第314話:ノリとトウ

「あれ?そういえば今日、ノリさんは?」

忍者部一同がそれぞれ着替えを(無事に)済ませたショウに『卒業おめでとう』の挨拶した頃、重清が呟いた。


「ノリさんなら、急用だって言って出て行っちゃったよー」

ショウが、重清に笑いかけながらそう返した。


「ノリさんったら、何考えてるのかしら?ショウさんの卒業式の日だって言うのに」

「まぁー、さっき挨拶は済ませたからねー。それに、明日からも部活には顔出すから、まだ最後のお別れでもないしねー」

プリプリ怒る茜に、ショウはそう言って笑っていた。



ショウの卒業という大事な日に、ノリはどこへ出掛けたのか。


2中忍者部は、これから社会科研究部でのありきたりなお別れ会が開かれるようなので、今回はノリの行方を見てみよう。



忍者部一同が部室に集まり、島田さんに叱られながらもショウの送別会に勤しんでいた同時刻。


甲賀ノリは3中へと足を運んでいた。


「驚いたぞノリ。まさか卒業式の今日、こちらへやって来るとはな」

2中忍者部の部室と同じ作りの部屋で、ノリの前に座る老人が、そうノリへと語りかけていた。


「トウさんには、忍者部顧問としてのイロハを教えていただきましたからね。今日は私にとって、トウさんからの卒業式でもあるんですよ」

ノリはそう言って、3中忍者部顧問、根来トウへと笑い返した。


「ふっ。泣かせることを。しかし手間が省けた。儂もノリを今日、呼ぼうと思っていたのでな。だか、良かったのか?ノリの所にも卒業生はいたであろう?」

「あいつらはあいつらだけで楽しみますよ。それより、私に何か用がお有りなのでは?」


「それは後で良い。それよりもノリよ、次年度は色々と面白くなるぞ」

「次年度?トウさんの後任がわかったのですか?」


「あぁ、そちらもあったな。決まったぞ。せいぜい2中の子らを鍛えておくことだな」

「それ程の方が後任に?一体どなたが?」


「教えるものか。ノリの慌てふためく様子を見たかったわ」

「それならば、是非見に来てくださいよ。3中の子達も、きっと喜びますよ?」


「そうしたいのは山々だがな。儂も定年後は色々と忙しくてな」

「以前も仰っていましたね。夢がある、と」


「あぁ。やっと、儂の念願が叶いそうでな」

「ほぉ。それはちなみに、どんな?」


「ヒミツだ。まぁいずれ分かることよ」

「そう、ですか」


その後2人はしばしの間、思い出話に花を咲かせていた。



「では、そろそろ失礼いたします」

そう言って立ち上がるノリに、


「おぉ、忘れるところだった」

トウはそう言って、懐から1つの冊子を取り出してノリへと差し出した。


「これは?」

「雑賀平八の、もう1つの書籍よ」


「は、えっ、ちょ、もしかしてまた俺の事書かれてます!?」

「ノリ、少し素がでておるぞ。安心しろ。これは以前のようなものではない。それに、一部の者にしか出回っておらん。何故儂に渡されたのかは、わからんがな」


「し、失礼しました。平八様の書籍には、トラウマしかないもので」

「あれはあれで、中々楽しめたぞ?」


「いやほんとやめてもらっていいですか」

「そうムキになるな。これは、そうさなぁ。儂にとっての聖書バイブルと言っても良い、そんな内容よ」


「そのようなもの、頂いても良いのですか?」

「今の儂には、必要がなくなったのでな。折を見て、平八様の孫にでも渡してやるとよい」


「わかりました。ありがたく頂きます」

ノリはそう言って、表紙に『始祖の物語』と書かれたその本を、大事そうにしまった。


「では、失礼いたします。トウさん。今まで本当にありがとうございました。お体、お大事になさってください」

「ノリもな。あまり無理はするなよ?あと、そろそろ結婚くらいしろ」


「ちょ、それはいいっこなしですよ!トウさんだって結婚してないじゃないですか!俺にとっては、そこも尊敬するところなんですよ!?」

「お前まさか、儂が結婚していないから、儂の話し相手を買って出ていたのではあるまいな?」


「まさか。それはほんの少しだけですって。教師として、尊敬してますから!平八様の次に」

「そうか。雑賀平八の次に、などと言われるとは、中々光栄なことだ。長年教師を務めた甲斐があったというものだ」


「私は本当にそう思ってますからね。では、本当にそろそろお暇させて頂きます。いつでも、2中に遊びに来てください!」

ノリは深々と頭を下げてそう言うと、部室を後にした。



「体を大事に、か」

ノリの居なくなった部室で、トウは呟いた。


「儂には無用の言葉じゃな」

トウはそう言いながら忍者部の部室を後にし、外を歩くノリへと目を向けた。


「雑賀平八よ。お主、一体何手先まで読んでおるのだ?」

そんなトウの囁きは、3中社会科研究部の部室へと吸い込まれるのであった。

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