第448話:大人ってやつは

「―――できてないっ!!って・・・あれ?ここは?」

突然目の前の光景が変わったことに驚いた重清は、辺りを見回した。


「どこか、別の空間に移動したみたいね」

「別の空間って―――うわっ!びっくりした!!」

チーノの声にふり向いた重清は、そこにいた大きな白い虎の姿に声を上げた。


「自分で術を使っておいて、驚かないでくれる?」

白虎チーノが呆れた声を重清へとかえしていると、


「ほっほっほ。突然そんな姿が目に入ったら、驚くのもしょうがないじゃろうて」

「爺さんも十分、スゲー格好だけどな」

玄武ロイがそう言いながらノソノソと重清に歩み寄ると、重清の頭の上定位置に鎮座するプレッソは憎まれ口を叩きながら辺りを見渡した。


「ま、他所も似たようなもんだ」

プレッソの言葉に重清も周りに目を向けると、


アカ「ちょっと、ここどこよ!?」

カー「驚くハニーも可愛いぜ!」


ツネ「うわっ、ちょっ、近藤!お前近づくなよっ!」

近藤「おまっ、お前の術でこうなったんだろうが!引いてんじゃねぇよっ!」


ソウ「ここは・・・・」

ブル「パパ、なんだかここ、懐かしい感じがするよ」


聡太達もそれぞれに周りをキョロキョロしていた。


先程までいた森と似ているようにも思えるその場所は、同じく木々に覆われた森のようであった。


しかしそこが先程までの森でなく、更には現実の世界でないことも、重清達は感じていた。


「なんだか、雅さんが作った空間に似てるね」

青龍ブルーメを全身に巻いたままの聡太が重清へと近づき、声をかけてきた。


「だな」

重清はそれに頷きつつ、


(それに、じいちゃんと会ったとこにも似てる)

そう、考えていた。


(あぁ。重清が平八と逢引あいびきした場所ね)

(いや逢引て)

嫉妬の色を浮かべて睨んでくるチーノに、重清は小さくつっこんだ。


嫉妬故か、はたまた白虎の姿だからか、その視線はいつにも増して迫力のあるものであった。


ふと重清がチーノから視線を外すと、遠くに小さな洞窟が目に入った。


そして、その洞窟をじっと見つめる允行を、重清の視線が捉えた。


「っ!!」

咄嗟に構えた重清であったが、允行はそれに気が付いていないのか、どこか懐かしそうな瞳を洞窟にむけたまま佇んでいた。


「「シゲ」」

しばしお互いの具現獣とワチャワチャしていた茜と恒久も重清の側へとやって来て、允行を見つめていた。


その視線に気が付いた允行は重清達へと向き直り、洞窟を指さした。


「おそらくあの洞窟に、お前たちの言う『始祖の契約書』があるだろう」

允行のその言葉に、一同の視線が洞窟へと集中した。


しかし重清だけは允行をじっと見つめたまま、


「ねぇ。忍者を消すって、考え直すつもりはないの?」

そう声をかけた。


「ふっ」

允行は小さく笑みを浮かべ、首を振った。


「いまさら、だな。もう後戻りなど出来ないのだ。

ここまで来たらな」

淋しげに笑う允行に、重清はなおも続ける。


「いまさらなんてないって!

今からでも遅くないよ!あんた、じいちゃんの本に書かれているみたいに、忍者の基礎を作ったんだろ!?

だったら、また考え直せばいいじゃん!そのために『始祖の契約書』があるんじゃないのかよ!?」

「もう、私にその気力は残ってはおらんよ。それに―――」


師やあの者たちと共にでなければ。


允行はその言葉を飲み込んで、重清を見つめ返した。


「もう私は、考え方を改めるには長く生きすぎた。

私を止めたければ、力付くで止めるしかないぞ」

「そんな・・・」

重清は項垂れて、小さく呟いた。


「何を躊躇している。私はお前の友の父を殺した男ぞ?

仇を討ちたいとは思わないのか?」

「仇、ねぇ」

允行の言葉に、異形の姿となった近藤がヘラヘラとした笑みを浮かべた。


「確かに、こいつの言うとおりじゃねぇのか?

あいつはあの美影って可愛い女の父親を殺したんだろ?

だったらぶっとばせばいいじゃねぇか」

「・・・・・・」

近藤がそう言うと、重清はしばし考えて、顔を上げた。


「おれは、あんたがそんなに悪い奴には思えない」

「ふっ。人を殺したというのにか?」

允行は小さく笑って返した。


「確かに、人を殺すのは悪いことだよ。

あんたが言った、美影のお父さんが悪い考えを持っていたっていうのも、本当かなんておれには分からない。

だけど・・・」

そこで言葉を止める重清を見つめていた聡太は、前へと進み出た。


「シゲは・・・ううん。シゲだけじゃなく、ぼくたちは、誰も美影さんのお父さんに会ったことも無い。

だから、その・・・」

「まっ、会ったことないヤツよりも、俺達は目の前のあんたのことしか分からねぇってだけだ。

なんたって俺達は、まだまだガキだからな」

言葉をつまらせた聡太に代わり、恒久が肩をすくめてそう言った。


「ま、そういうことよ。

あんたは、ある程度悪人だろうけど、それでも、ここにいる近藤程じゃないと、わたしたちは判断したのよ」

「は?なんで俺がディスられてんの?」

茜がそう言うと、近藤が独り不満げに漏らしていた。


「まぁ、この子たちがそう判断するなら、私達はそれを尊重するだけよ」

白虎となったチーノは、そう言って允行へと微笑みかけた。


「儂らは一応、それなりに長く生きておるからのぉ」

「あっちの長生き爺さんに比べたら、ウチの爺さんもまだまだガキだけどな」

ロイの言葉にプレッソが小さくつっこんでいると、允行は笑いだした。


「はっはっは!若いというのは本当に面白い!」

そう言った允行は、重清達を見つめた。


「しかし、子どもに言い聞かせられるほど大人は素直ではないものだ。

すまないがお前たちには、私の我儘に付き合ってもらうぞ」

その言葉とともに、允行から黒い忍力が溢れ出した。

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