僅か半年しか働いていない素人同然の僕が、料理を作っていいのかと気後れしてしまう。


「失敗してもいいから。作っているのを見ていれば、どこで失敗したかくらいは俺にも分かると思うしな」


 そう言われて腹を括り、頑張って作ることにした。


 母が作っていたレシピを思い出しながら材料を合わせていく。

 久しぶりに作ったので、いろいろと手順を間違えたが、何とかお好み焼きらしきものが焼けた。

 最後にソースを塗り、鰹節と青のりを掛け、北山さんの前に出す。


「美味しいかどうか分かりませんが……」


 北山さんは箸で一口大に切ると、そのまま口に入れた。


「うん。完璧なお好み焼きだ。フランクも食ってみろ。お前が好きな味だと思うぞ」


 フランクさんは僕のお好み焼きを興味深そうに見た後、口に入れた。


「はふはふ……これはいいですね! 小麦粉の香ばしさと豚肉のコク、キャベツの甘みにソースの酸味とスパイス。手軽な料理な割に味が深いです。師匠が好きな料理といった理由が分かりましたよ」


「そうだろ。手軽で美味い。ビールにもよく合うし、子供も好きな味だから、家族全員で食べられるんだ。この店にはバッチリだろ」


「本当にそうですよ。やっぱり日本の料理は凄いですね」


 2人の凄腕の料理人が僕のお好み焼きを美味しそうに食べて、その味で盛り上がっている。少し不思議な感じだ。


「この町の人に受け入れられるか確認した方がいいだろう。まずはここで出してみたらどうだ?」


「僕は賛成ですよ。うちのお客さんなら絶対に気に入ると思いますし」


 北山さんの提案にフランクさんも乗り気だ。

 とんとん拍子でポットエイトにお好み焼きがメニューに加わった。


 最初のうちはあまり出なかったが、フランクさんが常連客に勧めたら一気に売れ始めた。


「ビールによく合うし、これだけで満足できるよ」


「他の物も注文してくださいよ」とフランクさんが冗談を言うくらいに人気が出た。


 更に3ヶ月ほど経った初夏の昼下がり、再び仕込み中に北山さんがやってきた。


「中華麺だ。これがあればソース焼きそばができる。風太君、作ってくれないか」


 そう言って、懐かしい黄色っぽい麺を出した。

 その頃には僕も慣れてきていたので、「分かりました。少しお待ちください」と言って厨房で作っていく。


 焼きそばはそれほど難しい料理じゃないが、一つだけ問題があった。

 それは麺が“生”だということだ。

 昔のことで記憶は定かではないが、実家では業務用の蒸し麺を使っていたはずで、それを軽く湯通ししてから焼いていた。


 そのことを思い出し、鍋に湯を沸かして麺を入れた。


「ほう。茹でるのか」と北山さんが聞いてきたので、


「うちで使っていたのは蒸し麺だったと思うんですが、蒸し方が分からないんで茹でてみたんです」


 硬さを見るために一本食べてみたが、紛れもなく中華麺だった。


「ラーメン屋なんて見たことがないんですが、これも輸入品なんですか?」と作りながら聞いてみる。


「普通はスールジアからの輸入なんだが、材料を探して、この町で作ってもらったんだ。合う“かん水”を探すのが少し面倒だったが、麺を打つのは手打ちのパスタ屋に頼んでいるから、大した手間じゃない」


 この町にはパスタがある。生パスタと同じ作り方で作ってもらったそうだ。


 ここまでくれば僕でも分かる。北山さんは僕のために材料が安く手に入るように工夫してくれていたのだ。


 ソースもウスターソースを作っている村で特別に作ってもらったそうだが、ここや北山さんの店だけじゃなく、王宮にも納めているらしい。そのため、王家の人気が高い王都ということもあり、噂を聞いた主婦たちが結構買っていくと教えてもらった。

 完全に受け入れられれば定着するから、継続的に安く手に入るようになる。


「ありがとうございます」と言うものの、それ以上言葉にならない。


 涙が零れそうになるのを我慢しながら、ソース焼きそばを作っていく。


「お待たせしました。ソース焼きそばです」


 作ったのはシンプルな豚肉とキャベツを使ったものだ。


「作っている時から食べたくて仕方なかったよ。君に出会うまで忘れていたんだが、やっぱり日本人にこの焼けたソースの香りはやめられないな」


 北山さんはそう言って笑いながら、焼きそばを口に運ぶ。


「いい焼き加減だ」


 フランクさんも「これも美味いな」と僕に言い、「これもメニューに加えますよ」と北山さんに言っている。

 その後、北山さんが何度か足を運んでくれ、海鮮焼きやホルモン焼きなど鉄板焼きのメニューも増やしていった。


「お好み焼きや焼きそばより、こっちの方がビールが進むから儲けが大きいと思う。まあ、チャーリーに言えば海鮮は回してくれるし、肉やホルモンはこの辺りなら結構安いから、単価的に儲けも出やすいと思うぞ」


 それから2ヶ月ほど経った9月。フランクさんから店を出さないかと言われた。


「この町にも慣れただろうし、店の経営も何となく分かっただろ。来月で1年になるんだから、それを機に店を出してもいいんじゃないか」


 正直なところ、店は出したいと思っているが、不安の方が大きい。


「大丈夫でしょうか? 資金もあまりないですし……」


 不安が口を突く。生活には困っていないが、最初の半年ほどは生活に必要な物などを揃えていたので、店を開くほどの資金はまだ貯まっていない。


 他にも不安があった。

 この店のお客さんには受け入れられたが、独立しても食べに来てくれるかということだ。ここで売れたのはフランクさんの店であり、味には絶対の信頼がある。しかし、僕が作る料理はフランクさんの料理に比べたら素人料理に過ぎない。


 そのことも話したら、フランクさんは笑いながら、「大丈夫に決まっているよ」と言い、


「素人料理というが、フウタのオコノミヤキやヤキソバは充分にお客さんに出せる料理だ。それに金のことも心配いらないぞ。何と言ってもチャーリーさんとダスティンさんが乗り気だからな」


 チャーリーさんはブルートン最大の食品取扱商社、オーデッツ商会の商会長さんだ。ダスティンさんは産業振興局長で、どちらもこの町では結構有名な人だ。

 資金はオーデッツ商会が安く貸してくれるという話になっており、産業振興局も全面的にバックアップしてくれるらしい。


 その言葉で僕は決断した。

 それから1ヶ月で店の準備を行い、大陸暦1086年10月10日に鉄板焼き屋をオープンした。


 店の名前は“ウインドムーン”。僕の名前、“風太”の“ウインド”と“月島”の“ムーン”が由来だ。

 この名前は僕じゃなく、北山さんが考えてくれた。


「“鉄板焼き・風太”でも味があっていい名だと思うんだが、こっちの名前なら流れ人が見たら懐かしいと思ってくれるかなと思ってな」


 僕は関西出身なので、すぐにピンときたが、別の地域の人でも分かるんだろうかと一瞬思った。しかし、北山さんに名前を付けてもらった方が箔が付くかなと思ってこの名前にした。


 オープンの前に北山さんが藍色の暖簾を持ってきてくれた。

 広げると、“ウインドムーン”とこの世界の文字で書かれており、おしゃれな感じだ。


「鉄板焼き屋だとこの色かなと思ってな」


「でも、ウインドムーンのイメージは赤色だったと思うんですが? 昔のことであんまり覚えていませんけど、暖簾も白かったような……いえ、これが気に入らないとかじゃないんです。ただ気になったので……」


 慌ててそう言うが、北山さんは苦笑いを浮かべていた。


「そう言われればそうかもしれないな。15年くらい前だから忘れていたよ」


 店はオープンから順調だった。

 最初は1人でやっていたが、すぐに手が回らなくなり、シルヴィアにも手伝ってもらった。


「帝国を出て1年ちょっとだけど、こんな風になるなんて思わなかったわ」


 エプロン姿のシルヴィアが2歳になるオクタヴィアをあやしながら話しかけてきた。


「僕も同じさ。トーレスに来て本当によかったと思う。あのままだったら、いつか命を落としていたから」


 美しい妻と可愛い娘、更に来年にはもう1人家族が増える。


 この世界に迷い込んでから7年。あのまま日本にいたら大学生になって就職活動をしていたと思うけど、こんな幸せな生活は送っていなかったと思う。


■■■


 大陸暦1086年にフウタ・ツキシマが開店した“鉄板焼き・ウインドムーン”は王都ブルートンのビール好きから絶大な支持を得た。


 ビールと言えば、フライドチキンやソーセージなどがつまみだが、味のバリエーションが少なく、すぐに飽きる。また、女性が好むものが少なく、カップルや家族で行くことはあまりなかった。


 しかし、ウインドムーンは甘辛いソース味とたっぷりの野菜、主食である小麦粉を使った料理、更には肉や海鮮などバリエーションも多く、大人から子供まで楽しめる。


 また、お好み焼きや焼きそばは銅貨6,7枚、日本円で600円から700円と比較的手ごろで、家族連れで行っても銀貨3枚ほど、日本円で3千円ほどあれば、十分に満足でき、家計にも優しい。


 そのこともあり、オープンから1年ほどで2号店ができ、5年後には港町ボスコムにも支店ができるなど、ウインドムーンはチェーン店としても大成功した。


 また、フウタは自分と同じ元シーカーを積極的に雇った。


「北山さん、フランクさん、チャーリーさん、ダスティンさん、他にも多くの人に助けてもらっていますから。今度は僕が困っている人を助けたいと思ったんです」


 シーカーたちの多くは戦いに関するスキルしか持たず、引退するとできる仕事は限られる。門番などの職を見つけられればいいが、仕事が見つからず、資金が底を突くと、ゴロツキに変わることも多かった。


 フウタはそういった者たちに丁寧に仕事を教え、更に開店資金の融資や仕入れ先を紹介など、さまざまな支援を行った。


 彼に助けられて店を開く者はフウタに店の名前を付けてほしいと頼むことが多かった。

 困ったフウタは“〇〇チャン”という名をよく付けた。


 理由を聞かれ、「日本では店主の名前の最初の2文字に“ちゃん”を付けるのが一般的だから」と苦笑気味に答えたという。


 そのため、鉄板焼きの店の名前に“チャン”を付けることが流行った。

 実際にアイザックの“アイチャン”、キンバリーの“キンチャン”などが存在する。



 フウタは鉄板焼き以外にも手を広げ、タコ焼き屋“シルバーオクトパス”を始めた。

 当初、ブルートン市民はその奇妙な形と食べ慣れないタコという食材に驚いたが、その場で焼かれた熱々のものがすぐに提供され、ピックを使うだけで手軽に食べられることから、平民街や商業地区で人気となった。


 店は繁盛したが、店名の由来は誰も知らなかった。

 ツキシマ自身は一切語らず、名付け親と目されたジン・キタヤマも「私が付けたわけじゃないので」と答え、謎のままだった。


 “カップルが銀貨一枚で楽しめるタコ焼き”という意味があるとか、ツキシマの妻“シルヴィア”と長女“オクタヴィア”から連想して付けたのではないかという説があるが、ツキシマは生涯、それについて明確には語らなかった。


「北山さんも僕も関西の店の名前が思い浮かばなかったんだよな」と言ったと伝わっている。

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