06-2.日常は人それぞれである
「それじゃあ困るのよ。私はね、この状況を打破する可能性を導き出せるかもしれないわ。私は始祖ギルティア・ヤヌットの妹なんだから、そういった特別な才能だって持っているかもしれないわよ? それをされたら困るのは誰かしらねぇ。少なくとも私ではないからどうでも良いことだけど!」
「冗談にしては笑えないね」
「冗談じゃないわよ。私はいつだって本気だわ!」
「うん。知ってるよ」
「だったら解決策を一緒に考えなさいよ! イザトは頭がいいんだからわかるでしょ?」
この状況を解決できるとまで言っておきながらも、結局は他人任せである。
いつもと同じようないい加減な言葉を口にするガーナに対してイザトは他人事のような顔をしている。先ほどからなにも変わっていない。仮面を張り付けているような笑顔だ。
「ごめんね、ヴァーケルさん。僕は君のやり方が嫌いではないけど、君のやり方を支持することはできないんだ」
「はぁ? なによ、それ。なにも理解が出来ないのに謝られても困るわよ。イザトはなにも悪くないじゃないの。それなのに謝るなって間違っているわよ」
「まあ、確かにこの状況を引き起こしたのは僕ではないけど。それでも、ヴァーケルさんには謝っておかないといけないんだよ」
「意味が分からないわね。謝るんだったら解決方法を一緒に考えてよね! みんなをこのままの状況にさせたくないの!」
おかしいと主張することがおかしいのだろうか。
……なにを考えているのよ。バカじゃないの。
イザトがなにを考えているのか理解できない。解決策も浮かばない。友人たちの身になにか悪いことが起きているのではないかと心配し、ライラやリンたちの顔を覗き込むもののなにも変化はない。不安になりライラの口元に手を近づけたところ、呼吸は正常にしているようだ。
「大丈夫だよ。ヴァーケルさんが知りたがらなければ元に戻るから」
「なにも知らないままでいてってことかしら? それ」
「うん。伝わってなによりだよ」
「なにも教えられないって言っていたのに、それは教えても良いことなの?」
「それを教えないと元には戻らないからね。少しくらいのことは眼を瞑ってくれると思うよ」
……これはあれね。黒幕がいるような展開ね!
一時期、ライラがはまっていた小説を貸してもらった時のことを思い出した。アクアライン王国では流行の最先端だというファンタジー小説の中ではよくある展開だ。それを思い出したガーナはライラの表情が抜け落ちていることを残念に思えて仕方がなかった。
……きっと、ライラだったら解決策を思い付いたのに!
全ては物語のように進んでいくわけではない。
それは知っているものの、なにも解決策が浮かばないガーナだけが動ける状況よりは良くなるかもしれない。
「リンやミュースティさん、リカさんのことが心配だよね。偶然、教室に居たから巻き込まれた同級生のことも心配かな? かわいそうに、彼らはいただけなのに巻き込まれてしまったんだよ」
「心配よ、心配だからこそなんとかしようとしてるんじゃないの! イザト! 私が知りたがらなければ元に戻るとか言っておきながら気になるようなことを言うのをやめてよね!!」
「それもそうだね。ごめんね。僕以外に動ける人なんて久しぶりだったから」
「はあ? なによ、それ。イザトは何回もこんな体験をして――。って、ああああっ!! 取り消しよ、取り消し! 私はなにも知りたがっていないわ!」
誘導尋問に弱いのだろうか。
イザトの言葉に唆されるように聞いてしまったことに気付き、ガーナは慌てて声を上げる。取り消しなどと言ってはみるものの、やはり、ライラたちには変化がない。
「ヴァーケルさん、ごめんね」
イザトはなにに対して謝っているのだろうか。
ガーナの知りたがりはイザトに会う前からのものだ。生まれ持った性格といっても過言ではないだろう。知りたがりは今に始まったものではない。
……どうしてなのよ。
謝らなくていいと声を掛けられなかった。
イザトの表情は仮面のような笑顔から悲しそうなものに変わっていた。
「君は君のままでいるべきだよ。それがこの状況を正しい方向に導く唯一の方法だから。僕はそれを伝える為だけにこの状況を引き延ばしたんだ」
それだけを伝える為にこの異常な空間を作ったのだろうか。
……違うわ。イザトじゃない。
イザトは魔法学園の中では優秀な生徒だ。しかし、魔法の領域を遥かに超えてしまっているこの状況を作り出せるほどに優れた魔法使いではない。これは古の時代に置き去りになった魔術と呼ばれている高等な技術によるものだ。
……それなのに、どうして。
イザトはこの状況下において冷静さを保っていた。彼の言葉通り、何度もこのような状況下に陥ったことがあるのかもしれない。
「眼を瞑って、ゆっくりと呼吸をして。その間に僕がなんとかしてみせるから」
「ちょっと待ちなさいよ。イザト、解決方法を知ってたわけ?」
「それは答えられないね」
「そこまで教えてくれるならそのくらいいじゃないの! イザトの線引きはよくわからないわ。どうして眼を瞑らなきゃいけないの? それが関係してるの?」
「あれ、いつまでもこの状況から抜け出せないと困るんじゃないの?」
「困ってるわよ!」
「それなら僕の言う通りにしてよ。そうじゃないと抜け出せないよ」
平行線だ。一方的な線引きを引かれてしまい、そこから先には踏み込めない。
……ぐぬぬ。なんていうの。この感じ。納得できない!
関わることを拒絶されているわけではないだろう。もしも、拒絶をされているのならば関係ないとばかりに踏み込んでいっただろう。それが友人たちの状態を元に戻す方法だと唆されたのならば、問答無用で踏み込んだはずだ。
それができないのは一方的な線引きをしているのも友人だからだ。
イザトのことを知っているからこそ、信じているからこそ、彼の言葉を無視してまでも自分を貫くことはできない。
「この状況が直ったら教えてもらうからね!」
「そしたらまた同じことの繰り返しだよ」
「はあ? 信じられない! それじゃあ私はこのことを誰にも言えないじゃないの!」
「そうだよ。誰かに話せば同じようなことが引き起こされるよ」
「そういうことは早く言いなさいよね! 私が誰かに話をしたらどうするつもりだったの!?」
眼を瞑ろうとしていたガーナだったが、イザトの言葉に思わず目を見開いてしまう。ガーナの行動を予想していたのだろうか。イザトは驚いた様子はない。
「なにもしないよ」
「え? なにもしないの?」
「うん。なにもしないよ」
「それってどうなのよ。もっと、こう、なんていうの? みんなの為になにかをしようっていう気力はないの? このままだったら困るでしょ!?」
言われた通りに眼を閉じて深呼吸をしようとするのだが、それよりも気になって仕方がないのだろう。今度こそは元戻るのだと言いたげな表情をしてから、ゆっくりと目を閉じる。
「うん。君だからこそ、いい方向に導けると僕は信じているよ」
……なによそれ、どういうこと?
思っていることを言葉にしてしまえば、永久にここにいることになる。一刻一刻と時計の針は進んでいく。ガーナが返事をするのを止めたからだろうか。時計の針の音が大きく聞こえてきた。
大げさなくらいに深呼吸をしている間、イザトはなにもなかったような顔をしてガーナを見ていた。彼はなにを考えていたのだろうか。
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