腐乱系コンフィメーション

十手

1.1

 セカイの終末は、まず初めに美しさを奪った。

 きっかけなんか私にはわからない。きっと誰にもわからない。だって未だにどんなに偉い学者さんだって、最先端の研究者さんだって、名前を付けるのが精いっぱいだったのだから。

 活動腐敗性細菌急感染症。本当はもっと専門的な名前らしいけど、テレビなんかじゃそう呼ばれている。でも私たちはそんな小難しいのよりも、もっとわかりやすい名前を持っている。ゾンビ病、だ。

 初めてそれを聞いた時、私は思わず笑ってしまった。だって丁度そんな映画を恵莉と二人で観に行った日だったから。ハリウッドが何億ドルかけた、とか有名俳優のなんとかが出る、だとかのCMに二人して騙されて、千円も払ってゾンビが元気いっぱいに走り回るびみょーな出来の映画を見たんだった。

 それでも帰り道は曲がり角の度に何か飛び出して来ないかびくびくしてたし、二人で真面目くさった顔でパンデミックが起きたらどこに隠れるか、なんてことを話し合ったのだ。そして結局、その予習は役に立つことはなかった。

 終わりの直前は、きっと映画みたいに大混乱だと思ってた。みんな慌てふためいて、暴動だとか、自暴自棄だとか、フタの隙間から噴き出る熱湯のあぶくのように、感情のタガが外れちゃうんだと。だって映画だとそんな感じでしょ?

 でも本当は違った。人間は本当に怖くなると動けなくなるんだ。みんな家から足一歩でも出られなくなった。どうせ助からないのはわかっているのに、家にいたら日常は崩れないと確信して。人類に残された最後の希望は見ないフリだったんだ。

 そんなの、私にはつまらなかった。

 だから、恵理と一緒に逃げ出したんだ。

 その死体のように不気味な日常から。

 誰もいない町に踏み出した時、彼女と手を繋いで歩き出した時、私は「生きてる」って感じたんだ。映画のセットみたいに作り物くさくなった私たちの町で、私と恵莉はきっと女優だった。

 最後の主演は私たちだ。だってみんなは逃げまどう民衆の役すら演じきれないんだもの。

 私たちはこの終末を駆け抜ける。走る死体よりも速く。

 映画のジャンルは、そう……。


「由羽、そこにいる……?」


 暗がりから声がして、私は物思いから帰ってきた。

 私は重い体を引きずって、彼女に近づく。私が返事をする前に物音でわかったのか、恵理は囁くような笑い声を漏らした。こんな暗闇でも、彼女の綺麗な笑顔はよく見える。

「なんか、楽しいこと考えてたでしょ?」

「うん、よくわかったね」

「だって由羽のことだもん。……聞かせて?」

 私は湿った壁に背中を預け、静かに目を閉じた。

 さぁ、彼女にはどこまで話すべきだろうか。


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