怪現象ドライブ
奇妙な相性の男友達がいた。
奇妙というのは、話は合うのに何故か喧嘩ばかりしているとか、そういう意味ではない。読んでくれている人の誰ひとり、きっと想像もつかないだろう――その友人、ここでは仮に平山くんとしておこう。平山くんと私が夜いっしょにいるとき、何故か奇っ怪な出来事に遭遇してしまうのだ。
平山くんはもともと、私といちばん仲が良かった女友達の友人だった。きっかけは覚えてないけれど、なにかでふと気が合って、一緒に食事に行ったりドライブしたりするようになった。BMWを夜中じゅう目的もなくただ走らせ、夜が明けたら感じの良い喫茶店をみつけてモーニングセットを食べる。そんなことがとても楽しかったのだ。たぶん、説明のつかない現象でさえも。
最初にあったのは、『いたはずの対向車が消えた』という怪事である。
夜中、たぶん二時を過ぎた頃だったと思う。県内の外れまでドライブして、わざわざ知らない道ばかり選んで通っていたときのこと。車はいつの間にか住宅街の中を走っていて、どこか広い道に出なきゃと助手席の私も注意深く前方を見ていた。
やがて直進できないところに差し掛かり、車はブロック塀と住宅に挟まれた道を道なりに左へ折れた。折れる直前、向かい側から白いライトが照らすのを見て平山くんはハイビームを落とした。
車は対向車とすれ違うことなく、そのまま進んだ。
なんとなく平山くんと視線を交わす。あれ? と首を傾げながら、私は「今、対向車おらんかった?」と訊いた。平山くんは「いた……と思ったんやけど」と答えた。
私は念を押すように、「いや、あんたハイビーム落としたやん? あれ向こうからも車来てると思たからやろ?」と云った。平山くんは頷いた。
「大きなテラスのガラスとかに反射しただけかも」。そういう結論に達し、私たちはもう一度ぐるっと廻って戻り、同じルートを通ってみることにした。なんとなく気味が悪くて、確かめずにはいられなかったのだ。
しかし、二度めに通ったときは対向車が来ると錯覚するようなライトの反射はなかったし、停車して見回してみてもそんなガラスや鏡など、どこにもなかった。脇道も車庫も、なにもである。
もちろんカーブミラーはあったが、高さや角度がまったく違う。納得のいく説明をみつけることはできず、そのときはもやもやしたまま、私たちはドライブを終えて帰った。
二度めにあったのは、『黄色い長靴だけが歩いている横断歩道』という怪事である。これはもう、素直に心霊現象と云ってもいいかもしれない。
今思いだしてもぞっとする。またもや深夜のドライブに出かけてから、その日は雨がしとしとと降ってきていた。
雨の夜は、好きだ。空気はひんやりと澄んでいて、車の窓から見える看板や信号の灯りは滲み、ヘッドライトの光が雨粒を照らす。海沿いの道をずっと流していたとき、漁師町なのか、小さな港のあるところに差し掛かった。それほど広くはない道の、右側には鮮魚店、干物屋、民宿などの看板が見え、左側には漁船がたくさん繫留されていた。信号は点滅だったと思う。車は緩やかなカーブで減速し、ヘッドライトが横断歩道を照らした。
――歩いていた。子供の、小さな黄色い長靴だった。長靴だけが、てくてくと横断歩道を渡っていった。レインコートも傘も、脚も胴体もなにもない。ただ、長靴だけが見えた。
さすがに目の錯覚かなにかだと思った。自分の目で見たものとはいえ、ちょっと信じ難かった。私はおそるおそる運転している平山くんの顔を見た――平山くんは引きつった表情で、同じように私を見ていた。
「ちょっと待ち」
私は云った。「どっちかが先に云うたら、おもろしょー思て話合わせるかもしれへんやろ? せーので一緒に云おう」
「わかった。じゃあ……せーのー」
私たちは呼吸を合わせ、同時に云った。
「黄色い長靴――」
「長靴だけ歩いとった――」
一瞬の沈黙の後、ふたりしてぎゃあぁあああ! と大騒ぎした。
私は別に霊感が強いというわけではないと思う。妙に厭な予感がして避けたことが正解だったりすることは偶にあるので、まったくないわけではないのかもしれないが。そして平山くんも霊感なんかはないと云っていた。実際、私も平山くんもひとりでいるとき、または他の誰かといるときはそういう、不思議な体験はまったくしていないのである。
欲しがってたやつあげるわーと云って、綾辻行人先生監修の『黒ノ十三』というホラーなサウンドノベルゲームを平山くんがパチンコの景品で獲ってきてくれたことがある。飲みに行った帰り、わざわざ暗くした部屋で、朝まで一緒にやっていたときは終始ぞくぞくして、ものすごーーく怖かった。
こんな怖いゲーム二度としないでおこうと思いつつ、忘れた頃に私はまたひとりでそのゲームをやった。部屋の明かりはつけていたが、そのときも夜だった。けれど、以前平山くんと一緒にやったときほどぞくぞくしなかったし、不快さが勝っていてそれほど怖くはなかった。
あれは単に二度めだったから怖くなかったのか、それとも――。
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