04-2.親友の声は届かない
「それではもう一度、問いかけよう。お前は誰だ?」
シャーロットは確認するように問いかけた。
少しだけ低い声で呼ばれたからなのだろうか。
心臓が飛び跳ねた気がした。
それは、なにかを忘れているのではないかと、ガーナに訴えているかのようだった。もしくは名を思い出すことを抵抗しているかのようにも思える。
……違う。違う。こんなことがしたいわけじゃないの。
心の中で言い訳をする。
誰に対して、言い訳をしているのだろうか。
それは、ガーナ自身も分かっていなかった。
ただ、再会を嬉しいと感じる心を信じようと思っていただけなのだ。
……私は、懐かしいだけなのよ。
シャーロットを一目見た時に感じたものは懐かしさだった。
世界を見定めているかのような表情をしていた彼女を、見たくはないと思ってしまった。
世界に絶望しているかのような表情は、似合わないと思ってしまった。
……ただ、それだけだもん。
紅髪紅目、――やはり血の様だと思わせるそれは、あまりにも美しい。そんな少女であるというのにもかかわらず、誰も彼女の存在に気付いていない。
まるでこの少女の存在自体に気づいていないかのように、通り過ぎていく。
それは、この世界から切り離されたかのようだった。
同じ人間であるとは思えない。それ程に美しい容姿をした少女を見る。
……あぁ、でも。それは私のするべきことじゃない。
中性的な顔立ちは、口元以外は動かなかった。
眼を逸らせば消えてしまいそうな儚さを持つ彼女は、ただ、口元を歪めた。
まるで動くことすら知らないのではないと、思わせてしまう程に表情が何一つない。そんな彼女に恐れすら抱かない。
「ガーナ、ガーナ・ヴァーケル」
口から零れるように自身の名を呟いた。
思い出せなかったのが噓みたいだった。
「そうよ! ガーナ様よ! あのねぇ、あんた、足が速すぎなのよ!! 私でも追いつくのに疲れちゃったわよぉ! 全く、どうしてくれ――。あ、れ?」
続いてシャーロットに対して文句を口にしている最中だった。
言おうとしていた言葉を忘れたわけではない。ただ、気付いてしまったのだ。
……待って。どうして、私は、この子を知っているの?
初対面であるシャーロットのことを知っていると思い込んでいた。
それも、この少女は、始祖であると、自信を持っていた。
それは、どこから見てもおかしいことだった。
知っているはずがないのだ。
……なんで、見たこともない子を知っているの?
特徴的な髪と眼の色合いではあるものの、それを継承している一族がいる。始祖とも呼ばれている魔女や魔法使いの血を継承している稀有な一族。それ故に帝国では、皇族に次ぐ権力を持つとされているフリークス公爵家。
しかし、市民階級であるガーナには、そんなフリークス公爵家の者と親しい間柄であるはずがない。
知っていたとしても、気軽に声をかける間柄ではない。
そんなことをすれば、不敬罪によりこの世から姿を消していただろう。
「そうか。やはり、貴様がガーナ・ヴァーケルか。話に聞いていたよりも単純そうだな。簡単な呪詛に囚われて我を失うようでは話にならない」
……それに、どうして、この子は、私を知っているの?
知り合いでなければ、その名を知る人はいない。
市民階級出身であり、フリアグネット魔法学園都市からは、数十キロも離れている田舎の生まれであるガーナに対して興味を抱く者も少ないのだ。
「貴様は、何故、私を覚えている?」
シャーロットは、驚いた様子もなく、淡々と問いかける。
ガーナが困惑していることなど気にすることもなく、シャーロットは本題だと言わんばかりの言い方である。まるで本物の知り合いかのような問いかけに対し、ガーナは言葉を失った。
……そんなの、まるで。
嫌な予感がした。
追いかけるべきでは無かったのだと後悔した。
ライラの声に従うべきだった。
呼び止めてくれる声に従うべきだった。
……忘れているのが、当たり前みたいじゃないの。
追いかけてはいけなかったのだ。
気付かないふりをするべきだったのだ。
「わからない!!」
考えた末に出た答えはそれだった。
まるで、気付いてしまった妙な違和感を否定するかのようだった。
……でも、嘘じゃないもん。
なにもかも分からない。なにもかも知らない。
それでも、確かに覚えているのだ。シャーロットのことを知っている。
……分からないのよ。何で、この人を知っているのか。
「きっと、あれよ。にっ、兄さんに似たんだわぁ! 私の兄さんを知ってる? 知っているわよね? 始祖の一人なんだから! だから、きっと、それで、私はお前の名前を知っていたのよ! ――そうよ、そうじゃなきゃ、おかしいわ。だって、私はお前を知らないもの。知らないのが当たり前なんだもの。ねえ、そうでしょ!?」
気付けば口にしていた台詞は、現実味の無いものだった。
気付いてしまった違和感の正体は、急激に目覚めた予言である。根拠のない妄想を現実であるかのように口にすることは、慣れていた。妄想癖があると笑われることも少なくはなかったが、それでも、ガーナは止まれない。
そうでなければ、この現象は説明できないのだ。
それを知っているかのように、必死に言葉を続ける。
「貴様には、予言の才はないだろう。ギルティアの力をお前が引き継ぐことはありえない。くだらない妄想だな」
シャーロットは否定をした。当然のようにガーナの妄想を否定する。
容赦のない言葉は、ガーナの胸に刺さる。
とっさに作り上げた嘘は、否定されてしまえば、終わってしまう。
「あぁ、そうだ。知っているとも。貴様の疑問に答えてやろう。私は貴様のことを知っている。貴様はギルティアの妹として育てられたものの、その才能は限りなく底辺に近いものだ。あぁ、失礼。お前にとって、あれはギルティアではなく、イクシード・ヴァーケルだったか」
少女はガーナの全てを否定するかのようだった。
穏やかな口調のまま、淡々と事実だけを述べていく。
「貴様が言う通りだ。知らないのは当然のことだ。それならば、なぜ、貴様は私のことを知っていたのだろうな?」
淡々とした声で全てを否定された気がした。
これ以上の嘘を防ぐかのように、まるで、出会うことを知っていたかのように。
慣れたように少女は言葉を続ける。
……なんで、知らないのに。
なぜだろうか。その姿を見たことがある気がした。
何度も何度も、見てきた気がするのだ。
「貴様には嘘は似合わない。不自然な嘘ほど気色の悪いものはないのだ。なぁ、そうであろう? ガーナ・ヴァーケル。我が同士の妹君よ。なぜ、私のことを知っていたのだ。応えてみせろ。貴様の信じるものが本物ならば答えは導き出せるだろう」
格下を相手にする暇はない。
そういうかのような笑みを携えながら言葉を続ける。
その異様な姿にすら懐かしさを感じる。
「うるさい、うるさいわよ! 仕方ないじゃないの! 私にだって、わからないのさぁ!! 私は、お前に逢ったのは初めてなわけだしねぇっ!! ただ、お前を見た瞬間に追わなければならないと思ったのさ! ……そう、これぞ、奇跡――、いや、運命と言うべきなのかもしれないね!! いやはやぁ、私の運命の人が女性とはぁ、神様もなかなか酷い失態を冒してくれたものだと思わないかい!? そうでも思わなきゃ気が狂ってしまいそうよ!」
それから、息を乱す事無く、言い切った。
対するシャーロットは僅かに眉間にしわを寄せていた。
……これは、きっと運命かなんかなのだろうね。うん、そうだ、違いない。だから、私は、何でかわからないけど、知っていたんだ。
心の中でガーナは、また呟く。
自身を納得させるために、意味の分からない理由を作り上げた。それを後押しするのは、不思議な確信がある為である。
……そうでも思わなきゃ、やってられないわよ。
根拠のない確信を心の中に刻み込む。
自身の不可解な行動を説明する為だけの言い訳を作り上げる。それが、間違っていることには気付いていた。
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