第5話 悪いな、これがDSO最強プレイヤーの実力だ

「……まずい!」


 引き返そうと馬車をUターンさせているとき、御者が声を荒げた。

 乗員の俺たちも気づいた。

 馬車が傾いている、と。


「ヒヒーン!」


「「「うわああああああ!!!!」」」


 馬車が転倒してしまった。


 こんなタイミングで転倒したら、めちゃくちゃまずいじゃないか!


 でも、一体なぜ……!


 もそもそ、と馬車の荷台から出てきた俺は転倒の原因を察してしまった。


 俺の嘔吐物を踏んで車輪がスリップしたようだった。


 みんなそれに気づいたようで背後から視線が突き刺さっているのを感じた。


「お前のせいじゃねーか!」


 冒険者の1人が俺の胸ぐらを掴んできた。


「どうしてくれるんだよ!」


「てめえ、囮になれよ!」


 冒険者の残り2人からも怒声が飛んできた。


「こ、こ、こんなときこそ冒険者の役目です。報酬はたっぷりと用意しますので、あの化物を退治してもらえませんか?」


「そ、そうです! 私も同じく報酬は出しますよ!』


 2人の行商人は金で冒険者を釣ろうとしていた。


「ああ……もうおしまいだ」


 御者は一人、絶望していた。


 ハァ、仕方ない。

 こうなったのも俺のせいだ。


「皆さん、俺が囮になりますから逃げてください……!」



 ダダダダダダダッッッ!!!!!



 そう言うと、奴らは真っ先に逃げて行った。


 ……まぁそりゃそうか。



「ふふ……ちゃんと生きているんだな」



 人間らしい彼らを見て、俺は何か凄く嬉しくなった。

 なるほどな。


 あれだけDSOをやり込んだだけはある。


 やっぱり俺はこの世界が好きなのだ。


 だからと言って、こんなところで死んで日本に帰られないとかは御免だけどな。


 ドシ、ドシ、とデカい単眼の巨人がこちらに近づいてきた。

 手には大きな棍棒を持っている。

 あれがBランクモンスター、サイクロプスだ。


 ステータスの差は圧倒的だ。

 いくら俺のプレイヤースキルが高いとはいえ、倒すことは不可能。


 だが、サイクロプスは行動が単純だ。

 時間を稼ぐぐらいなら何とかなるはず。



 ……あれ、この作戦の生存確率低そうじゃない?



 まぁそんな弱音を吐く暇もないか。



「さて、どうにかして生き延びてみるか」



 軽くストレッチをして、サイクロプスの攻撃に備える。



「グオオオオオオオオオオオオオ!」



 雄叫びと共に棍棒が俺のもとへ振り下ろされた。

 まずはこれを避ける。

 振り上げた瞬間に奴の股下に入ることによって、棍棒の攻撃を避けることが出来る。

 すると、次は自分の股の下を雑に棍棒で振り回すので、すぐさま股下から脱出をする。



「よしよし、ここまでは順調だ」



 行動は読みやすいが、どうしても読めない攻撃が来ることもある。

 そういうときは、棍棒に剣を当てて、衝撃を吸収し、受け流す。


 ……あっぶねぇ!


 これタイミングがシビアなんだよな。

 最近DSOを起動していなかったから、一瞬失敗したかと思ってしまった。



 そう思った瞬間に、死の恐怖が頭をよぎった。



 ……しかし、こういうのはよくあることだ。


 DSOでは死ねばキャラクターが強制的に削除されるクソ仕様があったからな。

 最初は死を意識すれば、身体が動かなくなる。

 恐怖に精神が負けるのだ。

 先のことを考えて保身に走る。

 そうなればおしまいだ。


 俺もサイクロプスの攻撃をまともにくらえば、即死は免れない。


 だが、俺にそんなことは起こり得ない。

 サイクロプスの攻撃は単純で的確に行動すれば、攻撃を受けることなんてまず無いからな。



「グオオンン! グオオォォン!」



 サイクロプスは何度攻撃をしても当たらないことにイライラしているように見えた。

 へぇ、モンスターもこんな動きをするんだな。

 でもなんか面白くて笑ってしまう。



「はははっ、ごめんな。お前が相手しているのはDSO最強のプレイヤーなんだ」



 久しぶりに死を感じられる戦いが出来て、俺は少しワクワクしていた。



 格下相手の自信は慢心となり、敗北をもたらす。


 だけど、格上相手の自信は自分の能力を最大限に引き出す力となってくれる。



 これはDSOから学べたことだった。




「──《エアブレイド》」



 突然、背後からサイクロプスが一刀両断された。


 聞こえたのは女性の声。

 使用したスキルは《エアブレイド》か。

 剣術スキルのAランクスキルだな。

 これを使えるってことは、中々の使い手なんじゃないか?


 サイクロプスが真っ二つにされて倒れると、その先で女性が剣を優雅に鞘におさめていた。


 現れたのは、ボブヘアーでグレーの髪色。

 身長は少し低めでほっそりとした体型。

 目が大きくて、少しつり目で凛とした印象を受ける。


 なんだこの子。

 めちゃくちゃ可愛い。



「お怪我は無いですか?」


 そう言って少女が近づいて来た。


「はい、何ともないです!」


「良かった……。しかし、サイクロプスを相手によく細剣で耐え抜きましたね」


「運が良かっただけですよー! あなたが助けに来てくれていなかったら今頃肉塊になってますからね! はははっ」


「そ、そうですか。早く駆けつけることが出来て良かったです」


「いやー本当にありがとうございます!」


 ……あれ? なんか引かれてない?

 ま、まぁ気のせいだよね。


「いえ、礼を言うのはこちらです。あなたのおかげでサイクロプスによる被害が最小限に抑えられました。ありがとうございます」


「そんなとんでもない! こちらこそありがとうございます!」


 俺はペコペコと頭を下げていると、ひらりと一枚の紙が落ちていった。

 ……あ、それは!


「落としましたよ──って、ええ!?」


 紙を拾おうとした少女は、内容を見てとても驚いていた。


 そうなってしまうのも仕方のないことだった。




 だってその紙、盗賊に転職したときの弱いステータスが書かれていますもんね……。


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