第377話:ケンとノブと恋バナ

歩き慣れたはずの廊下。


しかしいつもとは違うその暗い道を、2人の少年が歩いていた。


身長は低く、物静かそうなその口からは、時折特定の人物にだけ毒が吐かれる、そんな少年。


そしてかたや、少年と呼んで良いのか不安になるほどの老けた顔立ちに、鍛え抜かれた体躯の少年ゴリラ


ケンとノブである。


2人は今、夜の校舎を歩いている。

不法侵入である。


暗い校舎を歩く。それだけでも重くなる足取りは、何故かウロウロしている何人もの教師達から隠れるためにさらに重くなっていた。


こういう時、ケンが無駄口を叩くことは無い。


ケンは元々、口数が多い方ではなかった。

騒がしい後輩達の影響でそれなりに話すようになったとはいえ、こういった場面でわざわざお喋りしながら歩くことなどないくらいに、ケンの無口は健在なのである。


それは、ケンと付き合いの長いノブにもよく分かっていた。

シンを含めたこの3人は、もはや親友と呼んでもおかしくない仲なのである。


しかしノブは、今この場に親友の1人であるシンが居合わせていないことを心から喜んでいた。


シンの前では決して話すことのできない話を、ノブはずっと、ケンとしたかったのだ。


とはいえ、ケンと2人っきりでしたことの無い話題を出すことに、ノブは躊躇していた。


「なぁケン。お前、その・・・」


結果としてノブの口から出たのは、そんな中途半端な言葉だけであった。


「なんだゴリラ。無駄口きいてる暇なんてないぞ」

相変わらずノブに対して当たりの強いケンからは、そんな返事が返ってきた。


しかし直後にノブから投げかけられる質問に、ケンは赤面することになる。


「ケン、その、麻耶さんとは、どうだ?」

「はぁ!?」


ケンの叫びが、廊下に響き渡った。


「バカモノ!大声を出すな!」

ノブはそう言いながら、ケンを物陰へと引きずり込んだ。


しばらくそのまま身を潜めた2人は、誰も近づいて来ないことを確認すると、そのまま話しだした。


「ゴリラ、お前こんな時に、突然何を言いやがる」

「こんな時じゃないと聞けないだろうが」


「・・・・シン、か」

「そういうことだ。それで、どうなんだ」


「どうって・・・普通」

「普通、か」

ノブはそう言うと、ニカリと笑ってケンの頭をクシャリと掴んだ。


「やめろよ。お前こそどうなんだ?ヒロって人から告白されてんだろ?」

「まぁ、それはそうなんだがな」


「お前は、その人のこと好きじゃないのか?」

「わからん。そもそも、人を好きになったことがないからな」


「ガラガラっ」


その時、突然近くの教室の扉が開け放たれ、誰かがその中へと入っていった。


恋バナに夢中になり始めた2人は、人の近づく気配に気付かず、その音にびくりと体を硬直させていた。


そのままじっと身を潜めていると、教室の中からすすり泣く声が聞こえてきた。


2人は顔を見合わせて扉の上に掲げられたプレートに目を向けると、そこには小さく『社会科準備室』と書かれていた。


偶然にも2人は、七不思議の舞台の1つである社会科準備室へと辿り着いていたのであった。


「ってことは、今のがこの声の主」

ケンの言葉にノブが頷くと、2人はそっと、扉の隙間から中を覗き込んだ。


「うぇ〜〜ん。結婚してぇよぉ〜〜。誰か俺の命、狙ってくれよぉ〜〜」

そこには偶然にも、図書室の主と同じ理由で1人子どものように泣きじゃくる、忍者部顧問ノリの姿があった。


((やっぱりあんたか!))


『社会科準備室』と聞いたときから、他の面々同様社会科担当のノリを怪しんでいた2人は、心の中でつっこんでいた。


((っていうか、泣くほど結婚したいならその高いハードルを諦めろ))


そうつっこむ2人は顔を見合わせると、互いに頷き合ってその場をそっと離れた。



「今のは、見なかったことにする」

社会科準備室から離れたところで、ケンがそう言うと、


「だな。まぁ、そう報告しても、皆は薄々気付いているだろうけどな」

ノブも頷いてそれに答えた。


「お前も、ああなりたくなかったら、そのヒロって人と、ちゃんと向き合ってみろ」

「ふっ。ケンから恋のアドバイスを聞くことになるとは思わなかったな」


「一応、俺の方が先輩」

ケンは小さく胸を張ると、言葉を続けた。


「麻耶さんの話だと、そのヒロって人、中学のときは性格悪かったらしいぞ」

「このタイミングでそれ言う?」


「最後まで聞け、ゴリラ。って言っただろ?

ヒロって人がお前に助けられたあの日、麻耶さんはそのヒロって人と和解したらしい。

それからは、普通に仲良くやってるってよ。

今はよく、お前の事を楽しそうに話すらしいぞ」

珍しくよく話すケンがニヤリと笑うと、ノブは顔を赤らめてはにかんだ。


「ま、まぁ、もう少しあの人の事を知ってからだな」

「顔が赤いぞ。お前、意外とまんざらでもないだろ」


「うるさい。人から好かれるのも初めてだから、どう反応すれば良いのかわからんだけだ」

「そういうことにしておいてやるよ」


ふっと笑ったケンはそう言うと、


「そろそろ、部室に戻るか」

そう言ってノブと2人、図書室へ向けて歩き出すのであった。

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