第400話:思っていたよりも

「ばあちゃんは、じいちゃんのこと恨んでなんかいないと思うよ」

後悔の念を抱く平八に、重清はそっと声をかけた。


「孫として、あんまり言いたくはないんだけどさ。ばあちゃん、今でもじいちゃんのこと大好きだよ。

もう、勘弁してって言いたくなるくらいに、こっちが油断したら惚気話聞かせてくるからね。

だからさ、じいちゃんは気にしなくていいと思う。

ばあちゃんだって、他に方法がないからじいちゃんの指示に従ったんだろうし。


他に方法があったなら、あのばあちゃんなら絶対にそっちを選ぶはずだからね」

重清はそう言って平八に笑いかけた。


「重清、ありがとう」

重清の言葉にしばし考え込んだ平八は、そう言って小さく笑った。


「ま、ばあちゃんのことは気にしないことだよ。まぁ、おれを当主に選んだことは、もう少し気にしてくれていいけど」

「え?そっちは全然気にしてないんだけどな」

平八は惚けたように重清へと返し、先程の後悔を忘れるかのように笑っていた。


「まぁ、もう決まっちゃったもんはしょうがないんだけどさ。

それよりじいちゃん、当主って何すればいいの?みんな面倒くさがってたけど」


「なんだ。雅はその説明もしていなかったのかい?

まったく・・・でもまぁ、そういう意外なそそっかしさも、雅の可愛いところ―――」

「だから惚気話はもう勘弁してって」


「あぁ、悪い悪い。それよりも、当主の仕事について、だったね。みんなが言うほど、面倒ではないんだけどなぁ」

平八は少し不満そうな表情を浮かべながらも、説明を始めた。


「大きく言うと、一族の取りまとめみたいなものかな。

ウチで言うと、私と雅の子である3人とその妻、そしてそれぞれの子どもたち、つまりは私の孫達が一族に当たるからね」

「取りまとめって、具体的には何をするの?」


「そんなに難しいことじゃないよ。

本家からの色んな通達を皆に伝えたり、依頼の斡旋があったら、それを誰かに振り分けたり。


あぁ、もしも一族の誰かが問題を起こしたら、その責任を取らなくちゃいけないかな。

それと、今年はウチが宴会当番のはずだったな。

新年会と忘年会、あとは夏にも1度、雑賀家の当主達が集まって飲み会をやるから、その調整をしなくちゃいけないんだけど・・・


重清はまだ中学生だし、そういうの慣れてないよね?

その辺は雅史にでも相談してみてね。あいつは、昔からお酒大好きだしそういうの得意だと思うから。

それと・・・あれ?重清、どうしたの?」


「・・・・・・・・」

平八から矢継ぎ早に出てくる言葉に、重清は開いた口を閉じることもできず、ただ呆然としていた。


「重清?」

「はっ!」

不思議そうに重清を見つめる平八の言葉に、重清は我を取り戻し、


「なんか、当主の仕事が思ってたのと違ってた!特に後半!しかも・・・思ってた以上に面倒くさそうだったぁっ!!」


雄叫びをあげた。


「えぇ〜?そうかなぁ?やってみたら、意外と楽しいよ?」

平八は、重清に笑顔を向けてそう返していた。


「あっ、でも重清。本家には注意した方がいいよ。あそこは、私に思うところがある人がいるからね」

「あ〜、多分それならもう大丈夫だよ」

平八の言葉に、重清は何でもないかのようにそう答えていた。


「え?もしかして、もう本家から接触してきたの?思っていたよりも早かったな。それにしても、大丈夫って・・・

そうだ重清。せっかくだから、重清が忍者になってからの話、聞かせてくれないかい?

本家のことも気になるけど、それ以上にシロがどうなったのかも知りたいし」

「シロのことは、じいちゃんの期待に添えないかもしれないけど・・・」

重清は笑いを堪えながら、必死に残念そうな表情を作った。


「重清は相変わらず嘘が下手だな。まぁ、そういうところも私そっくりなんだけどね。

私も昔、雅に隠れてプレゼントを準備しようとして―――」

「じいちゃん、脱線脱線」


「おっとすまない。じゃぁ聞かせてくれ、重清のこれまでの話」

「いいけど・・・今日の話だけでも時間かかったのに、大丈夫かな?」


「安心してくれ。ここには、時間の概念がない。何年居ても、元の世界に戻ったらこちらに来た瞬間に帰れるよ。私の忍力が尽きるまではね」

「まぁ、全然安心材料にはなんないけど。ま、いっか。おれとソウ、あ、ソウは知ってるよね?

そうそう、おれの親友ね。入学式の日、おれはソウと、野球部の練習を見に行ったんだ」


こうして、重清は忍者となったあの日からこれまでの経緯を、話し出した。


本来であれば2時間もあれば説明できるこの話。


脱線の名手とその孫は、およそ丸2日をかけて、重清の歴史を振り返った。


睡眠も食事も必要のない真っ白なこの世界で、時折平八が出したコーヒーを飲みながら、祖父と孫は、ゆっくりと語り尽くしたのであった。

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