#9〔条件〕
『武器屋 ゼータ』
小さく素朴な看板を発見する。そう、今日が装備製作を依頼してから1週間の日。
扉を開けると1週間前と同じ爺さんが年甲斐もなく居眠りしていた。
「おーい、爺さん!」
ハッと顔を上げて俺を見る。
「お前さんか。完成しとるぞ。」
爺さんは奥の——作業場の方に向かったかと思えば、1分もしないうちに装備と思われる物を持って戻ってきた。
「装備の説明をしておこう。まずはこれだ。」
取り出したのはネックレスだ。蒼く美しい宝石が嵌められている。
「これは俺のオリジナルだ。常に癒し効果を与えることで事実上疲労を無効にできる。アンデットみてぇに馬車馬の如く働くことができるってわけだ。」
絶句する。余りにも破格の効果だ。前衛職にとって疲労は最大の敵だ。それを無効化する
「これを作ったのは2回目なんだが…そうだな。〈癒しの首輪・改〉なんてどうだ?」
ネーミングセンスが皆無だな。ただそれを口に出してもいいことはあるまい。
「なるほど。ありがとうございます!」
「次はこれだ。」
次に取り出したのは指輪だ。非常に黒く禍々しい。特別宝石などが嵌っているわけではないが、これ自体が特別な何かで出来ているということは安易に想像できた。
「これは暗黒水晶で出来ている。」
知らない単語が出てきたために思わず首を傾げてしまう。
「暗黒水晶?」
「あぁ。水晶の特徴は知っているな?」
「えぇ。魔法が付与された六角柱状の石ですよね。」
アスタリスクにある学院の中等部で専攻していた内容であるために得意分野である。
「その通りだ。そしてそれは透明であればあるほど純粋な、そして強力な魔法が付与されている、そうだな。」
これは誰もが知る常識である。
「しかしこの暗黒水晶だけが、その例外に当て嵌まる。」
「と言うと?」
「これを説明するには…600年間、時間を遡る必要がある。
600年前、多くの魔物を統べる最強の魔物、魔神が出現した。これは誰もが知るところなのだが…当時魔神が統治していた魔物の地域——いわゆる魔領には、異常な程に瘴気が密集していた。」
瘴気、というのは魔物から放出される腐敗した魔力のことである。
「最も純粋な瘴気の色は黒だ。本来瘴気の性質上何かに込めることは出来ない。だがそれにも限度はある。異常な密度の瘴気は透明な水晶を徐々に徐々に蝕んでいった。それこそ本当に少しずつだ。1年に1ミリぐらいの、な。発見されたのも最近。産出量も少なすぎるから注目されることはないが……効果はどれも破格だ。そして今回の暗黒水晶の場合——〈指定部位の筋力超強化〉。どうだ?お前にぴったりだと思うんだがな。そうだな……〈豪力の指輪〉ってところだな。」
「…………」
「最後はこれだ。」
混乱する俺をよそに淡々と進めていく爺さんが取り出したのはまたしても指輪だ。紅い宝石が嵌っている。
「これには〈
〈魔法盾〉は基本的な魔法だ。魔力の盾を任意の場所に出現させることができるが、その硬さや大きさは行使する者に100パーセント依存する。
「素晴らしい。」
思わず呟いた俺を見て爺さんが嬉しそうな顔をする。それともう1つ重要なことがある。
「値段は……?」
「白金貨10枚に大金貨70枚。」
驚くのは何度目だろうか。
下から銅貨、銀貨、大銀貨、小金貨、金貨、大金貨、白金貨とある通貨だが、平民の平均月収が金貨1枚。大金貨が1枚あれば1年は暮らせるとされている。普通であれば生涯をかけたとしても、白金貨1枚すら稼げる者は多くない。プラチナ級パーティにいたことから月に金貨を4枚ほど稼いでいた俺だが、さすがにこれは払えない。否、払えるはずがない。
「払えないだろう?」
ニヤリと笑みを溢す爺さんは、少しばかり嫌な予感をさせた。
「条件次第で値下げしてやろう。」
「条件…というのは?」
「うちの孫の面倒を見ることだ。」
「孫??」
「あぁ、多分お前と同じぐらいの年だと思うんだがな。1人立ち出来る様になるまで面倒を見て欲しいってわけだ。俺もそんなに動ける身体じゃないだろう?それに暇でもない。アホな息子は死によるし、嫁さんも病弱でな。鍛冶師を目指してるみたいなんだがな。」
「……なるほど。」
「白金貨5枚まで下げてやろう。」
確かにそれは素晴らしい提案だが、白金貨5枚でも俺には払えない。
「受け入れるなら今でなくても構わない。所謂出世払いでな。」
「いや出世払いでも——」
無理、と言いかけたところで、爺さんに制止される。
「無理、とは言わせない。お前なら出来るさ。お前と——そこのフェンリルならな。」
「!!」
「安心しろ。誰にも言わない。どうにかして隠してるんだろうが、こんなに綺麗なウルフはいない。まぁただ条件を受け入れないのなら、どこかに口を滑らすかも知れないな。」
脅迫ではないか。言いかけるがグッと飲み込む。この提案は俺にとってもメリットだらけであるからだ。
「わかった。条件を受け入れる。」
「そうか。ありがとう。」
心底ホッとした表情を、爺さんは見せた。
「早速だが仕事だ。どうやら別の都市にも売り込みに行くみたいでな。まずはそこまでの護衛をしてもらう。」
いきなり護衛か、と嘆きたくなる。戦闘力のない第三者を守る魔法は習得していないため、【龍斬り】にいた頃から護衛任務は苦手なのだ。とはいえ断るわけにもいかないのでもちろん了承する。
「3日後の朝9時にここまで来てくれ。顔合わせも兼ねよう。」
「わかった。それじゃ3日後に。」
「おう。」
首と2本の指に嵌められた装備が、喜んだように輝いていた。
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