第344話:再契約

「よく来てくれた」

松本反音そりおの目の前の屈強な老人が、そう言って反音を見据えていた。


「あの。僕にはまだ、何が何だか分かってないんですが・・・」

戸惑いの色を浮かべた反音は、周りを見渡しながら老人へと返した。


「まぁ、そうだろうな」

老人はそう言った老人の手には、いつの間にか1枚の紙が握られていた。


(あんな紙、いつの間に・・・・)

訝しげにその紙に目を向ける反音に老人は、


「話の前に、まずはお前の記憶をもとに戻してやろう」

そう言った老人は、その髪を反音へと差し出した。


その紙を不思議そうに見つめている反音に老人は、


「その紙を胸に当て、『契約する』と念じてみよ。

そうすれば、お前が僅かに失った記憶を取り戻すことができるはずだ」

そう言って反音を見つめていた。


突然の言葉に、反音は警戒しながらも老人の瞳をじっと見つめ返していた。


嘘を言っているようには思えない。

そんな真っ直ぐな瞳であった。


反音はその老人が、自分を騙そうとしているとはどうしても思えなかった。

むしろ、心の底から、自分の事を心配し、考えてくれているとさえ思えた。


それは遠い昔、まだ父が正義の味方であった頃に自分に向けられていたその瞳と同じように、反音には思えたのであった。


そして反音は決心し、老人から渡された紙を胸へと当て、念じた。


(契約する)


すると手にあったはずの紙が消えてなくなり、代わりに反音の頭には、先程まで失っていたはずの入学式の日の出来事が鮮明に浮かんできた。


「俺、忍者部に入って・・・・なんで、それを忘れてたんだ?」

「無事に記憶は戻ったようだな」

そう言った老人は、反音が記憶を失っていた経緯を話し出した。



「なるほど。俺はその、『捨て忍』ってやつなんですね」

老人の話を聞いた反音は頷いた。


「やけに冷静なんだな」

老人は、意外そうな顔を反音へと向けた。


「まぁ、忍者になりたくなかったと言えば嘘になりますけど。

でも別に俺は、そんな力なくても構わないですから。

俺はただ、父を殺した犯人を、そして全ての犯罪者を捕まえる警察官にさえなれれば、それでいいんです」

「ふっ。父の死が、自殺ではないと知っているのか」


「父のことを知っているんですか?」

「もちろんだ。お前の父を殺したのは、儂なのだからな」


「なっ!?」

反音は声を漏らして、老人を見つめたまま硬直した。


しばし言葉を失った反音は、じっと老人を見つめ、笑みをこぼした。


「嘘ですね」


反音の言葉に、老人は表情を変えることなく反音を見つめていた。


「何故、そう思う?」

「なんとなく、ですかね」

反音はそう言って、老人を見つめた。


「あなたはそれほど、悪者には見えない」


反音から発せられたその言葉に老人は閉口し、直後に笑い始めた。


「父の敵を捕まえて、悪者には見えない、ときたか」

「はい。一応そういうの、自信あるんで」


「まぁ、そう思いたければそう思っていればいい。

しかし、儂の言っていることは事実だ」


「そう、ですか・・・」

残念そうに呟いた反音は、老人を見据えた。


「出頭、してくれませんか?」

「すまんが、今は出来んな」

老人は、反音へと返した。


「残念です。じゃぁ、俺が代わりに警察に―――」

「申し訳ありませんが、それは勘弁してもらえませんかね?」

これまで静かに佇んでいた笑顔の男は、突然反音の前に現れると、そう告げた。


「なるほど。それも忍術だったんですね」

突然目の前に現れた男に驚くことなく、反音はただそう返した。


「今のお前では、我々にはどうあがいても勝ち目はないぞ?」

そんな反音に、老人は笑いながら声をかけた。


「じゃぁ、忍者部の人達にでも助けを求めれば―――」

「ざぁ〜んねん。それもできないよぉ」


反音の言葉を遮るように、別の間延びした言葉が聞こえてきた。


反音が声のした方に目を向けると、全身を黒服に包んだ青年と、チャイナ服姿の女が扉から部屋へと入って来た。


「そう。今のあなたが助けを求めたところで、また無理矢理契約破棄されるのがオチよ」

チャイナ姿の女は、妖艶な笑みを反音に向けて言った。


(ま、契約主でもない忍者が契約破棄なんて、そんなことできないんだけど)

そう女は、心の中で呟きながら。


「反音よ。このままここに、残る気はないか?」

老人は、反音へと声をかけた。


「父を殺した犯人と、一緒にいろってことですか?」

反音は老人を睨みつけた。


「ここにいれば、我々を捕まえる力を身につけることも、不可能ではないのだぞ?」

「意味がわからない。自分達を捕まえる力を、俺に与えるっていうんですか?」

反音は老人から目を逸らさず、言った。


「久しぶりに会えた仲間なのだ。せめて力の使い方くらいは、教えてやりたくなるじゃないか」

そう言うと老人の体から、黒い力が溢れ出した。


「なっ・・・」

反音が声を漏らしながらも周りに目を向けると、自身をこの場に連れてきたニヤニヤ男からも、そして先程入って来た2人からも、老人と同じく黒い力が溢れていた。


「・・・・・・わかりました」

反音は、そう呟いた。


「俺の勘じゃ、あんた達の中に犯人はいない。

まぁ、父の死に関係している可能性は捨てきれないけど。

ここで力を身に着けて、あんたら全員、警察で洗いざらい父の死の真相を話してもらう」

反音が老人へとそう返すと、老人はただ、満足そうに頷くのであった。

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