04-2.兄は天才である。そして、帝国が誇る化け物である。
「兄さんは天才なの。私は兄さんと同じような才能はないけれども、兄さんが学校に通うべきだって言ってくれたから通うことを決められたようなものだしねぇ。兄さんが私にこうするべきだって道を示すのならば、私はそれを疑うこともせずに信じる自信があるのよね」
兄に対して絶対的な信頼感を抱いている。それは羨望からなのか、家族愛からからくるものなのかわからない。
ガーナはイクシードのことを信じている。
兄である彼ならば自分を害するようなことはしないと信じている。
それを疑う選択肢はガーナの中ではないのだろう。だからこそ、シャーロットから伝えられた兄の予言染みた言葉を信じてしまった。それにより心が苦しいと訴えていようとも、そのようなことを信じられないと心が訴えていようとも関係がない。
「極端な持論だってことは私もわかっているわ。でもね、考えてごらんよ! 始祖である兄さんの言葉を疑うような帝国人がいるかい? 私はそんな人をみたことがないね!」
尊敬する兄が予言をしたのだ。
それを盲目なまでに信じることが正しいことだと信じたい。
その為ならば、耳を塞ぎ、眼を塞ぎ、真実から逃げるような真似だってするだろう。見て見ぬふりは得意だった。
「だから、これは私だけの話じゃない。誰だってそうなると思わない? だって、兄さんは帝国を救うことだってできる始祖なんだから」
……だって、兄さんは始祖の生まれ変わりなんだから。
伝承通りの姿形をしているのは偶然だろうか。
千年以上も前、この世に生を受けたと言い伝えられている始祖の一人、ギルティア・ヤヌットは美しい青い髪の青年だった。どれほどの月日が経っても彼の容姿は衰えることはなく、その美しい青年は帝国の為に数々の敵を撃ち落とした。
……もしかしたら、兄さんは始祖そのものなのかもしれないけど。
イクシードはまるでその伝承から抜け出したかのような人だ。
ガーナとの共通点は同じような青い髪だけだろう。
それでもイクシードの海のように濃い青とは違い、ガーナは空のような薄い青だ。唯一の共通点がそれだけであるというのにもかかわらず、ガーナはイクシードが兄であることが自慢だった。
「ライラは見たことがないだろうね。アクアライン王国には始祖のような人はいないんでしょう? それなら、きっと、ライラの目には兄さんは歪に見えるかもしれないわ」
「それでもガーナちゃんのお兄様なのでしょう? 歪だなんて言葉は使ってはなりませんわ」
「ふふっ、ライラは優しいねえ。でもね、それは兄さんを見ていないから言えるんだよ。兄さんはね、凄い人なの。私なんかとは違う」
「家族や兄妹であったとしても同じ人間は存在しませんわ。ガーナちゃん、それは思い込みですわよ。考えすぎなのではないでしょうか」
ライラの真っ直ぐな眼を見ても、ガーナの考えは揺さぶられることはない。
……わかってるよ。ライラが正しいことくらい。
なにか得体の知れないものに憑かれてしまったのだろうか。
思わずそのようなことを考えてしまう。それほどに心の中と口から出る言葉には違いがあった。普段ならば心の中に収めておける言葉を声に出してしまう。
窓からはいる風がガーナの髪を揺らす。
少しだけ冷たい風はガーナの言葉を催促するかのように彼女の体に触れる。
「うん、ライラの言いたいこともわかっているよ。いいや、わかっているつもりさ。でも、私は兄さんの言葉はなんでも信じてしまうのさ。確信がなくたって構わない。それがどんなに恐ろしい言葉だって構わない。兄さんがそう言ったのなら、それだけで信じる価値があるんだもの」
昨日のことを思い出す。
寝ても覚めても心の中に居続ける言葉はガーナの意思を作り変えていくようだった。そのような不気味な感覚を抱きながらも、ガーナは疑うことない。
昨日の出来事に関しての確信は一つもない。
しかし、ガーナはシャーロットが口にした言葉が噓のように聞こえなかった。不思議なことはあるが、ガーナには本当に兄から伝えられたように感じていた。
「あ、勘違いしないでよ? 私は私だし、別に兄さんのようになりたいなんて思ってないわ。卑屈になっているわけでもないから。……ふふ、新学期早々にする話ではないけどねえ。私の休みなんて兄さんと過ごした日々で充分すぎるほどに満たされているのよ」
……でも、兄さんが私を化け物だって言うんだ。あの兄さんが私をそういう風に言うことはなかったのに。だから、きっと、本当に私は化け物なんだろうね。
その上、シャーロットは忠告までした。
それは、本当に自分という存在を知っていたからではないのか。
最初からすべて決められていたのではないのか――。運命ではなく、あの出会いは、自分が追いかけたのは全て決められていたことではないのか。
「兄さんがね、私のことを化け物だっていうのよ」
「お兄さんが? そんなことを言われても、ヴァーケルさんはお兄さんを信じるっていうの? なにを言われたのか知らないけど、妹を化け物呼ばわりする人を信じるなんておかしいんじゃないのかな?」
「そうね、イザトの言う通りかもしれないわ。ふふっ、おかしいと言われるなんて心外だけどね!」
「僕の言葉に同意をするなら、それでいいじゃないか。おかしいことは信じる必要ないと思うよ。それなのに兄妹だから信じるなんてバカのすることだよ」
「そうねえ、バカだって言われることはあっても化け物だって言われることはなかったわ。ええ、バカ呼ばわりも許せなかったけど。でも、今なら、バカって言われても仕方がないことをしているのはわかっているわよ」
ガーナの言葉を信じられないと言いたげな目線を向けているだけだったイザトは、ガーナの開き直ったかのような言葉を聞き、大きなため息を零した。
「それでも、私くらいは信じてあげないと可哀想でしょ?」
友人たちの言葉の意味を理解している。
それでも兄の言葉を優先してしまうのはなぜだろうか。
「それに理由も根拠もないわ。確信だってないわ。本当なのか嘘なのかもわからない。でも、それでいいの」
事実なのか確認しようと思えばできただろう。
返事が来るか否かは別としても、イクシード宛の手紙を書けばよかった話だ。そうすればシャーロットの言葉が正しいものか判断することができた。
それをしなかったのは、なぜだろうか。
ガーナはそれをする必要性はないと判断したのだろうか。
「私はね、始祖としての兄さんを信じるんじゃないのよ。私の兄さんを信じるの。ギルティア・ヤヌットではなく、イクシード・ヴァーケルを信じるのよ」
十六年間、イクシードとガーナは兄妹だった。
信じるのにはそれだけの理由でいい。
家族を信じるのにそれ以上の理由は必要ないだろう。
……でも、誰かを不幸にするなんて私にはできないもの。
告げられた言葉を信じるのならば、ガーナは他人を不幸にすることになる。
告げられた内容を思い、ため息を零す。
泣き出してしまいたいほどに心が締め付けられる。
恐怖は消えない。
他人を不幸にする為に生きているのならば、早々に自らの手で命を絶ってしまえれば、どれほどに楽なのだろうか。誰かを悲しませるのならばその方がいいのではないだろうか。
……でも、自殺願望なんてないし。それが、どれだけ周りを傷つけるのか知らないほどにバカでもないし。私が死んだらパパ、ママ、兄さん、それにライラたちが悲しむわ。だから私は死ねない。それ以外の方法を探さないといけない。
そう思いながらも、それは実行することが出来ない。
実行すれば悲しむ人がいると言うことを知っている。だから、生きていても命を絶っても結果は同じなのだ。
誰かが不幸になることは避けて通れない道だ。
ガーナはそれが嫌だった。
それは、一方的に告げられた予言を回避したいと願うのには充分すぎるほどの理由になるだろう。他人を笑わせることは好きだが、他人を泣かせることは好きではない。
彼女はそんな感情論で生きている人だ。
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