【8月30日】姉妹背反
王生らてぃ
本文
わたしたちは、ずっと、お互いにないものを求め合っていたのだ。
長い癖のない髪。
矯正のいらない眼。
よく通る声。
女性らしい体つき。
利口な頭。
良い性格。
いくら求めても、いくら欲しても、努力しても、願っても、限界はある。なんど思ったことだろう。
「わたしがあなただったらよかったのに」
「あなたがわたしだったらよかったのに」
血を分けた姉妹でも、こんなに違う。
「あなたが妹だったら」
「わたしがお姉ちゃんだったら」
どんなに幸せだったか。
それでもお互いに鬱屈とした気持ちを抱え、その齟齬に悩んだ。きっとわたしたちは、どこかで間違えてしまったのだ。自我や意識のはっきりするまえ、まだ人の形を成す前に。どこかで間違えたのだ。なにかを。
妹は背が高かった。
顔立ちは大人びて、周囲の同い年の子たちと並ぶと、まるで上級生、ともすれば親子にも見えてしまうほど。
それでも、無邪気で、闊達で、溌剌としていた。そんな彼女が羨ましかった。
お姉ちゃんはまるで子どもみたいだ。
背も小さく、体つきも子どもっぽい。短い髪はクセが強く、内側に向かって渦を巻くよう。
引っ込み思案で、はにかみやで、静かに教室の片隅で本を読んでいるような、女の子らしい女の子。
わたしもそんなふうになりたかった。
周囲から求められていた。
大人っぽさを。
子どもらしさを。
そんな風に感じていた。
お互いがもしも逆だったら。わたしが妹で、わたしがお姉ちゃんだったら。どんなに都合がよくて、幸せなのだろう。
ある日わたしたちは決心した。
お互いに無い物を求めるのはやめよう。途中まで書いた都合の悪い台本は捨てて、一から書き直そうと。
「わたしが先でいいよ」
妹の方が言った。
だけど、彼女は震えていた。
わたしだってそうだ。震えている。
「わたしが先」
お姉ちゃんはわたしに包丁を押し付けた。いちおう水道水で洗った、まだ水滴のきらめいている包丁。
「わたしはね、お姉ちゃんだから、最後はお姉ちゃんらしいことをさせて」
「でも……」
「心配しないで、あなたも後から一緒に来てくれるんでしょ。わたし平気だよ」
手をぐいと引き寄せて、妹の手に握られた包丁のきっさきをわたしの胸にめり込ませた。心臓がどくどく脈打つのが、わたしの手にも響いてきた。お姉ちゃんは泣きそうになっていた。
「つぎも……あなたのお姉ちゃんだったらいいな。今度はちゃんと、お姉ちゃんらしいお姉ちゃんになりたい。背が高くて、スタイルも良くて、元気で……妹想いで……」
わたしはひと想いに、お姉ちゃんの心臓に向かって包丁を突き立てた。うまく肋骨の間をすり抜けて、激しく振動する心臓に歯が滑り込んだのを感じた。
わたしの意識が遠のいていく。
痛い。熱い。それよりも、致命。なにか大事なものを、取り返しのつかないところに持っていかれた違和感。
「だいすき。あいしてる」
お姉ちゃんは事切れた。
血がそこら中にだらだら流れていく。お姉ちゃんだった小さな体は、人形みたいに白くなっていく。
違う。
これは妹だ。
こんなに小さいのが、わたしの姉なわけがない。お姉ちゃんはこんな風じゃない。これはお姉ちゃんじゃないんだ。
そうだ、お姉ちゃんはわたしだ。
こっちが妹だ。いま目の前で、自分の手で包丁を心臓に突き立てて死んだ妹。なんてばかなことをしたんだろう。わたしはお姉ちゃんなんだから、妹のばかを止めるべきだったのにできなかった。なぜ?
わたしはお姉ちゃんらしい完璧な要素を備えていた。長くて真っ直ぐな髪、闊達な性格、高い身長とめりはりのある大人っぽい体つき。うん、めのまえのこのちんちくりんな癖っ毛な子のほうが妹なんだ。そうだそうに決まっているんだ。じゃあなんで妹は目の前で死んでいるのだろう、自ら命を絶ったのだろう。
「救急車、呼ばなくちゃ……」
流れた血がそこら中に広がり、やがてわたしの手や服を濡らした。
血。
妹の血だ。わたしはそれの匂いをかいで、それから少しだけ舐めてみた。
「まず……」
それから携帯で119番にかけた。
もう妹に会えないという悲しみはなかった。妹はわたしだったのだから、え? なに言ってるんだ、わたしはお姉ちゃんで、つまりお姉ちゃんにはもう会えなくて……うん? わたし混乱している。死んだ人を目の前で見たのなんて初めてだからきっと気が動転しているんだ、そうに決まっている。妹のあなたを守ってあげられなかった、どうしてこんなばかなことをするまえに、お姉ちゃんに相談してくれなかったの? わたしはもうお姉ちゃんじゃない。下のきょうだいがいないからだ。
お姉ちゃん。
わたしが。
【8月30日】姉妹背反 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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