第36話「閑話:裏社会の者たち」
俺の名はエリオット・ロバーツ。
ブルートンで並ぶ者なき、裏社会の
俺のところには
他にもチンピラの若造どもがいるが、そいつらの数は正直分かっちゃいねぇ。聞いた話じゃ100人は下らねぇらしいが、そんな雑魚に興味はないからな。
俺はアレミア帝国の生まれで、そこそこ名が売れたシーカーだった。20年くらい前に酔っ払って、くそ生意気な貴族のボンボンを殺しちまってから、人生が大きく狂った。
とりあえず帝国から逃げ出し、トーレスのウィスタウィックという港町に着の身着のまま辿り着いた。
そこで出会ったのが、クロトーだ。
「私の下で働いてみませんか?」
「はぁ?」と言うしかなかった。
「ちょっと訳ありの仕事でして。何、大したことはないんです。マフィアの組織を一つ乗っ取ってほしいだけなんですから」
俺以上に頭のネジが緩んでいると思ったが、なぜかおもしろそうだと思った。
それからクロトーと共に王都にやってきた。
その時知ったのだが、奴は伯爵家の嫡男だった。王都の警備隊に顔が利くほどの大物で、そのことに驚いた記憶がある。
「その組織なんですが、最近我が家の言うことを聞かなくなってきましてね。ここで絞めておこうと思ったのですよ」
何人くらいいるんだと確認すると、
「50人くらいです。でも大丈夫ですよ。ロバーツさんのように強い者はいませんから、簡単な仕事ですよ」
こいつの頭はおかしいと再認識した。
だが、俺はこの国でも堅気には戻れない。帝国の貴族を殺したからには引き渡しの要求が来るだろうから、身元がばれた瞬間、帝国に送られてしまう。
なら、ここで死んでもいいと腹を括って奴の話に乗ってやった。
結果から言えば、奴の言う通り簡単な仕事だった。
10人ほどぶち殺してやったら、他の連中はすぐに俺に従うと言って膝を折った。
その時の気分は言いようがないほど良かった。
「時々、仕事をお願いするのでよろしくお願いしますね」
そう言ってクロトーは去った。
奴の仕事は本当に時々しかなかった。それも大手の商会に行って大声で喚くだけという簡単なものだ。それで一回当たり1万ソル以上もらえるから、俺としても割のいい仕事だと思っていた。
それから20年。
奴は伯爵家を継ぎ、それに従って仕事は多くなった。だが、組織も大きくなり、俺自身が動くようなことは滅多になくなっていた。
そんなある日、クロトーからある依頼がきた。
「商業地区の東にできた料理屋の主人を脅してください。極力怪我はさせない方向で、私が指示するまで続けてほしいんです」
「面倒な話だな。しかし、伯爵様が料理屋に何の用なんだ? どれだけ繁盛していようが、料理屋からの上がりなんざ大した金でもないだろうに」
「理由は聞かない約束ですよ」と笑うが、その笑みは蛇のようでゾクリとした。
「ああ、そうだったな」
それから細かい話を詰め、幹部の一人に丸投げした。そいつは自分の配下の若い奴を送り出した。脅すだけの仕事にあまり強い奴を出すのは不自然だからだと言っていた。
その日の夜、報告が上がってきた。
「軽く撫でたら慌てて店を閉めましたぜ」
怪我はさせるなと言っておいたが、殴るなとは言っていないから大したことはないのだろう。
その報告を受けた翌日の朝、騒々しい音で目を覚ました。隣には最近男爵家から連れてきた若い女が寝ているが、いきなりドアが開けられる。
「白騎士団だ! 大人しく投降しろ」
煌びやかな鎧をまとった騎士が数人、寝室に乱入してきた。その手には抜身の剣が握られており、真っ赤な血で染められている。
女の「キャー」という悲鳴が響くが、誰も気にしない。
「貴様ら!」と叫び、殴りかかる。
これでも格闘術の極意を持つ“拳聖”だ。
王宮の飾りものである白騎士如きに負ける気はない。
一番近い若い騎士に躍りかかると、そいつは予想していなかったのか、避けることなく、俺の拳を受けて吹き飛んでいく。
その勢いを利用して、横にいる騎士に裏拳を飛ばすが、そいつは冷静に盾で受け止めた。
足が止まった俺の脇腹を剣が掠める。
「可能な限り殺すなという命令だが、抵抗するなら殺しても構わん」
そう言うと、俺の足めがけて剣を突き出してきた。思った以上に鋭い剣筋に避け切れない。更に他の騎士も加わり、俺の身体はズタズタに斬り裂かれていく。
抵抗したが、裸での立ち回りはきつかった。血を流し過ぎて力を失い、最後には盾で殴られて気を失った。
気が付いたらロープでグルグル巻きにされていたが、怪我は治癒魔術で治されていた。
「ようやく気が付いたようだな」と役人らしい優男が声を掛けてきた。
「こんなことをしてただで済むと思うなよ」と凄むが、相手は余裕の表情を崩さない。
「頭が悪そうだから教えてやるが、お前たちを捕えたのは白騎士団だ。つまり、陛下が直々に命じられたということだ。お前のバックにいる者が助けられる状況ではない」
国王が動いたということに衝撃を受けるが、それを顔に出さないようにしてその男を睨みつけておく。
「大人しく話す気はないようだな。やれ!」と俺の死角にいる誰かに指示を出す。
拷問でもされるのかと思ったが、現れたのは黒いローブを纏った魔術師だった。
「暗黒魔術の
なりふり構わず暗黒魔術を使ってくるようだ。
鬼人族は魔術耐性が低いからこれで万事休すだ。
「キタヤマ殿の店を襲ったのはなぜだ?」
「キタヤマ? 誰のことだ?」
「昨日、お前の手下が襲った料理屋の主人だ。なぜクロトーはキタヤマ殿を襲わせたんだ!」
「知らん。知っていても話さん」
意地で抵抗し、ほとんど情報は出さなかった。
「なかなかしぶといな。だが、無駄な抵抗だったな。クロトー伯爵がすべて話してくれたよ」
そう言ってクロトーが漏らした情報を俺に告げていく。
俺と奴しか知らない話が出てきたところで、奴が口を割ったと確信した。それで緊張の糸が切れた。
「どうやら全部真実だったようだな。さて、お前たちの悪行を洗いざらい話してもらうぞ」
その後は聞かれるままに話していった。
すべてを話し終えた後、痛む頭でキタヤマというのは何者なのだという疑問が浮かんだ。しかし、俺には関係ないことだとそのことを忘れて眠ることにした。
どうせ、処刑されるか、奴隷に落とされて使い潰されるだけだ。ゆっくり眠れるのは今だけだから……。
■■■
私デューク・クロトーはすべてを自白した後、夢を見ているのではないかと考えていた。
(何が起きたんだ? 司法局はともかく白騎士団まで動くなんて……これまで一度もなかったことだ……)
まだ暗黒魔術の後遺症が残っているのか、考えがまとまらない。
(私のやり方に間違いはなかったはずだ。王都の裏社会を支配し、治安を守る赤騎士団に影響力を持つ。その力を背景に王都の主要な商会から資金を提供させ、その金を使って宮廷工作をする……ギリギリのラインは超えないように注意していたはずだ。どこで間違えたのだ?)
私の屋敷に司法局の職員と白騎士団の副団長が現れたのは今日の朝。昨日までは司法局すら動くそぶりはなかった。
まして、王宮から滅多に出ない白騎士団が動くなど想像もしていなかったことだ。
(やはりジン・キタヤマに手を出したことが原因か……流れ人の料理人で陛下のお気に入り。だが、それだけのはずだ。たかが料理人を奪おうとしただけでなぜ白騎士団が動く事態になったのだ……)
そして、マッコール商会の前商会長モーリスと会った時のことを思い出した。
(そういえばマッコールはやめておけと言っていたな。あの人物を嵌めるような企てに関わると破滅すると。今思えば、奴はこうなることが分かっていたのだろうな……しかし、どうしても解せぬ……)
今考えるべきことではないと分かっている。考えるべきはこの後のことだ。
(侯爵様に累が及ばないように独断で動くようにしていたが、それだけで大丈夫だろうか……尋問でも侯爵家が無関係であると主張したが……フォーテスキュー侯爵を巻き込むという手もあるが、暗黒魔術で調べられたらすぐにばれる……)
内務卿のナイジェル・ランジー伯爵が再び私の前に現れた。
「いろいろとあくどいことをやっていたようだが、君のお陰でウィスタウィック侯爵は窮地に立たされることになったよ」
「ど、どういうことだ! 閣下には関係ない話だと言ったはずだ!」
回らない頭でそんな話を聞かされ、感情が高ぶる。いつもの自分と違うことを自覚するが、制御できない。
「当たり前のことではないか。君の妻は侯爵の息女。つまり親族なのだ。一族の者が失態を犯せば、当主に責任を取らせることはおかしなことではあるまい。まして、君のような卑劣な人物を重用していたとなれば、関与していなくとも道義的な責任があることは誰の目にも明らかだろう」
ランジーの言う通りで、反論の言葉が出てこない。
「ある意味、君には感謝しているのだ」
「何!」
「今回の件で貴族に対する特権の見直しが行われることになった。その中には侯爵家も当然入る」
「特権の見直しだと……」
「まず城門での荷物の検査とパーソナルカードの提示が必要になることが決まった。他にも定期的に屋敷や領地の査察を受け入れてもらう。今まで高貴な生まれというだけで特権を享受してきた者たちにとっては受け入れがたいことかもしれんが、君という実例があるのだ。この先、同じように犯罪に走る者が出ないようにするためには致し方ない」
国王とランジーは私を出汁に一気に王家に有利になるように持っていくようだ。しかし、私にはそれを止めるすべはない。
「ウィスタウィック侯爵閣下は陛下のお考えに同意しておられる。これで国内の半数以上が賛成したことになるのだ。さすがに侯爵閣下も反対はできなかったようだね」
そう言ってニヤリと笑う。
「君はこの後、ウィスタウィック侯爵家の屋敷で謹慎してもらう。近々陛下の裁定が下るが、それまではある程度の行動の自由は認められる」
これは私に対する嫌がらせだ。
侯爵家の屋敷に入れば針の筵に座るようなものだ。行動の自由があるからといって脱出すれば、侯爵家に迷惑が掛かるから、私自身は逃げることはできない。
「自らの命を絶つこともやめた方がよい。その場合、侯爵閣下が痛くもない腹を探られることになるのだから……」
奴の言う通りだ。
私が命を絶てば、侯爵家が証拠を隠滅したように見える。私は自ら責任を取る方法すら取り上げられてしまったようだ。
「君に人生をめちゃくちゃにされた者たちに比べれば、今回の処置はずいぶん甘いと思うが、陛下のご意向を無視するわけにはいかぬからな」
そう言ってもう一度ニヤリと笑った。奴自身、これが罰になると分かっているのだ。
こんな話をしても時間の無駄だが、一つだけ聞きたいことがあった。
「ジン・キタヤマとは何者なのだ? スキルレベル9の料理人である流れ人だとは知っている。だが、陛下が今までの考えを改めるほどの人物でもあるまい」
「分かっておらぬようだな。彼はこの国を大きく変える可能性を持つ人材なのだよ。20年後になるのか、50年後になるのかは分からぬが、世界一の美食の都という名とともに我が国の輸出品の価値は飛躍的に上がるはずだ。陛下はそれが分かっておられる。その至宝ともいうべき人材を君は不当に拉致しようとしたのだ」
「20年後……失敗するだけだと思うがな」
「君には関係ないことだ。20年後どころか十日先の未来も見ることはできないのだから」
それだけ言うと、ランジーは部屋を出ていった。
その後、ウィスタウィック侯爵家の屋敷に移された。
そこで侯爵閣下と顔を合わせた。
「何ということをしてくれたのだ!」
「申し訳ございません」と頭を下げるしかない。
「儂が隠居して済めばよいが、陛下はそなたの領地を召し上げるつもりでおられる。我がウィスタウィック侯爵家の二割が失われるのだ」
その言葉に更に頭を深く垂れる。
「すべて私の不徳の致すところ……」
「もうよい。下がれ。二度とそなたの顔など見たくない」
私はそのまま軟禁された。
三日後、私は王都のはずれにある刑場に引き立てられ、絞首台に上っていった。
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