第341話:廊下での出来事

始業式の2日後。


昼休みにたまたま出会った重清と聡太、そして恒久は、廊下の隅で周りに聞こえないような小声で話していた。


「しかしユウのやつ。まさか1日目で試験を全部クリアしちまうとはな」

恒久がそう言うと、重清と聡太は苦笑いを浮かべて頷き返していた。


恒久の言う試験とは、1年前にノリが彼らに課したものと同じ、心・技・体の力を使った試験のことである。


重清達4人は、その試験クリアに散々手こずっていたが、それを優希は、初日に全てクリアしたのである。


「シンさん達、ショック受けてたね」

聡太はそう言って、笑っていた。


シン達は、1年前同様今年もそれぞれ、心・技・体の力の指導に当たる予定であったのだが、優希が初日で全ての試験をクリアしたことにより、全く出番がなかったのだった。


「先輩らしさを発揮できる唯一の場だったのに」

とは、シンの言葉。


重清達がそんな雑談をしていると、


「おい芥川。お前なんで、女子の制服なんて着てるんだよ?」

そんな声が、重清達の耳に届いた。


重清達が声のした方に目を向けると、優希が何人かの男子生徒達に囲まれているようであった。


重清達は互いに視線を交わし、頷き合ってそちらへと向かった。



「なんか揉め事?」

重清が優希を囲む輪に声をかけると、


「はぁ?」

1人生徒がそう言って重清を睨んでいた。


「おっ、ユウ。やっと制服届いたんだな。似合うじゃねぇか」

それを無視して、恒久は優希へと笑いかけた。


ちなみに優希、自身の性の不一致を兄であるショウと両親に相談したのがショウの卒業式の日であり、すぐにそれを受け入れた両親が急いで女子生徒の制服を注文するも、あまりにも急であったことから入学式に制服が間に合っていなかったのだ。


それを知っていた恒久が言ったその言葉に、優希は答えることなく、ただその場で俯いていた。


「なんだよお前ら。俺らに何か用かよ」

1人の生徒が、恒久の前に出てきた。


「お前ら、1年だよな?俺は気にしないけど、先輩への言葉使いには気をつけろよ?

俺がこいつのいとこだったら、お前今頃、壁にめり込んでんぞ?」

恒久は重清を指しながら目の前の少年に告げた。


「いや、意味わかんないんですけど?」

しかし恒久に立ちはだかった少年は、それに臆することなくヘラヘラと笑いながら恒久へとそう返した。


少年の態度にため息をついて、恒久は優希を取り囲む一団を睨みつけた。


「で、お前ら、なにウチの可愛い後輩イジメてくれちゃってんの?」

「だってこいつ、男のくせに女の制服なんて着てるんだぜ?」

恒久の言葉に、別の生徒が優希を指さして笑っていた。


「ねぇ君たち。多様性って言葉、知ってる?」

聡太が、そう言って少年達に笑顔を向けた。


「きっと知らないんだよね。あっ、ちょうど先生来たから、聞いてみたら?」

そう言って聡太は、廊下の向うに目を向けた。


「ちっ。行こうぜ!」

初めに恒久に突っかかった少年がそう言うと、優希を取り囲んでいた輪がまたたく間に消えていった。


「ソウ、相変わらず良い性格してんな」

聡太の視線の先に誰もいないことを確認した恒久は、そう聡太に言うと、


「ユウ、大丈夫か?」

心配そうに優希に声をかけた。


優希は今にも泣きそうな顔を上げて、無理矢理作った笑顔を返した。


「はい。こうなることは、覚悟してたので・・・って痛いっ!」

優希は突然おでこに走った微かな痛みに、声を上げた。


「無理してんじゃねぇよ。辛かったら泣いていいんだぞ?

まぁ、俺が胸貸すわけにもいかねぇから、いつでも茜の胸使えばいいさ」

優希にデコピンを仕掛けた恒久は、そう言って優希へと笑いかけていた。


「おぉ〜。なんか今日のツネ、かっこいいね」

「うん。多分、まともに話してくれる女の子相手だから、頑張ってるんだよ」


「おいお前ら、聞こえてんだぞ?」

コソコソと話す重清と聡太に、恒久が声をかけていると、2人の女子生徒がオズオズと優希へと近づいた。


「優希ちゃん、ごめん・・・私、助けてあげられなくて」

「ごめんね。あんなに男子がいたら、怖くて・・・」

そう申し訳無さそうにいう2人に、


「ううん。あんなに男子がいたら、怖いの当たり前だもん。優しい先輩達が助けてくれたから、私は平気っ」

優希はそう言って微笑みかけた。


「あのっ!優希ちゃんを助けてくれて、ありがとうございました!」

1人の少女がそう言って恒久に頭を下げると、もう一方の少女がその袖をグイと引っ張った。


(ちょっと。あの人、噂のムッツリ先輩よ!)

(えっ、この人が?良い人そうなのに・・・)


「あぁ・・・ツネ、あれだけカッコよくても、あの扱いなんだ」

「みたいだね。なんだか、ツネが不憫だよ」


「まっ、気にすんな!ウチの後輩と、仲良くしてやってくれよっ!」

重清と聡太の悲しい囁きに気付いていない恒久は、そう言って颯爽とその場を後にした。


「おぉ〜、去り際もカッコいいな」

重清はそう呟きながら聡太と共に恒久を追っていると、


「優希ちゃん、大丈夫だった!?あの人に、いやらしいことされなかった!?」

優希の友人である少女が、優希に心配そうに声をかけていた。


「「・・・・・・」」

重清と聡太は互いに視線を合わせ、肩をすくめて恒久を追った。


「うん、大丈夫」

優希は友人にそう返しながら、去りゆく恒久の背を見つめていた。


その目に、助けてくれた感謝以外の熱い想いが込められていることに、その場の誰も、気付くことはなかったのであった。

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