第27話「ジン、開店準備をする:後篇」
国王ヘンリーとの謁見を終え、王宮を後にした。
王室の紐付きになることを嫌い、開店資金を断ったが、そのことで国王の機嫌を損ねそうになった。何とか王室が俺の店に融資を行うことで事なきを得たが、もう少し言葉を選べばよかったと反省している。
「寿命が縮むかと思いましたよ」とダスティン・ノードリーがぼやく。
「すみませんでした。ですが、あの場で流されたら、自分の店にならないんじゃないかと焦ってしまって……反省しています」
「まあ、話を聞いていて、ジンさんらしいなとは思いましたけど、これからは事前に相談してくださいね」
彼にしてみれば、俺は文字通り生殺与奪の力を持った相手に逆らった男だ。その巻き添えを食らう可能性は十分にあった。
そうなれば家族にも累が及ぶかもしれず、言いたい気持ちは分からないでもない。
「あとでランジー伯爵様に伝えてもらえませんか」
「何をですか?」
「今回手に入れた食材や調味料を使った料理を、陛下を始めとした王家の方々に振舞いたいと。これで陛下のご機嫌が少しでも直ればいいかなと思いまして」
「それはいいですね! 陛下もジンさんの料理を食べれば、機嫌を直されるでしょう」
王宮を出た後、俺たちは店の候補を見に市内に繰り出す予定で、門で不動産屋を待っていた。
現れた不動産屋の担当者と共に目的地に向かう。
一軒目は王都ブルートンのメインストリート、中央大通りに面した店舗だった。現状では立派なトーレス料理の店が入っている。
「今月中にここを引き払う予定と聞いております。立地的には最もよいのですが、賃貸料が高いことと、内装の改造があまり認められない点がマイナス評価ですね」
外から見た感じではいかにも“フレンチ料理店”という造りで、和食の店という感じではない。また、メインストリートということで絶えずゴーレム馬車が行き来し、賑やかすぎる感じだ。
「ここだと落ち着きませんね。それに私一人でやるには広すぎます」
二軒目に向かうが、中央通りから商業地区である南地区に一本入ったところの路面店だった。
周りは小売店が多く、人通りは多いが、馬車が絶えず走るようなことはなく、下町の雰囲気がある。
「広さはテーブル席が八つと厨房です。ご要望に近い感じだと思うのですが」
「そうですね。ここなら働いている人が多いですから、昼食でも賑わいそうですし、仕事帰りに一杯飲んでいくにもいい場所です。問題は匂いですね」
この近くにスパイスを保管している倉庫が並んでいるらしく、インド料理店の厨房の外のようなスパイシーな香りが漂っている。
三軒目は商業地区の東のはずれで、問屋街と呼ばれる地区にあった。
外観は今までと同じように三階建ての木造の建物だが、表通りと比べて地味で小ぢんまりとした感じだ。
「一階が店舗、二階、三階が住居になっています。二年前までパブをやっていたそうですが、それからずっと空き家だそうです。カウンターとテーブル席ですので、大幅に改造する必要があるかもしれません」
中を見せてもらうと、思ったより広く、パブというよりバーのような感じで、カウンターはそれほど高くない。また、小さいながらも裏庭が付いている。
「どの程度手を加えてもいいのでしょうか?」
「内装は好きなようにしていただいて構いません。二年間も放置されていますし、なかなか借り手が見つからないところなので」
家賃も比較的安く、物件としては悪くない。
問題は人通りの少なさだ。そのことを確認すると、
「この辺りは問屋街ですから、小売りの店が集まっているところほど一般の人は来ません。ですが、働いている人はそれなりにいますし、北の平民街からもそれほど遠くないですから、あまり心配される必要はないのではないでしょうか」
落ち着いた雰囲気もあるし、内装もある程度自由が利くため、この場所を第一候補とすることにした。
その夜、ダスティンたちと食事会を行った。
彼らの家族を集めたため、結構な人数になったが、立食形式にしたため問題なく行えた。
その翌日は不動産会社と細かい契約内容の打ち合わせを行った。
内務省の肝いりということで、家賃は格安にしてもらえ、内装業者の手配もスムーズに済んだ。
その後、内装業者と什器関係の業者とも打ち合わせを行っている。
内装は和食屋らしいものにしたかったため、スマートフォンやタブレットに入っている前の店の写真を見せ、細かいところもいろいろと注文を付けている。
カウンターは樫の木の一枚板とし、テーブルや椅子もそれに合わせた木目を生かしたものにしている。
食器類は和風のものが見つからなかったので、和食に合いそうなシンプルなものを選んでいる。
調理器具だが、これは調査旅行の前に発注済みで、魔導コンロや鍋などは既に手元にある。
十二月九日。
王宮で今回の調査で手に入れた食材を使った料理を振舞った。
今回は完全な和食のコースで、国王も満足してくれ、前回の不機嫌さは完全に消えた。
特に好評だったのが、手に入れた酒粕を使った鯛の粕漬を焼いたものだ。
ヴェンノヴィア醸造で純米大吟醸の酒粕を大量に手に入れており、それに白味噌と味醂、酒で味を調え、塩を振って一晩陰干しした鯛の切り身を漬けておいた。
それを炭火で焼いたものを出したのだが、トーレス料理にはない独特の甘い焼き魚に国王は最初驚いていた。
「この香りと甘みは余の好みである! 鯛の持つ旨みが凝縮された感じが非常に美味。キタヤマ殿、これは他の魚にも使えるのかな?」
「はい。少し手を加える必要はありますが、ほとんどの魚に使える手法です。魚だけではなく、鶏肉にも使えますし、味噌を変えるなどの手を加えれば豚や牛でも使えます」
「それはよい! 余はこれがとても気に入った。また、別の素材で作ってくれぬか」
他にも出汁を利かせた“蕪蒸し”も好評だった。
国王は熱々の蕪蒸しをスプーンで掬って食べ、その香りに驚いていた。
「これはとても優しい味だな……ん? この香りがキタヤマ殿の言う本物の“ダシ”の香りということか……初めて貴殿の料理を食した際、ダシが不満だと言っておったが、今なら分かる気がする」
「出汁は和食の命ともいえるものなのです。出汁が上手く取れるようになったら一人前の料理人になったと言っていいほどです。と申しましても、私自身、まだまだ満足できる出汁はなかなか取れませんが」
酒についても“オールド・ノウチ”の純米大吟醸の生酒や、ガウアー酒造場のノローボウの純米吟醸の生酒を出し、絶賛された。
「以前より飲んでいるブラックドラゴンもよいが、このサケの方が香りとコクがある。酸味とのバランスもよいし、セオールの白ワインとは違う美味さがあった」
「アレミア帝国の内乱でいつ届くかは分かりませんが、ブラックドラゴンの搾り立ても送ってもらえることになっております。入手出来次第、陛下に飲んでいただきたいと考えております」
「何と! あのブラックドラゴンの搾り立てが手に入るのか! 是非とも味わわせてほしい!」
そんな感じで、国王も満足していたが、突然「先日のことは謝罪する」といって頭を下げる。
慌てて止めようとしたが、それを手を上げて押しとどめ、
「キタヤマ殿が何を気にしておるのか分かった気がしたのだ。余は王室の発展のために、貴殿の料理を利用しようとした。それを感じて断ったのだと」
「いえ……」
「これほどの料理を独占するのは世界の損失だ。キタヤマ殿に枷を嵌めるようなことは今後一切せぬと約束しよう」
俺が金を受け取らなかったことに対するわだかまりは消えたようだ。
国王との関係を修繕できたため、融資についてランジー伯と打ち合わせを行った。
「キタヤマ殿の希望する金額を用立てようと考えております。金利は年2パーセント。返済期限もキタヤマ殿の希望通りで結構です」
金利2パーセントはこの世界ではあり得ないほど安い。
事前にその金利になることは聞いていたので驚きはないが、ダスティンから聞いた市中の金貸しの金利は月に5パーセントだ。年利に換算すると80パーセントになる。
これは悪質な高利貸しではなく、一般的な数字らしい。
「では、10万ソルをお借りしたいと思います。返済についてですが、一年目は免除いただき、二年目より月々500ソルを返済していくことでお願いしたいと思います」
10万ソルは日本円で1千万円に相当する。月々5万円の返済なら20年強で返済できる。これは事前にタブレットの計算ソフトで計算して確認している。
「加えまして、今使わせていただいております、大型の
大型のマジックバッグは200万ソル、2億円相当の品だ。それのレンタル料は月に100万円では足りないだろう。
マジックバッグの耐用年数は分からないが、1千万円相当の小型のマジックバッグなら、耐用年数を10年だと考えると、月々10万円でも年4パーセントくらいの利益が出るから、大きな損失にはならないはずだ。
「あのマジックバッグの所有権は貴殿にあります。これは陛下より下賜されたもの故、賃貸料は不要ですよ」
「あれほど高価な品を無償でいただくわけにはいきません」
そこで伯爵は難しい顔になる。
「小型のものでは容量が足りないのではありませんかな? 大型のものを無償貸与という形でもよいと考えるのですが」
小型のマジックバッグの容量は1立方メートルほど。業務用の冷蔵庫と考えるなら、割と大型のものになる。
「容量は充分に足ります。それに無償では優遇されすぎだと思います。一般のレストランではマジックバッグを使えないところが多いと聞いていますので」
そこで同席していたダスティンが話に加わってきた。
「こうしてはいかがでしょうか? 王室御用達となるオーデッツ商会に大型マジックバッグを無償で貸与いたします。そのマジックバッグは宮廷で使う素材や酒などを保管するのですが、ある程度余裕を持って購入させておき、それを適正な価格で販売させるのです。もちろん、相手はキタヤマ殿だけでなく、他の料理人も買えるようにすれば、不公平ということはないのではありませんか」
理屈は分からないでもないが、今度はチャーリーのオーデッツ商会が有利になり過ぎる。しかし、これはチャーリーが決めることだし、御用商人が優遇されること自体は別段おかしな話ではないので、商売敵であるマッコール商会以外、クレームを付けることはないだろう。
「それがよい。これは王家とオーデッツ商会との間のことゆえ、キタヤマ殿には関わりのないこと。小型のマジックバッグの貸与だが、月1千ソルは高すぎる。
俺が答えようとする前にダスティンが再び割り込んできた。
「無償ではキタヤマ殿も納得されないでしょう。ですので、宮廷料理人たちへの指導料とされてはいかがでしょうか? 店を開けば、キタヤマ殿も忙しくなり王宮に足が遠のく可能性があります。しかし、指導料と決めておけば、王宮で指導せざるを得ませんので、王家にもメリットはございます」
「それは良い案だ」とダスティンを褒めると、俺に向かって話し始める。
「元々負担にならない範囲で料理人たちへの指導は頼みたいと思っておりました。月に何度か指導していただくということでいかがですかな」
俺としても願ってもないことだが、今のように気が向いた時に指導を行うわけにはいかなくなる。
そこでダスティンが提案してきた。
「月に5時間と決めてはどうでしょうか? 月1千ソルなら1時間当たり200ソル。キタヤマ殿ほどの腕の方の指導料としては格安ですから、王家としても十分なメリットがあります」
安いかどうかは分からないが、30人ほどの料理教室の講師と考えるなら、1時間2万円はそれほど違和感のある金額ではない。
了解したと言おうとしたが、ダスティンが更に話を進めていく。
「いや、それでは安すぎますな。この際ですから、マジックバッグも中型の物を借りられてはいかがでしょうかな」
「それがよい」と伯爵がポンと手を打つ。
何となく断りづらい状況になり、「分かりました。それでお受けいたします」と言うしかなかった。
こうして王室からの融資額が決まった。
ダスティンと共に伯爵の執務室を出ていく。
「事前に考えていましたね」と聞くと、ニヤリと笑い、
「ジンさんが断ることは想定していました。ですが、私の提案は合理的でしたのでは?」
「確かに。私としても店の賃貸料にマジックバッグの賃貸料まで加わったら、結構厳しいと思っていましたから助かりました」
「ジンさんはお気づきではないかと思いますけど、これで宮廷料理人たちに教え続けないといけなくなりました」
マジックバッグを返却すれば義務はなくなるはずだ。理由が分からず、「どうしてですか?」と疑問を口にする。
「マジックバッグを返却するということは王家と手を切ると宣言するに等しいんですよ。ジンさんにそれができますか?」
「なるほど……」と納得した。
王家としては俺とのつながりを持ち続けたいと考えている。その一つの象徴が貸したマジックバッグだ。これがあることにより、宮廷料理人たちに料理を教えるという義務が生じるが、返却するということは宮廷料理人たちに料理を教えることをしないと宣言するように見える。
「恐らく、今回のことで陛下はお喜びになるでしょう。役人としては陛下の覚えがめでたくなるのでいいことなのですが、友人としてはジンさんの気持ちを踏みにじったようで複雑な気持ちです」
そう言って表情を暗くする。
これまでの十ヶ月で気心が知れているので、彼が本当に複雑な思いをしていることはよく分かった。
「気にしないでください。王家が私に不利なことをしてこない限り、この国から出ていくつもりはないんですから」
そう言って彼の肩を軽く叩き、
「では、ライバル店の偵察にでもいきますか」
そう言って王宮を後にした。
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