第5話 現在
頬に伝った汗でハッと我にかえる。
出会いのあの日を思い出し、過去の記憶に耽ってしまっていた。
ゴミ袋を投げ捨てて部屋に戻った。
突き刺すような暑さが一瞬で喉をカラカラにしていたので、もう一度生ぬるい水道水を飲み干した。
ベッドに腰を下ろそうとした瞬間、けたたましくアラームの音が鳴る。
-通院日-
そうスマホが知らせてくれた。
「ああ…こんな暑い日に…」
深いため息をつき、出かける支度をする。
「イヤホン…よし」
診察券よりも大切なイヤホンを鞄に入れ、また重い扉を開け病院を向かう。
僕は社会不適合者だ。
国民の義務の労働を放棄し、精神を病み、精神科にかかっている。
そんな会社がおかしいと人は言ったが、そんな事はない…僕が間違っていたんだ。
やり直せるチャンスは何度もあった。砂のようにサラサラとじわじわとこぼれ落ちていくチャンス。
ただ見てるだけではなく、その砂を飲み込み体の一部にするべきだったんだ。だけど異物を飲み込む事はできなかった。
体も心も言う事を聞かず、会社に向かう事ができなくなっていた。
それからは僕は部屋に篭っている。
この部屋と病院とコンビニ以外、僕の居場所はない。
病院に向かう為に駅の改札口を通る。
いつもの事だが、心臓がうるさい。
荒くなる呼吸…慎重に口ではなく鼻で息をしていく。
震える手でイヤホンを差し込み、音楽で気を紛らしながらいつもの電車に乗り込む。
感情を無にしたまま、電車を降り、病院に着き受付を済ませ、いつもの隅の椅子に座る。
「35番でお待ちの黒崎真白(くろさきましろ)さーん」
なぜフルネームで呼ぶか毎度理解に苦しむが
「はい、黒崎です」
いつものトーンで答えた。
「診察室の前の椅子でお待ちください」
「はい」
さて…ここから長い。前の患者の話が長いと必然的に待たされるのだ。
「しかしギャグみたいな名前だよな…」
自分の名前を呼ばれると、いつも考え込んでしまう。
同じような境遇の人は読めるだけマシと言っていたが。
「白黒オセロな上に、まっしろな女の子って…」
いつものようにこの椅子でうなだれる。
「名付けたやつ呪ってやる…」
周りに人がいない事をいい事に、ぶつくさと診察まで独り言を小声で続けた。
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