第276話:お久しぶりでやんす

「別にあんたと付き合ってる訳じゃないんだから、文句言われる筋合いはないんだけど?」

麻耶は冷たくイチへと言い返して、肩に置かれた手を振り払った。


「あら〜、麻耶じゃない。こんな所で会うなんて、一期一会ね。それにしてもあんた、相変わらずムカつく顔してるわね〜」

「ヒロもいたのね。あんたたちこそ、デート?」

麻耶は、声の主である1中3年の風魔ヒロに向き直ってどうでも良さそうに言った。


「まさか。なんで私がこんな見る目の無い奴と」

「そうですよっ!ヒロさんは今、俺とデート中なんです!」

麻耶とヒロのなんとも言えぬ嫌な感じの雰囲気に、そう言って割り込んできたのは同じく1中忍者部の1年、風魔カツであった。


「いや、普通にみんなで依頼の途中でやんすよ、カツ。あとヒロさん、さっき一期一会の使い方間違ってたでやんす」

「トクもいたのね」


「麻耶先輩、お久しぶりでやんす」

麻耶にそう言ってうやうやしく頭を下げたのは、1中2年の風魔トク。


このクセの強い1中メンバーの中で、唯一麻耶に対して強い敬意を抱く男である。


「久しぶりね。元気だった?」

「元気だったじゃないわよ!」

トクに向けられた麻耶の言葉に、ヒロが語気を強めた。


「あんたのせいで、こっちは県の大会不戦敗だったのよ!?

私達に詫びの1つでもあっていいんじゃないの!?」

「あら、私が抜けなくても、どのみち1中はメンバー不足になっていたと思うけど?」


「まぁ、それもそうっすね。コト、元気にしてるでやんすかね」

トクの言葉に、麻耶と剣は目を合わせた。


琴音がその後どうなっているのか知っている2人は、彼らにそれを伝えるか迷ったあげく、伝えるべきではないと判断し、お互いに黙って頷き合っていた。


「おいおいおい!な〜に〜を〜2人でアイコンタクトなんかとってんだよっ!?そしていつまで俺を放っておくんだよ!!」

見つめ合う麻耶と剣の間に割って入ったイチは、剣を突き飛ばして麻耶へと迫った。


「おい麻耶!こんなやつとじゃなく、俺とデートしろよ!」

「剣、大丈夫?」

イチの言葉を無視して剣へと駆け寄る麻耶の肩を、イチはガシッと掴んだ。


「麻耶さんに気安く触るな」

そんなイチの腕を、いつの間にか起き上がった剣が掴んだ。


「そうよ、離しなさいよ。私達は今、デート中なのよ」

「やっぱりデートかよ!おいお前!まさか麻耶と付き合ってるのか!?」

麻耶の肩から手を離したイチは、今度は剣へと掴みかかった。


「いや、付き合ってはいない。俺が、麻耶さんに惚れてるだけ」

麻耶が『デートしている』と言い切った事に顔を赤らめながらも、剣はイチへと言葉を返した。


「はっ!可哀想にな!お前はただ、麻耶に同情されてデートしてもらってるだけなんだよ!麻耶に相応しいのは、お前なんかじゃない、俺なんだよ!」

剣の言葉に、イチは勝ち誇った笑みを浮かべて言った。


「それは、あんたが決めることじゃない。麻耶さんが決めること」

剣は、イチをじっと見つめて言い返した。


「そうよ!ケンは、あんたなんかよりはいい男なんだから!ほらケン、こんなやつ放っておいて、デートの続きよ!」

麻耶はそう言うと、剣の腕を掴んで歩き始めた。


「おい待て!ケンとかいったな。お前、俺と勝負しろ!勝った方が、麻耶を自分のものにできる!どうだ!?」

「「はぁ!?」」

イチの言葉に、剣と麻耶が同時に足を止めた。


「ケン、あんなやつ、やっちゃいなさい」

「俺もそのつもり。流石に今のはムカついた」

麻耶と剣は、イチを怒りの表情で睨んでいた。


「なんだよ、2人して睨んじゃって」

2人の、特に麻耶の迫力に冷や汗をかきながらも、イチは平静を装って笑って言った。


「取り消せ」

静かに言う剣の言葉に、


「は?」

イチはそう返した。


「今お前、麻耶さんを賞品みたいに言った。それ、取り消せ」

「はっ!取り消してほしいなら、俺と勝負して勝ってみろよ!」


イチは、剣にニヤニヤしながら言った。


「わかった。どこでやる?」

イチに頷き返した剣の言葉に、


「じゃぁ、私に付いてきなさい」

麻耶はそう言って、スタスタと歩き始めた。


麻耶の突然の行動に一瞬呆気に取られたその場の一同は、すぐに気を取り直して麻耶の後へと続いて歩き始めた。


剣とイチだけは、麻耶を挟むように両隣に陣取り、睨み合っていた。


「ヒロさん、いいんですか?俺ら戻らなくて」

麻耶達の後ろを歩くカツが、ヒロへと話しかけた。


「いいじゃない。どうせ依頼は報告するだけなんだし。それになにより、面白そうじゃない。ブスな麻耶を巡る、2人の男の猪突猛進な戦い」

「んー、その使い方も若干、違うような気がするでやんすね〜」

ヒロの言葉に、トクは呆れながらも小さくつっこんでいた。



そんな様子を、離れて見ていた2人がいた。

もちろん、慎二と信宏である。


1中の面々が現れた際に、出るタイミングをィッした2人は、互いに見つめ合っていた。


「えっと、どうする?」

「どうするもなにも。流石に2人をそのままにはできんだろう」

不安げに言う慎二に、信宏はそう言いながら麻耶たちの進んだ方角へと歩き始めた。


「なんだよ。結局お前も、あの2人がどうなるのか気になってんじゃん」

「違うわ!2人を心配して言っとるんだ!」

呆れながら慎二に返した信宏は、密かに思っていた。


(来年の部長、コイツシンで本当に大丈夫なのか?)

と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る