リモート正義執行

Suzunu

リモート正義執行


 「八方ふさがりなんだ」


 それが、恋愛について語るときの僕の口癖。僕は稲荷山 俊(いなりやま すぐる)。光が丘大学に通う4年生だ。僕はこの大学で、それなりに満たされた大学生活を送った。酒は毎日飲んだし、友達も沢山出来た。何とか留年せず卒業も出来そうだ。でも汚点が一つある。彼女が出来なかった事だ。どういうことかというと、出会いが無いのだ。いや、女子の友達はいる。でも恋愛が怖い。

 僕がどうして恋愛が出来ないかは論理的に説明することができる。とりあえず恋愛に求めている事は二つある。一つは人間関係のしがらみがない事。二つ目は相手とは深く理解しあっている事だ。


 まずは人間関係について説明しよう。僕はサークルを幾つか掛け持ちしたが、サークル内の恋愛関係を見ていると、全部爆発して人間関係が狂ってしまっている。例えば軽音部では、僕以外全員が部内でデキていた。人間関係相関図で人間同士を結んでいくと、僕だけが逆に目立つ状態だ。あだ名は”栄光ある孤立”。

 テニサーも似たようなもんだ。何回目かの飲み会で、過去あった恋愛関係とその結果を聞いたら、とてもじゃないが彼女を探す気にはならなかった。しょっちゅう誰かがイチャイチャしている事以外は居心地がいい場所だったが、痴話げんかで紛争状態になり、爆発してメンバーが何回か居なくなった。

 恋愛で仲間が去っていくことに疲れ、男だけのコミュニティで過ごしたくて入ったハカ部も、マネージャーを取り合って怒号を飛ばし合う所を見て辞めてしまった。まあ真面目に活動してる所は違うのかもしれないが、それはそれで僕の肌に合わない。


 二つ目は相手と深く理解し合いたい、だが、これに関しては言い訳に近い。彼女が欲しい、でも同じコミュニティで恋愛はしたくないとなったら、後は出会い系サイトに頼るしかない。でも出会い系で会った人とは全く話が通じなかった。同じ日本語を喋っていたけど、文化が違いすぎて何も盛り上がらなかった。というか、初対面でグイグイ行くのはしんどい。だからある程度は知り合った間柄が良いのだ。



 4年生なのでゼミもはじまった。地域文化研究をしている大山研究室だ。大山先生は初老の、とても優しい人で、光が丘を愛している。この研究室はゆるい事で有名で、ゼミ生は12人もいる。内女子は7人だ。彼女を作るとしたら最後のチャンスかもしれない。でも、ここで彼女が出来ても、分かれてギスギスしたら嫌だと思う。前から気になっていた「光が丘における所得とテレビアンテナ設置率の関係」について調べるべく、聞き込み調査をしようとしたのだが、大山教授に却下された。だから、教授の提案で、「現代光が丘論」をやることになった。光が丘を光が丘たらしめる「光が丘的」なものは何かについて、研究することになった。


 という訳でどうしようかと考えていた時に例のパンデミックがやってきた。コミュニティは分断され、僕は家でひたすら「ドラゴンハンターワールド」をやっている。卒論は絶望的だ。地域文化を聞き込み調査して良い感じにまとめれば卒業できる予定だったのだが、コロナウイルスが怖くて家から出られない。二週に一遍、オンラインでゼミをするが、出られないのに進捗が生れるはずもない。「何とかならないすかねー」とゼミ生が言って、教授が苦笑いした。


 大山教授が今のうちにやるべき事を提案してくれた。出られないのは仕方ないので、今までの文献を読んで、別のアプローチでまとめて卒業論文とする方向性でまとまった。ゼミ生たちはだるそうに返事をする。OBOGも含めたゼミ生だけのグループLINE「大山ゼミ対策本部」があるので、他のゼミ生の人となりや、大山先生の攻略法は知っている。誰も真面目にはやらないだろう。腐ってるとは思うが、僕も郷に入れば郷に従うタイプだ。次のゼミまでに、文献調査が出来なかった理由を考えてこなければならない。


 

 ゼミ生の女子の一人と仲良くなった。土支田さんという。笑いの沸点が低いので、とりとめもない冗談にもよく笑ってくれる。ラーメンが食べたいねという話になって、二人でこっそり大学近くのラーメン屋に食べに行った。あんまり外出は出来ないが、息抜きは必要だ。7月位の事だった。僕が味玉付き味噌ラーメンを頼んだら、土支田さんも同じのを頼んだ。


「土支田さんも味噌ラーメンが好きなの?」

「あー、何でも好きだけどここは味噌かなー」

「わかる。ここの味噌ラーメンメッチャおいしいよねー」


そんなことを言っていたら大将もニッコリしていた。


 ラーメン屋ではあまり喋れなかったので、喫茶店に入った。夕方でも蒸し暑い季節だが、寄った喫茶店はクーラーをガンガン付けながら喚起もしていたので快適だった。コーヒーを頼んで一息つく。


「最近外出れないから人と会えなくて詰まらんわー」と土支田さん

「わかるー」と返す。僕はゲームという趣味があるので理解度は70%位だが、とりあえず同意しておく。

「稲荷山君はこの夏休み何して過ごしてるの?」

「あー、まあ大体ゲームかなー。ドラゴンハンターって知ってる?」

「あー名前だけは聞いたことある。ドラゴン狩るやつだよね」

「そう、一日何回かクエストを回さないといけないんだ。ガチャが引けるからね。大事

な仕事だ」

「もはやライフワークだね」と土支田さんはニヤッと笑ってコーヒーを飲んだが、ちょっと元気が無かった。

「どうしたの?疲れた?」そういうと土支田さんは軽くため息をついた。

「私はまだ毎日ES書いてるよー、あー面倒くさい。あ、面倒くさいと言えば〇〇社受けたんだけどさー……」


 僕は家業を継いで地元の小さな会社に就職したが、土支田さんは高みを目指していてまだ頑張っている。真面目に就活していない僕なんかが相談に乗れる事はあまりないが、とりあえず1時間ほど彼女の就活の悩みを聞いた。その内、段々恋愛の悩みについての話に変わった。最近彼氏の浮気に気付いたらしい。


「……でね、こう言ってやったんだ。「お前みたいな卑劣な野郎は地獄に落ちろ」ってね」

「中々戦闘力高い発言だね、彼氏も流石に応えだろうね」

「それがね、ごめんとは言うんだけど、前の時と同じ謝り方のパターンだったから、イライラして思わず別れちゃった」

「あっ一回目じゃなかったんすね……」

「もう最悪だわ、どっかに良い出会いないかなー。いなり君は彼女いるんだっけ」


 同情しつつも、傍観者として話を楽しんでいたが、いきなり考えなければならない問が来た。土支田さんは可愛いが、同じコミュニティだから付き合うのはちょっと気が進まなかった。


「彼女欲しいんだけどねー。サークルでゴタゴタした経験で同じコミュニティだとちょっと嫌なんだよなー」

「へー、どんな事があったの?」


大学の中で何十回と話したサークルの恋愛話を披露し、恋愛観についても喋った。


「えー大変だねー、でも出会い系サイトに関しては情報渋りすぎてミスってる感あるなー。あれ、個人情報ちゃんと登録すれば同じ大学の人とか候補に出てくるよ。多分話も合うと思う」

「へー、そうなんだー」

「私peersに登録してるけど、知り合いが結構出てくるよ、顔本で繋がってない人で、物理的に近くにいる人が出てくるらしいね。いなり君もやってみてよー。いいねしてあげるよ」

「男は金かかるんだよなー」

「登録したら紹介文添削してあげるよ、文章は日々鍛えてるからね」

「おう、頼もしいな。じゃあそのうちな」

「えー今すぐ登録しろよー」

「だっる、てかもう終電近いじゃん。良い子は帰る時間だわ」


 そんなこんなで解散した。結構仲良くなれた気がする。その日は少し幸せな気持ちで眠れた。次の日、前日の事を思い出してみると、改めて土支田さんが就活で悩んでいるのが可愛そうになった。何か息抜きさせて上げられればいいんだが……。そこで、最近はやっているゲームを思い出した「drop guys」というゲームだ。最大60人で遊べるオンラインパーティゲームで、大勢の参加者が最後の一人になるまで競い合うというアクションゲームだ。可愛い外見で、敷居も高くないので、ゲームをあまりやらない土支田さんにも息抜きになるかもしれない。というか、自分がやりたいけど一人で始めるのはちょっとという感じだ。

 というわけで土支田さんに就活および研究の応援と称してdrop guysを送りつけた。ネットで通話しながら一緒にやった。60人の着ぐるみを被ったキャラクター達が一斉にゴールを目指して駆け出していく。音楽も軽快でポップだ。土支田さんも気に入ってくれたようだ。その日は2時間位一緒にプレイした。


「いなり君、ありがとう。私に必要なのは息抜きだったみたい」

「いいよ、少しでも元気になってくれて良かった」

「良い人が同じゼミで良かったわ、就活終わったら何か奢るね」

「回らない寿司が良いっす」

「オッケー!drop guysで寿司の衣装送ってあげるね」

「あっはい、とってもうれしいっす」


という訳で、僕たちは暇なときにdrop guysで遊ぶ仲になった。ただ、問題が生じた。


「おかしくない?飛ぶコマンドとかあるの?」と土支田さんが言った。

「いや、走る、ジャンプ、人を掴むしかないはずだよ」

「あの人飛んでんだけど」


上を見ると空き缶のスキンのキャラが空を飛んでいて、スタート直後にゴールにたどり着いた。


「あちゃーアレはチーターだね」

「えーそんなのいるの、ズルいわ」

「こういうゲームでチーターいると萎えるよね、別のゲームする?」

「いや、このシーズンが終わるまでにレベルMAXにならないと」土支田さんはかなりハマってくれたようだ。就活は大丈夫だろうか……。


 このゲームには大きな欠陥がある。マッチすると、60名でレース等のゲームをし、半分ほどが残る。次のゲームでも半分が残り…という風にして人数が少なくなっていくが、最後に10人程残った時、最後に1人が勝ち残る最終ラウンドがあるのだ。このシステムでは、1人チーターが居たら、毎回チーターが優勝してしまう。


「#2204許さん」15人ほど残ったゲームで土支田さんが言った。スクリーンに表示された画像と対応するタイルに走るという、覚えゲーのステージだ。ハチのスキンをしたチーター#2204が、間違ったタイルの上に乗っていた。間違っているタイルは消えてしまうのだが、彼は空中浮遊をして正しいタイルに走りこんだのだという。

「あいつ潰そうぜ」と土支田さん。このゲームを始めてから何かキャラが変わってきている気がする。ゲームは人を狂わせるのかもしれない。だが、僕もチートを黙って見ているのも癪だ。

「OK」


 次の最終ラウンド、オーソドックスなレースステージで、最初にゴールした人が勝ち残りだ。僕らの操作するキャラは開幕と同時にハチのスキンの#2204に二人で掴みかかった。そうすると、周りにもチーターに気付いていた人がいたらしく。キャラクターが群がって団子状になった。


「うおおおおおお」

「落ちろおおおおお」


 僕らは#2204をステージ端の崖っぷちまで追い詰め、奈落に飛び込んだ。


「やったか?」


#2204は団子状になったキャラを振り払い、浮き上がった。高速でゴールを目指す。このゲームはやられるとデスカメラで人のプレイが見える。先に走り出していたキャラがゴールしそうだ。#2204は矢のように飛んで行って追い上げる。一瞬一位を追い抜かしたが、彼は壁に激突して一瞬止まった。そして、先に走り出した人がゲームに勝利した。僕らは画面越しにハイタッチした。



 それから一ヶ月ほど経った。チーターは相変わらずいるが、土支田さんは何とかレベルMAXになったらしい。僕はドラゴンハンターで忙しいが、嬉しそうな彼女を見るのは幸せだ。


「あいつBANされたらしいよー」と土支田さんが言う。

「マジ?見せて」彼女のPCを見ると、確かに「#2204はBANされました。チート対策のご協力ありがとうございます!」という運営からのメッセージが画面に映っていた。


僕らはハイタッチした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リモート正義執行 Suzunu @Suzunu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ