第298話:恒久が呼び出しを受けた理由

「今日ここへ呼ばれた理由は、分かっているな?」


頭を下げたままの恒久に、座っていた男が声をかけた。


「いえ、宗時むねとき様。申し訳ございませんが、分かりません」


恒久は頭を下げたまま、男――伊賀 宗時――へと言葉を返した。


「お前、しらばっくれてんじゃねーぞ!」

もう1人の少年が、恒久へと掴みかかってきた。


「宗久、やめなさい」

男は少年を落ち着かせるような声色で言った。


恒久の前に座る男、伊賀宗時は伊賀本家当主であり、その隣の少年は宗時の息子、宗久である。


自身に食って掛かる宗久を無視して、恒久は顔を上げて宗時を見つめる。


「宗時様。理由を教えていただけないでしょうか」


「・・・・・ふむ。ウソはいかんな、ウソは」

恒久の目をじっと見ていた宗時は、そう言って指を鳴らした。

その瞬間恒久の目の前に、1体の動物が現れた。


鹿のような体は黄色い鱗に覆われ、首から上は龍のような顔をしたその動物は、頭に生えた1本の角を恒久の首元へと向けていた。


(なんだ、この動物は?具現獣か?)


恒久は突然のことに焦りつつも、その動物をじっと見据えていた。


「ほう。慌てることもしないとは、なかなか肝が座っているじゃないか」

宗時はニヤリと笑ってそう言うと、直ぐに険しい表情に戻って恒久を見据えた。


「もう1度問う。何故ここへ呼ばれたのか、分かっているな?」

宗時にじっと睨みつけられた恒久は、しらを切るのを諦めて、口を開いた。


「雑賀六兵衛、ですね」

恒久のその言葉と同時に、恒久の視界から角を持った動物が消え失せ、


「よろしい。若者は素直に限る」

宗時が満足そうに頷いていた。


「それで、お前は何故、雑賀六兵衛と接触している?

私のために、奴を消そうとしてくれているのかね?」

宗時のその言葉に、恒久は首を振った。


「弟子、なんです」


「おいおいおいおい!」

恒久がそう言うと、宗時の隣で宗久がいきり立った。


「お前、曲がりなりにも伊賀の血を引いておきながら、雑賀なんかの弟子になるとは、どういうつもりだ!?」

宗久が叫ぶ中、宗時は恒久の後ろに控える恒吉へと目を向けた。


「恒吉。お前もこの事は知っておったのか?」

「はっ。息子から、聞いておりました」


「それで、お前はそれを許した、と?」

「は、はい。ですが―――」


「言い訳してんじゃねーぞ末席がぁ!」

恒吉の言葉を途中で遮り、宗久がどこからか出したパチンコ玉を恒吉へと投げつけた。


「っ!」


パチンコ玉を額に受けた恒吉は、無言で痛みを堪え、頭からは一筋の血を流していた。


「あ、いや、なんか勘違いしてませんか?別に、俺が雑賀六兵衛の弟子になったわけじゃなくて・・・」

「じゃぁなにか!?雑賀六兵衛が、お前の弟子にでもなったっていうのかよ!?」


恒久の言葉に、宗久は恒久の胸ぐらを掴みながら叫んだ。


「あ、はい。雑賀六兵衛は、俺の弟子です」

「はぁ!?お前、ふざけたことを―――」


「あっはっはっ!」

宗久が怒りの形相で恒久を睨みつけていると、宗時が突然笑いだした。


「宗久、離してやれ。そいつの言葉に、嘘はない」


宗時にそう言われた宗久は、渋々恒久の首元から手を離し、後ろへ下がった。


「しかし、本当に雑賀本家当主を弟子にしているとはな。詳しく聞かせてくれ」

笑いながらそう言う宗時の言葉に頷いた恒久は、六兵衛との事を手短に説明した。



「なるほど。つっこみの弟子、とはな。それは、流石の私も思いも及ばなかった。

しかし、お前はそれほどまでにつっこみが上手いのか。

では1つ、試させてもらおうか」


そう言うと、宗時はスッと立ち上がり、恒久を見据えた。


「さて。私には1つ、つっこむべきところがある。それに的確につっこめるかな?

間違えたら、デコピンしちゃうぞ?」

「いや、可愛いなおい!」


デコピンの構えを取りながらそう言う宗時に、恒久はすかさずつっこんだ。


「お前っ!本家当主になんて口を聞いているんだよ!?」

「バカ者がぁっ!!」

恒久のつっこみに叫び声を上げた宗久が、突然吹き飛んだ。


宗時のデコピンが、宗久を襲ったのである。


「つっこみに、言葉使いを求めるなど、言語道断!

敬語なんぞ使っていたら、つっこみに勢いがなくなるわ!」

吹き飛んだ息子にそう言い捨てた宗時は、笑いながら恒久へと向き直った。


「今のつっこみ、勢いだけはたいしたものだが・・・」

そう言った宗時の姿が段々と薄れていき、


「今回はハズレだ」


恒久の背後から、そんな声が聞こえてきた。


恒久が振り向いたのと同時に、恒久の額に大きな衝撃が走り、恒久はそのまま吹き飛んで壁へと激突した。


「ぐっ・・・」


壁にぶつかった衝撃に声を漏らしながらも、恒久は先程まで自身が居た場所へと目を向けた。


恒久の背後に控えていた父のいた場所には、宗時が笑顔を恒久に向けて、佇んでいた。

デコピンの構えのまま。


「正解は、『お前の父は、この部屋に入ったときから私が化けていた姿だった』でした」

「いやわかんねーよっ!!」


恒久の悔し紛れのつっこみが、小会議室5291室に響き渡るのであった。

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