07-3.シャーロットの独白

「私にはわからぬよ、ギルティア。あの方の愛した国の在り方も、神は未だに国を見捨てていないのかさえも。取り残された罪人には何も分からぬのだ」


 そこには、誇りは無い。民族意識もない。危機感もない。

 それは、果たして命を捧げても守るべき国の有様だろうか。


「マリーよりも、神を愛し、神を慕い、神に愛されたかった者はおるまい。お前もそう思うだろう? だからこそ、私についてきたのだから」


 だからこそ、シャーロットは自嘲を浮かべる。


 なにもかも諦めてしまったかのように見えるだろう。

 実際、シャーロットはマリーが行動を起こすまでは諦めていた。


「俺はお前に賭けたんだ。忘れんじゃねえぞ、シャーロット。お前がどれだけ同情をしても救えねえものは見捨てるって約束しただろ」


「わかっているさ。私たちは私たちの役目を果たすだけだ」


「本当にわかってるならいいけどな。……おい、そろそろ戻るぞ。警備がくる」


「はいはい。そう急かすのではないよ」


 シャーロットとイクシードは物陰に吸い込まれるように姿を消した。


 その五分後、異変を感知した警備員が到着した頃には、そこにはなにも残されていなかった。



* * *



 帝国の首都、ヴァーミリオンには巨大な城がある。


 主に王族の居住区として千年前に建てられた城は改築を重ね、難攻不落の城となりつつあった。シャーロットとイクシードは迷うことなく、城の中を進んでいく。


「遅い」


 ライドローズ帝国軍の総司令部に繋がる扉を開けた途端、シャーロットに対し、青年、ジャネットは悪態をついた。


 軍服を着こみ、机の上に置かれている書類から目を外すこともしないジャネットに対し、シャーロットは悪びれた様子も見せずに執務室の中に入っていく。


「報告は?」


「失敗作だった」


「それを解決して来いと言っただろう」


「言われた通り、呪詛は仕込んだ。明日には芽が出るだろう。だが、即効性の毒では解決ができるようなものではなかった。現時点では使い物にはならない」


 ジャネットの傍に置いてある一人掛け用の椅子に座る。


 シャーロットの返答を聞き、ジャネットは大きなため息を零した。


 それから、事前に準備をしてあった書類をシャーロットに向かって投げる。魔力が帯びた書類を受け取ったシャーロットは眉を潜めていた。


「使い物になるように調教しろと?」


 フリアグネット魔法学園高等部への編入手続きが終了したことを一方的に告げる書類を握りしめる。


「本来ならば、アンジュかロヴィーノを向かせるべきだろう。私では毒にしかならない。ついでに言っておくが、警戒心を抱くことを恐れているのならば、それは必要がない。先ほど、無条件で始祖に対する警戒心を失わせる呪詛をかけてきた」


「精霊の愛し子がいるだろう」


「対策済みだ。必要ならば精霊の愛し子の魂を書き換えてしまえばいい」


「可能か?」


「もちろん。障害となる可能性のある者は全て調べてある。予想通り、大物が隠れていた。少々、厄介だが、心の隙を吐けば簡単に懐柔できるだろう」


「なるほど。呪詛対策は万全か」


「当然だ。私を誰だと思っているんだ。ジャネットの疑念など聞かずともわかる」


 書類をイクシードに投げつける。

 イクシードは無言で受け取り、それを処理済みの箱に仕舞った。


「案ずるな。私はお前を裏切らない」


 シャーロットのその言葉に対し、安心感を抱く者はいない。


 帝国を守護する役目を担っているものの、彼女は気まぐれだ。


 平穏な時代には与えられた領内に籠り、気が向かなければ要請にも応じない。それなのにもかかわらず、誰よりも戦争では活躍をしてみせた。


「ジャネット。時間を無駄にするな」


「……わかっている」


「それならば迷いを捨てろ。この機会を逃せば、次は何百年後かもしれない。甘い期待も昔の願いも捨てろ。我々がするべきことは一つだけだと言ったのは、他でもないジャネットだろう」


 責め立てるような言い回しをしながらも、シャーロットは笑っていた。

 ジャネットは視線をシャーロットに向ける。二人の視線は交わったが、そこには希望もなにもなかった。


「シャーロット」


「なんだ」


「聖女を探し出せ」


「ガーナ・ヴァーケルを聖女として仕立て上げれば解決するのではなかったのか? あの女には自分自身をマリー・ヤヌットの転生者であると思い込むように複数の魔術を与えてきた。念には念を入れ、声には出さず、呪ったのだが。それだけでは不安か?」


「だが、不安要素は全て取り除くべきだ」


「わかった。安心しろ、方針変更も想定内だ。ジャネットの方針に従おう」


 日頃は杖など使わずとも古の文化である魔術や呪詛を使うことができるのだが、今回は条件が違ったのだろう。


 魔術の書き換えを行おうと、普段は机にしまってある杖に触れたが、すぐにジャネットの思惑に気付き、その手を引っ込めた。


「殺すか?」


「生かしておけ。使い道がある」


「お優しいことだ。裏切り者にまで希望を与えると? 帝国の基盤を揺らがすような要素は切り捨てるべきだ。千年前の失敗を繰り返すつもりがないのならば、裏切り者は晒し首にでもしてしまえ」


「過激なやり方は控えろ」


「なぜ? 始祖のやり方に文句をつけるようなまともな思考回路を持つ帝国民はいないだろう」


 シャーロットの言葉に対し、ジャネットは頷いた。


 “不死国”や“千年大国”等と呼ばれている帝国は、絶大的な力を持っている。


 千年もの間、七人の始祖が権力を持ち続けているからこそ、繁栄が続いている異常な国の有様に疑問を抱かないのはおかしいことだった。


「いないからこそ、利用をするのだ」


 始祖たちはそのことを理解していた。

 疑問を抱かせないように補正を続けていた。


「帝国には滅びの道を歩んでもらわなくてはならない」


 ジャネットたちにとって、百年前に引き起こされたマリーによる【物語の台本シナリオ】改悪事件は好都合だった。シャーロットがマリーの心を揺さぶり、彼女の良心に付け入ったのは全て計画されたことだった。


「そうすれば、黙っていられないだろう」


「誘き出す方法をとるのか? そのような手間がかかることをしなくとも、強引に目覚めさせてしまえばいいだろう」


「それでは意味がない」


「意味? 彼を皇帝にする以外の意味があるのか? 誰よりも帝国を愛する男の大切な国を揺るがし、危機に晒し、覚醒を促すのは確実ではないことを理解しているだろう?」


「知っている。だからこそ、可能性を探っている」


「悠長なことを言っている場合ではないだろう。……まあ、いいだろう。その一環として潜入させるというのならばある程度の自由は認めるべきだ。反論は許さない。私も忙しいのでね」


 シャーロットは立ち上がる。

 それからジャネットの返事を聞かず、さっさと退室をした。

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