第16話 赤坂と俺(+宮町)

「千尋ちゃん、ちょっと放課後、良い?」


 休み時間にいつも通りネットサーフィンをしていた俺は、突然の誘いにスマホを落としそうになった。


「へ?」


 机に突っ伏した姿勢から声の方を見上げると、そこには赤坂が立っている。まぁ、俺を「千尋ちゃん」と呼び、しかも放課後に声を掛けてくるような奴なんて、赤坂以外居ないだろう。


「ほら、例の件でさ。今日って授業が午前だけじゃん? 丁度良いかなって思って」


 赤坂は「察してくれ」と言わんばかりにウインクをしてみせる。まぁ、意図は通じた。小夜ちゃんの話を聞きたいということなのだろう。それにしても、いちいち仕草が芝居がかった奴である。


「もしかして、予定ある?」


 俺の返事が遅いので、赤坂が質問してくる。何だか意外そうな表情だ。いや、友達があまり居ないからって、予定が無いとは限らないんだぞ赤坂よ。事前に取り決めておけば、ゲームも読書も立派な予定だ。


 とはいえ、今日の俺にはあらゆる意味を含めて特に予定らしい予定は無かった。


「いや、大丈夫だ」


「別に断ってくれても良いんだからな。宮町さんとの予定だったら、全然……」


「大丈夫だ」


 いよいよ赤坂の宮町推しが激しくなってきた。

 俺と宮町にくっついて欲しい赤坂の心情は理解できるが、あまりにしつこい。人は恋をするとこうも必死になるものなのか。


 まぁ、俺と小夜ちゃんの仲を疑うのは、事情からすれば当然だ。仕方ないと言えば、仕方ない。火のない所に煙は立たぬ。「俺と小夜ちゃんが結婚の約束をした」という事実は確かにあるのだから、身から出た錆と言うべきだろう。


「それじゃあ、どっか行こうぜ。今日は午前授業で部活もオフだから、放課後自由なんだ。ゆっくり話せるところってなると……」


 口元に手を当て考え込む赤坂。


 ただ学校のどこかで話すだけだとばかり思っていたが、思わぬところに話が飛んでしまった。これが陽キャか……。


「千尋ちゃんって、運動嫌い?」


 すると、突然赤坂は妙なことを聞いてきた。


「別に、嫌いじゃないけど」


「なら、あそこで良いか。それじゃ、あと放課後な」


 一人で何やら納得して、赤坂は行ってしまう。え、何? 俺たちは放課後に運動しに行くの?

 部活が休みなのに運動をしに行くとはこれ如何に。まぁ、俺もそういう経験が無い訳ではないから、一概に否定はできないが。


 それに、赤坂は多分、部活にしろ何にしろ、ちゃんと自分がやりたいからやるタイプだろう。それならば、何も問題は無いはずだ。






 放課後。


 普段なら即帰路につくところだが、俺は廊下に立って赤坂を待った。赤坂は今週、階段掃除の当番だったのだ。

 手持ち無沙汰なのでスマホを弄っていたら、肩をとんとんと叩かれる。


「ちぃ先輩、こんなところで奇遇ですね」


「……何で二年の廊下に居るんだ?」


 話しかけてきたのは、宮町だった。奇遇だとか言っているが、通常一年生が二年の教室前を偶然通るなんてことはありえない。


「いえ、またどうせ先輩は暇なんだろうなぁ、と思って、来ちゃいました。えへへ」


 あざとい笑い方をしてくる宮町。彼女のクリーム色のカーディガンが、午後の日差しで一層明るい。


「悪いけど、先約が居るから今日は無理だ」


 わざとぼかすようなことを言ってみる。どうせ暇なんだろうと言われたことへのちょっとした抵抗だ。あとは、単に宮町がどんな顔をするか興味があった。


「……」


 宮町はじっと俺の顔を観察し始める。正面から詰め寄られたので、必然こちらも視界に宮町の整った顔しか入らない。


「もしかして、あの幼馴染さんですか」


 宮町は真顔で、そう聞いてきた。多分、他に俺を誘う人間が思い浮かばなかったのだろう。


「いや……」


 先約は赤坂だ、と言おうとして、俺は口をつぐむ。俺と赤坂が一緒に遊びに行くなんて、両方の知り合いである宮町からすれば信じられないことだろう。


 その原因はそれこそ俺の幼馴染である小夜ちゃんにあるのだが、赤坂の同意も無しにそのことを宮町に伝えるのは良くない。


「何ですかその怪しい態度は……」


 宮町の視線が訝しげなものに変わっていく。何も悪いことをしていないはずなの

に、背中から変な汗が出てくる。カースト上位な人から睨まれると無条件で怖くなるのは何でなんだろうか。


「あれ、二人ともどうしたん?」


 すると、丁度良いタイミングで赤坂が掃除から戻ってくる。彼は明るい色の髪をかき上げて、首を傾げた。


「仲良しなので、お話をしていました」


 俺の肩に手をぽんと置き、宮町はどうどうと言い放つ。手からは、妙に温かい彼女の体温がじんわりと伝わってきた。


「へぇ、お似合いだねぇ、お二人さん」


 普段にも増してわざとらしい調子で、にやりと笑う赤坂。


「……お似合いだそうですよ」


 宮町がこちらを横目で見てくる。何だその視線は。一体俺にどんな反応を期待しているんだ。

 多分、俺が困ると宮町は面白がりそうなので、なるべくそういった表情を出さないようにした。


「まぁとにかく、宮町。そういうことだから、今日は……」


 何とか話を戻して宮町と別れる方向にいこうとする。しかし、宮町は突然赤坂の方へ歩き出してしまった。


「ゴミ付いてますよ」


 宮町が手を伸ばしたのは、赤坂の腕のあたり。そこには彼女の言うとおり、埃がついていた。掃除の時に付いてしまったのだろう。


「お、サンキュ」


「どういたしまして。それじゃ、私、帰りますね」


 赤坂の方に行った流れのまま、宮町は階段の方へ向かう。


「お、おぉ……。それじゃあ」


 今までからすると、強引なところのある宮町はまだまだしつこく絡んでくるんじゃないかと思っていたのだが、あっさり帰ってくれるようで俺は安心した。

 コミュニケーションがただでさえ苦手なのに、これ以上赤坂のことを宮町から誤魔化すのなんて至難の業だ。


「……何ですかその意外そうな表情は。先約が居るのにこっちを優先しろ、なんて言いませんよ」


 心外そうな表情を浮かべ、宮町は「私を何だと思ってるんですか」と続ける。まぁ、確かにそこまで常識の無い人間ではないか。


「ちぃ先輩の幼馴染さんじゃないんですから、約束に割って入るなんて真似しないですよ……」


 宮町は俺が意外そうな顔をしたのに結構傷ついたらしく、まだ文句を言おうとしてくる。ただ、赤坂の前でその例えだけは不味い。


「幼馴染ってさぁ、もしかして、三条さんのこと?」


 案の定、宮町の話に食いついてくる赤坂。


「……それがどうかしたんですか?」


 赤坂の反応を見て、宮町の視線が愉快そうなものに変わる。なんか、面倒なことになってきたぞ……。頭を抱える俺を見て、宮町の口角が益々上がった。


「もしかして、理沙ちゃんも色々知ってる系なん?」


 赤坂が答えを求めてこちらを向く。


「まぁ、一応」


 嘘をつく訳にもいかず、事実をそのまま答える。その様子を見て、宮町は何かを察したようにこちらへ近付いてくる。……帰るんじゃなかったのかよ。


「もしかして、ちぃ先輩の先約って、あっきー先輩なんですか?」


「ん? そうだけど」


 特に何も考えていない様子で赤坂は返事をする。


「どうしていつも教室の隅でジメジメしていて別に話が面白い訳でもないちぃ先輩と遊びに行くんですか?」


 あまりにも酷い言われようだが、まぁ、それは当然の疑問だろう。俺と赤坂が仲良くなれそうな要素なんて、言ってしまえば殆ど無い。

 一体どう説明するのかと俺はおろおろしていたのだが、そこは流石にクラスでも中心人物をやっている赤坂である。俺とは違って落ち着き払った様子だ。


「じゃあ、理沙ちゃんはどうして千尋ちゃんを誘うの? なんかめっちゃ悪口言ってるけど」


「それは、単に私がちぃ先輩にホの字なだけですが」


「何だその古臭い表現……」


 思わず突っ込んでしまう。というか、真顔で何を言ってるんだコイツは。恥じらいとか、無いのか。


「……え、何? 二人って付き合ってたの?」


「それがですね。この人、世界最高峰の美少女であるところのこの私に告白されたというのに、誰とも付き合う気が無いからって断るんですよ。信じられます?」


 信じられないですよね! と同意を促す宮町。しかし、赤坂はその話に甚く衝撃を受けたらしく、俺の方を見て固まってしまった。


「え、何? じゃあ……理沙ちゃんの片思いってこと?」


「そうなりますね。まぁ、じき両思いになりますが」


 そんな予定は無い。……無い、はず。


「完全に逆だと思ってたわ。そっか。理沙ちゃんの話をすると反応が微妙だったのってそういうことだったのか。納得だわマジで」


 一人でうむうむと頷く赤坂。

 ようやく誤解が解けたらしい。正直、宮町関係の話は本当にどう反応すれば良いものか困っていたので、本当に助かった。


「まぁ、とにかく俺は……色々あって、誰とも付き合わないし好きな人も居ない。これだけははっきりと言わせてもらいたい」


 俺はここぞとばかりに、宮町が好きじゃないからと言って小夜ちゃんが好きな訳ではないことを強調する。誤解が解けて新しい誤解が生まれてちゃ世話がないからな。


「……ふーん。まぁ、そういう奴も居るよな」


「いや、おかしいですって。私、めっちゃ可愛いですよ?」


 赤坂は一応同意を示してくれたが、宮町は全く納得している様子はなかった。まぁ、宮町に関してはこの際どうでもいい。とにかく赤坂に誤解されないことが何より大事なのだ。


「というか、ちぃ先輩はどうしてそんなに好きな人が居ないことを殊更強調するんですか?」


 宮町が眉にしわを寄せて考え込む。

 確かに、この話は宮町には以前にしているから、改めて言い直すのはちょっと不自然かもしれなかった。


「はっ!」


 すると、宮町は雷に撃たれたかのような顔をする。どうやら何か閃いたらしい。


「もしかして、ちぃ先輩は、あっきー先輩が好きなんですか!?」


「いやいやいや!」


 宮町が的外れなことを言い出すので、俺は慌てて否定する。いや、まぁ会話の流れからすれば完全に的外れってわけでも無いけども。


「ごめんな。千尋ちゃん……俺、好きな人が居るから」


 明らかに演技っぽい調子で頬に手を当てる赤坂。


「で、その好きな人というのは?」


「そりゃあ三条さ……あ」


 赤坂は自分の手で口を塞ぐ。しかし、時既に遅し。宮町は猫のようににたりと笑って、俺の方をちらと見る。


「先輩方が何の話をしようとしていたのか、分かってきましたよ」


 どうやら、俺と赤坂は宮町の手のひらの上で踊らされていたらしかった。探偵にでもなれるんじゃないか、コイツ。


「ところで先輩。私って、恋バナが大好きなんですよね」


 宮町はニコニコしながら俺達に圧をかけてきた。俺は赤坂に「どうするんだ」と視線を向ける。


「じゃあ、理沙ちゃんも、来る……?」


 観念した、といった風に脱力する赤坂。こんなにも彼の声がへろへろなのは初めて聞いたかも知れない。


「ぜひ♡」


 そして、宮町は待ってましたと言わんばかりに、ひどく可愛らしい調子で返事をしたのだった。


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