第2話 組織名称「猫の手も借りたい」

 その大陸には、人間と魔族の国々が割拠していた。人間と魔族は古来より互いに争い合い、また同族同士でも多くの血を流し続けた。


 魔族の国々の中に「魔王」と呼ばれる者が時折誕生する。だが魔王は、魔族の国々を統べる権力を持つ訳では無かった。


 それは、魔族の中で最強の戦士に与えれる称号の様な物だった。魔王が君臨する国は例外なく隆盛し、その勢力を拡大した。


 それは人間の国々にも及び、人間達は魔王軍に度々侵略された。人間側にも勇者と呼ばれる最強の戦士の称号が存在した。


 勇者は己の信念の為に。時には権力者に利用されながら魔王軍と戦い、その歴史を重ね続けた。


 絶えることの無い争いと戦争。その世界をある組織が操ろうと試みた「青と魔の賢人」と名乗るその組織は、勇者と魔王の力を持つ者達で構成された。


 その世界管理は数百年に及んだが、ある男の手によって組織は壊滅に追いやられた。男の名はハッパス。


 当時サラント国の千騎長だったハッパスは、息子を失った報復として青と魔の賢人の組織を全滅寸前まで追い詰めた。


 長きに渡り、人間と魔族の国の中枢を担う権力者達は、青と魔の賢人に脅され続けた。その脅しは正に内政干渉であり、対外戦争も賢人達に大きく制限させられていた。


 その目の上のたんこぶである賢人達が消え去った。国の権力者達はその事実を知って狂喜した。


 そして、人間と魔族達は制限させられていた戦争を再び起こそうとしていた。それは、領土欲と言う名の侵略だった。




「ここが私達組織の本拠地よ」


 チロルとシャンヌは林を抜けた場所に立っていた。少女に「銀髪の君」と呼ばれたチロルは、その少女シャンヌに指をさし示した。


 それは、丸太を重ねた粗末な家の様にシャンヌには見えた。家の外には三頭の馬が縄で繋がれていた。赤毛の少女は首を傾げ、チロルの顔を一瞬見た。


 銀髪の君。世の冒険者達は、畏敬の念を込めてチロルの事をそう呼んだ。若干十三歳と言う年齢で冒険者となってから、数々の武勇伝を冒険者達の世界に知らしめたチロルは十八歳になっていた。


 その勇名は、今や生ける伝説の勇者と呼ばれるソレット一行と双璧を成すと言われていいた。


 冒険者達の世界では、チロルとソレットどちらが優れている勇者か論争も起こる程だった。


 そんな高名な冒険者の本拠地が、木こりが普段使用する様な家だとはシャンヌには想像の外だった。


「どうしたの? シャンヌ。拍子抜けしたような顔をして」


 シャンヌの心の中を見透かす様に、チロルは赤毛の少女に問いかける。


「い、いえ。もっと堅牢な砦を想像していました」


 上辺を取り繕う事を知らぬ十五歳の少女は、正直に胸の内を言葉にした。


「そう? 砦なんて籠城する為に有る様な物よ。私達に籠城する必要は無いの」


 チロルの説明をシャンヌは直ぐに理解出来なかった。それは、恐れる敵など存在しないと言う自信の表れだった。


 シャンヌは改めて銀髪の君を眺める。艷やかな長い髪。溢れそうな大きな瞳。均整の取れた肢体。


 それは、万人が美しいと讃えるに不足無い器量だった。名も無き村娘のシャンヌにとって、チロルは別世界の人間に見えた。


「何だ。帰ってたのか。チロル」


 シャンヌがチロルに見惚れていると、小屋の扉が内側から開かれた。中をから現れたのは、黒髪と青い瞳の男だった。


 肩まで伸びた波打つ髪。鋭い両目と鼻の下に蓄えた髭。年齢は三十代前後に見えた。鎧は身に着けておらず、黒いマントと麻の服を身に着けていた。


 腰にはサーベルと思われる細い剣を帯びた長身体躯の男はチロルに声をかけた。そして男はシャンヌに気づく。


「なんだこの子供は? 何処で拾って来たんだ? チロル」


 男の言い様に、シャンヌは自分は捨て猫では無いと内心で憤慨した。


「ブレッド。彼女は捨て猫じゃないわ。名前はシャンヌ。今日から私達の組織に入る娘よ」


 チロルの返答に、ブレッドと呼ばれた男は絶句する。そして再びシャンヌを値踏みするような視線で見つめる。


「おい冗談だろう。チロル。俺達の組織は子供の遊び場じゃないぞ」


 ブレッドの不快そうな声色に、シャンヌは急激に頭に血が昇っていく。


「私は遊びに来た訳ではありません! 力を持つ為に! その為なら、命も惜しく無い覚悟で来たんです!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶシャンヌに、ブレッドは面倒臭そうに指で頭を掻く。そして腰からサーベルを抜いた。


「ではその覚悟とやらを俺に見せてみろ。組織に入る資格があるかどうか。このブレッドが確かめてやる」


 挑発めいたブレッドの言葉を聞きながら、シャンヌはチロルを横目で見た。チロルが頷くのを確認すると、シャンヌも細身の剣を抜く。


 シャンヌは腰を沈めながら両腕を上げ、手に握る剣を斜めに構えた。


「ほう。剣だけは立派な物を持っているじゃないか。小娘には不相応な剣だな。それにしてもその妙な構え方は何だ?」


 ブレッドの品定めを無視しながら、シャンヌは呼吸を整える。


「······私の名はシャンヌ。名も無き村の娘」


 突然の自己紹介に、ブレッドは怪訝な表情をする。


「戦いの前には名乗るのが礼儀です。貴方も名乗りなさい!」


 十五歳の少女に説教された三十歳の男は、不快そうに小さく舌打ちをした。


「······俺の名はブレッド。冒険者達の中では有名な傭兵団「黒双旗」の団長だ。その如何なる時も冷静沈着な俺の佇まいを人はこう呼ぶ······」


「知りません!!」


 ブレッドの説明を途中で一言の元に斬り捨てたシャンヌは、腰を低く落としたまま駆け出した。


「これだから田舎者は嫌いなんだよ!」


 シャンヌが振り下ろした渾身の一撃を、ブレッドは難なく弾き返す。火花の残滓を視界に捉えながら、シャンヌは一振りで理解した。


 自分はこの男に遠く及ばないと。だが、シャンヌは分かっていた。この戦いは自分の力量をチロルに見せる場であり、勝利する事が目的では無い事を。


 シャンヌは小柄な身体を生かし、俊敏な動きで左右から仕掛けた。


「ふん。すばしっこいな。お前の愛称はリスが相応しいな」


 だが、どんな緩急をつけてもブレッドには通じなかった。シャンヌは後退し距離を取った。


 全身が鉛のように重く息が激しく切れる。シャンヌは自分の握った剣を見つめた。理由は分からないが、先刻この剣が一瞬光輝いた後、シャンヌは著しく消耗していた。


 シャンヌに残された体力はごく僅かだった。赤毛の少女は、自分に出来る最高の技を使う事を決断した。


 シャンヌは細身の剣を鞘に戻した。そして剣の柄を握りながら、腰を深く落とす。


 そのシャンヌの様子を、チロルは注意深く観察していた。


「······参る」


 戦い方を学んだ師の口調を真似て、シャンヌは再びブレッドに向かって突進して行く。


「妙な娘だな。剣を鞘に戻して何になる?」


 ブレッドは片手でサーベルを構え、突きの態勢を取る。それは、正にシャンヌがブレッドの間合いに侵入する時だった。


「陽炎!!」


 シャンヌが叫んだ瞬間、赤毛の少女の身体が消え去った。その光景に、ブレッドは驚愕する。


 シャンヌはブレッドの背後に姿を現した。そして、鞘から剣を抜き放とうとする。だが、シャンヌの喉元にはサーベルの剣先が突きつけられていた。


「······詰めが甘かったな。姿を消すなら気配も消さないと意味がないぞ」


 ブレッドは鋭い視線をシャンヌに向けながら赤毛の少女の敗因を口にした。その声色には、小娘を見下す成分が失われていた。


 額から汗を流し、シャンヌは歯ぎしりをしながら自分の未熟さを呪った。


「そこまでよ。ブレッド」


 チロルが声と目でブレッドを制し、シャンヌに近づいた。


「シャンヌ。戦い方の基本は身についているようね。後は経験を重ねるだけよ」


 微笑する銀髪の君の言葉は、シャンヌを組織に加入させる事を示唆していた。頬を高潮させる赤毛の少女を見ながら、ブレッドはチロルに利用された様な気分だった。


「どうやら俺はリスの力試しの為に使われたようだな。で。本当に組織に入れるのか? チロル」


 サーベルを鞘に戻しながら、ブレッドは不満そうにチロルに確認する。


「ええ。シャンヌは磨けば腐る原石よ。必ず組織の力になるわ」


「······い、いや。チロル。それを言うなら「磨けば光る原石」だ。腐った原石を磨いてどうする」


 チロルの間違った例えを訂正するブレッドを無視し、シャンヌは破顔しながら叫ぶ。


「ありがとうございます! 私。一生懸命頑張ります!! あ。それで組織名は何て言うんですか?」


 シャンヌの組織名と言う単語を聞いた途端に、ブレッの表情は青ざめる


「私達の組織名は······」


 チロルがシャンヌの問いに返答しようとした時、冷静沈着を自称するブレッドは取り乱しながら声を荒げる。


「止めろチロル! その組織名は誰も認めていないぞ! いい加減に他の名に変えろと口を酸っぱくして言っているだろう!!」


「何で? ラストルは賛成してくれたわ」


 チロルは表情を変えず、何故ブレッドが不平を言うのか理解出来ない様子だった。


「ラストルは例外だ! あいつがチロルの意見に反対する訳が無いだろう! とにかく組織名は変えないと駄目だ! さもなくば、組織の士気は下がる一方だぞ!!」


 ブレッドの必死の説得もチロルは平然と聞き流し、シャンヌに組織名を告げた。


「組織名は「猫の手も借りたい」よ」


 ブレッドが片手を顔に当て落胆する。シャンヌはその組織名を聞きながら、これから始まる自分の未来に胸を高鳴らせていた。






 


 

 


 

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