第442話:甲賀アカの新たな具現獣

「そのことはどうでも良いのよ」

琴音の言う『借り』に覚えのない茜が首を傾げていると、琴音は冷たく言い放った。


「それより、どうするの?契約、しないの?」

その言葉に茜は、琴音の肩にとまるカラスに目を向け、


「でも・・・その子はちゃんと納得しているの?」

「えぇ。カーちゃんは、分かってくれたわ」


「いや、全然納得してなさそうだけどな」

全力で首を横に振るカーちゃんの姿に、これまで重苦しい雰囲気の中、つっこみを必死に我慢していた恒久はついに我慢の限界を迎え、つっこんだ。


「カーちゃん、お願い。もう私は、こんな力持っていたくないの」

琴音は悲しげにカーちゃんへと語りかけた。


「カーちゃんのことは大好きよ。でも、あなたとの契約を切れば、私はこの力を手放すことが出来る。重清君との思い出を忘れることなく・・・

少しでも、少しでも長く、私は重清君との思い出だけは、手放したくないの」

「カァ・・・」

カーちゃんは小さく鳴いて頷くと、その羽を羽ばたかせて琴音の肩から飛び立ち、茜の頭へととまった。


「ほら、納得してくれた」

琴音がそう茜に笑いかけるも、


「ちょっ、頭は辞めてっ!髪が乱れるっ!!」

茜は頭にとまったカーちゃんと必死に格闘していた。


「カァー」

茜を小馬鹿にしたように鳴いたカーちゃんは、茜の頭から飛び退いて近くの椅子に降り立った。


「もう仲良くなれたみたいね」

「いやどこが!?」

悲しげに笑みを浮かべる琴音に、茜は涙目で叫び返した。


「それよりほら。早く契約しなさいよ。

私はあなた達を連れて行かないといけないんだから」

茜のつっこみを無視して、琴音はため息をついた。


「あーもう!やるわよ!美影ちゃんの命がかかってるし、この人を小馬鹿にしたカラスとでもなんでも、契約してやるわよっ!

・・・・で、みっちゃん。具現獣との契約ってどうすればいいの?」

勢いよく言い切った茜は、チラリと師に目を向けた。


「はぁ。あんたの忍力をその具現獣に与え、それをそいつが受け入れれば契約は成立するよ。

あんたはそれでいいんだね?」

雅はそう言って、琴音に目を向けた。


「女に二言はないわ」

琴音はただ雅へとそう返し、頷いた。


(ふん。重清が惚れただけのことはある、か)

琴音の態度に少なからず感心しながら、雅は琴音へと頷き返した。


「じゃぁ、いくわよ?」

「カァーっ!」

茜が声をかけると、カーちゃんはそう鳴いて翼を広げた。


『さ、どこからでも来なさい』

とでも言いたげなその様子に、


(なんでこんなに偉そうなのよ!?)

茜は心の中で悪態をつきつつ、チラリと琴音に目を向けて、目の前のカラスに手を突き出した。


茜の手のひらから流れ出る赤い忍力をその体で受け止めたカーちゃんはその場に舞い上がり、そのまま茜の肩へと降り立った。


黒に包まれていたその体に、僅かながら赤い羽の混じったカラスが、茜の耳を優しく噛んだ。


(まぁまぁな味の忍力だな。気に入ったぜ。よろしくな、新しい御主人様ハニー

「ちょっ、なんか嫌っ!こいつ生理的に受け付けないっ!」

脳内に響くカーちゃんの声に、茜は涙声で叫んだ。


「バイバイ、カーちゃん」

そんな茜を尻目に、琴音は小さく囁いた。


「カァー!」

琴音の声に反応するかのように鳴くカラスの声に、琴音は小さく微笑んだ。


先程まで聞こえていたカーちゃんのキザったらしい声はもう琴音の耳には届かず、ただ聞こえるカラスの鳴き声だけが、琴音の忍者としての力を失ったことを物語っていた。


「バイバイって・・・またこいつと契約し直せばいいじゃん!?そうしたら琴音ちゃんは、また忍者に戻れるよ!」

琴音の囁きを耳にした重清は、そう言って琴音の肩を掴んだ。


「重清君・・・さっきも言ったでしょ?私はもう、忍者の力なんかいらない。私には、あなたへの想いだけが残ればそれでいいの。

それに――――」

そう言った琴音は、小さく笑った。


「どうせ重清君達も、すぐに忍者ではなくなる。

また、昔の私達に戻りましょうね」

「・・・・・・・」

自身に向けられた微笑みに、重清は無言で琴音を見つめ返すことしかできなかった。


「これで準備はいいでしょ?早くあの男のところに行きましょう」

答えのない重清に淋しげに笑みを向けた琴音は、心に湧いた物悲しさを振り払うかのように声を張り上げた。


「そうだね。こんなこと、さっさと終わらせるかね」

そう言って立ち上がろうとする雅を、琴音は制止した。


「待ちなさい、雑賀雅。私が連れて行くのは、あの男が求める術と契約した者だけよ。

この茜って子と・・・あとは誰かしら?」


ツネ「俺だな」

ソウ「あ、ぼくも」

シゲ「・・・・あとはおれだよ。おれは、2つ契約したから、この4人で全部だよ」


「そう・・・やっぱり、重清君も行くのね・・・」

重清の言葉に頷いた琴音は、小さく頷いて重清に背を向けた。


「それじゃ、行くわよ」

そう言って歩き出す琴音の背に、恒久が声をかけた。


「待てよ。もう1人だけ、連れていきたいヤツがいる」

恒久はそう言いながら、その場にいる1人に目を向けていた。

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